第3話 自己紹介するなら鮮烈に……が基本でございます。
「(う、ううんっ? な、何もおこらないぞ!? 一体どうしたんだ……)」
目をぎゅっと強く瞑りそのときを待ったのだが……オレは恐る恐る目をゆっくりっと開けると、目の前に赤い髪をした彼女が仁王立ちで立ちふさがっていた。
「……ちょっとキミ、そこを開けてくれるか?」
「へっ? あ、あぁ……ごめん」
そう生返事をし、彼女に壇上の真ん中を譲る。 彼女に何かされるかと思ってたが……拍子抜けなことに何もされなかったのだ。
「(ほっ。なんだよ、どうやらオレの杞憂に終わ……)」
すると彼女は、両腕を大きく上げ勢いよく壇上の机に向かって振り下ろした。バンッッ!! 今まで聞いたことがないくらいの騒音が教室中に響き渡る。
「い、ったぁ~っ!?!?」
初夜を迎えた女の子のように、一番近くにいたオレのお耳が特に甚大な被害を受けてしまった。
『効果はばつぐんだった♪』
「(み、耳痛すぎ!? この痛さは半端ねぇよ。下手すりゃ鼓膜破れるぞ。今のオレにとってはすべての音が害になるわ)」
痛くて両耳を押さえてるオレに対し、彼女はこちらを向きながら、
「キミの子供が欲しいんだっ!!!!」
今までにないほどの声音、そして窓ガラスが共鳴し校舎の隅々まで響き届くほどの声量が世界を支配した。だが、オレは両耳を塞いでいたことが幸いしダメージは少な……
「だからアンタも何してんだよっ!!」
天音の前には、あの黒装束的存在のメイドさんがマイクを差し出している。しかもご丁寧にも教室の床には巨大なスピーカーまで設置されていたのだ。
「はっ? あぁ……これは、その………………カラオケ舘?」
「(ちょっと首をかしげながらの疑問系。くっそ可愛いなこのメイド。………でもすっげぇ性格悪いけどね。 あと漢字間違ってんぞ。それじゃあ『カラオケたち』になっちまうから、なお性質が悪い)」
…………どちらにせよ、今のオレにとっては害の元の元でしかない。
「聞いているのか、そこのキミっ!!」
「(いや聞こえてるよ。むしろ音が大きすぎて聞こえないんだよ!!)」
更にどこから持ち込んだのかボエ~っ♪ っと、どこぞのガキ大将の歌のように巨大スピーカーから逆軽音楽に重低音の騒音をハウリングさせながら天音と呼ばれるお嬢様はマイクで叫んでいた。
「聞こえてるならちゃんと返(事を…ってアレ???)」
……っといきなり天音の声が小さくなってしまう。見れば担任の女教師……いやビッチさんがマイクの配線を引っこ抜いていた。
「(うん、たまには役に立つね女教師。……行動すっげぇ遅かったけどな!)」
「んぅ~~はぁ~~~っ。んぅ~~はぁ~~~っ!!」
ビッチさんは顔を下に向けてふか~くわか~く、深呼吸をするとすっと顔を上げ、お嬢様とそのメイドにに向かってこう言葉を口にした。
「天音お嬢様……お嬢様のクラスは確か隣だったのでは?」
「(あっ、コイツら知り合いだったのね。……なら早く止めろよな!!)」
オレは顔を顰め、苦言の表情をしてしまう。だが、そんなオレの心情を知ってか知らずか、ビッチさんは隣にいるメイドさんへと言葉を続けた。
「それと静音さん! あなたもちゃんとお嬢様の手綱をしっかりっと握らなくては……」
「いえいえ、今のワタクシは『お嬢様のメイド』……ではなく、あくまで『普通の女子学生』ですので……。この事はちゃんと労働契約書にも明記してありますよ(ほんと時給出ないのに労働時間外までそんなことやってられるか……)」
小声で言っていたのはたぶん、オレの空耳クオリティだろう。
「……ふむ。先生から注意されてしまっては仕方ないな。今日のところはこれぐらいにしてやろうやろうではないか! な! 静音よ!!」
タトン♪ そう言うと天音と呼ばれた赤い髪のソイツは、いつの間にか上がっていた壇上の机から床へと降り立った。……あっ、白だ。 などと天音のスカートの中身を見てしまうと、その真下にいたメイドさんとふと目が合ってしまう。
「ふっ♪ (ニヤソ)」
「(やべぇ、ヤバイ奴に弱みを握られちまったぞ!?)」
オレの心情を無視するかのように静音と呼ばれたメイドさんはお嬢様に対してこんな進言した。
「とりあえずはここを片付けますね。……よろしいですかね、天音お嬢様?」
「ふむ。静音にすべて任せるぞ!」
基本何でもメイドさんがやるのね。原因も……後片付けさえも。そしてどこから来たのか、黒服の男達も手伝い、教室はものの10分もせずキレイに片付いてしまった。
「そ、それでは片付きましたので、お嬢様は急ぎ隣のクラスに……」
「いいや、私はこのクラスにするからな!!」
「……ですって♪」
ビッチさんの言葉を遮り天音はそう言い切ってしまう。そしてメイドさんもオレの顔を見ながらニヤリと笑い、その思惑へと乗っかってしまう。
「(あ~もう、ほんとっ、最悪。私何か悪いことしたのかなぁ……)」
「(ビッチさんもこれから大変だなぁ~……)」
頭を抱えぶつぶつとビッチさんは下向きに一人で何かを呟いている。そんなオレとビッチさんをまったく気にせず、天音はクラスメイトの方に顔を振り向けるとこんな自己紹介を始めた。
「クラスのみんな朝から騒がせて悪かったな! 私は今日からキミたちのクラスメイトになるお嬢様だから光栄に思うがいいさ!! ちなみに私の名前は『須藤天音』だ! みなお察しの通りあの須藤グループの長女で、しかも次期当主の身でもあるのだぞ!! そして趣味は金を使うことだ! みんな以後見知りおけぃっ!!」
クラスメイトの目の前で腕組みをしながら仁王立ちをし、すっごく偉そうに天音が自己紹介しやがった。だがあの須藤グループの長女なのか。それならコレにも納得はできる事だった。
ちなみにその須藤グループとは『金になるなら犯罪以外は何でもします♪ でも、お金次第では……ね♪』がウリの日本を代表するグループである。2年前には倒産の危機もあったらしいが、今は持ち直し一説には資産が数百兆円を軽く超えているらしい。特に最近では色んな業態に手を広げていると数日前のニュースでやっていたのをよく覚えている。
「(……ってか、何でそんな超お嬢様がこの学校に来たんだ? 普通ならセレブが集う学校とかに行くはずだよな?)」
オレがそんな事を思っていると続いて、後ろにいる付き人のメイドさんが自己紹介を始めた。
「ワタクシは天音お嬢様の身の回りの世話をするメイドさんです。名前はそう……『静音』と申します。みなさまもお気軽に『静音様』または『静音お姉様』とお呼びくださいませ。趣味は……そうですねぇ~。とりあえずはした金を集めることですかね。まぁ早い話が守銭奴ってヤツですよね(苦笑) ちなみに学園ではお嬢様もそうですが『普通の女子高生』であり、一般的にはジャンキーっと省略される方々と同じでございます。皆様もどうぞ『普通のお友達』として接してくださいね♪」
そう営業スマイル全開で微笑む全身黒服のメイドさんこと静音さん。もし何も知らない人ならば、この笑顔に惚れてしまうだろう。……ただしその趣味さえなければの話だがなっ!! オレがそんな事を思い浮かべていると何故かその静音さんがオレの方を見ながらわき腹辺りを小突いてきた。
「(……ってうん??? なんだか静音さんがこっちを見て小突いてくるけど何でだ? あっ!? そ、そういえばオレの自己紹介してなかったわ……。だから静音さんは親切に教えてくれたのかな?))」
そこでようやく何が言いたいかに気づくことが出来、天音や静音さんに続いて一歩前へと出ると自らの自己紹介することにした。
「あ、あの……。お、お、オレのなななな、名前は…………」
そう呟くと教室中の視線が一斉にオレに集まる。先の二人のように大変インパクトがある自己紹介をされてしまっては、絶対関係者だと思われてるオレにまで当然それを求められてしまう。そして極度の緊張からか、声が体が震え言葉を上手く発せない。この状況に対して普通の代表格であるオレにはあまりにもプレッシャーが強すぎる事だった。
「こほん。おい静音!」
「はっ! 心得ております……」
「彼のことはワタクシの方から説明させていただきますね」
「(えっ? えっ? 静音さんがオレの自己紹介を説明するどうゆうこと?)」
……と、何故かそこで思わぬ助けが隣にいる人間達から入ってきたのも束の間、静音さんは「こほん」っと軽く息を整え、スカートのポケットから1枚の紙を取り出しこう切り出したのだ。
「顔ふつう、学力ふつう、財力ふつう、身長170cmふつう、体重63kgとこれまた標準でふつう、性格も同様に可も不可もなくふつう……っと何ら面白味のない『オールふつう』ですよね~。こ~んな普通ばかりの人生で一体何が面白いんですかね?(笑) っとと、え~っとお名前はですね……」
「っておいおい!! なんでオレだけそんな紹介なんだよ!? ……っつかその紙はなんだよ!」
「えっ? あ、ああこれですか? これは貴方様を調査した資料ですけど……」
オレが言いたいことが伝わっていないのか、恍けた表情で「これが何か?」と言いたげに首を傾げる静音さん。
「オレだけ個人情報だだ漏れさせんなよ! ふざけんなよこのクソメイド!」
「……ちっ。あっ、いえいえまだ途中ですよ♪ なんなら昨日のソロ活動した内容もお話できますが……どうしますかね?(にっこり) ……ちなみになんですが、昨夜のオカズは『イケない人妻レイ……」
「ごめんなさいごめんなさい!! それだけはほんっとぉーーーに、勘弁してくださいませ静音さん! いや、静音様!!」
オレはプライドもクソもなくクラスメイト全員が見ている前で静音さんへと土下座し、全面無条件降伏の姿勢を披露してしまうのだった。
「(きっとこれを読んでくれてる読者のみんなは、主人公のクセに不甲斐無いヤツだな(笑)って呆れちまってるよな? でもな、自分の夜の性生活を、いやある意味ではメインディッシュを暴露されようとしたんだぜ。しかも入学初日の自己紹介でクラスメイト全員の目の前でだぞ! そりゃ~降伏して土下座の1つもしたくなるわな! そんなことされたら日にゃオレの学校生活は……か、考えただけで恐ろしすぎるわ!)」
「うん???」
どうやら天音だけはその意味がわかってない様子。意外と純情設定のお嬢様である。
「お、オレの名前は…………」
せめて、せめて名前だけは自分で言わなければならない! そう声を絞り出したのだが、
「……彼は私の『婚約者』だ!」
「……はっ? ……フィ・アンセ・ダ? カタカナオンリー? オレって外国の人だったのか??? ……って『婚約者』だってぇ~っ!?!?」
(えっ? なになに? これってどゆこと? なんでいきなりコイツと『婚約者』になっちゃったの? オレどこぞのアニメの主人公的存在なの!?)
っとこれまた隣いる天音に言葉を遮られてしまったのだった。
※アニメではなく、小説の主人公ですからね♪ by作者より
「今日からキミは……私の『婚約者』なのだっ!」
「……だっ!」
天音が左手を腰に当てお嬢様っぽい生意気なポーズをとり、オレに向け右手で指を差してきた。あとついでに何でか知らないけど、静音さんも天音の最後の「だっ!」だけを真似オレを指差していたのだ。
こうしてオレの自己紹介は『オールふつう』のレッテルと、あの須藤グループの長女である天音の婚約者という鮮烈な自己紹介で幕を閉じたのである。
……そういえばさ、オレの名前紹介してなくね?
この物語の主人公なのに名前なしってあまりにも斬新すぎじゃねぇかよ……。
野生のお嫁さん候補(お嬢様)の野生っぷりまで…………残り88891文字