第213話 記憶の片隅
病院のドアは今は軽く出来ているのか、何の力を入れなくてもスーッと物音一つ立てず横に移動して開いてしまう。
そしてそのままドアや廊下にある手すりに捕まりながら部屋の外へと出た。
「あっしまったな! そもそもトイレの場所知らなかったわ。1回戻って……」
っと思ったところで尿瓶を掲げ「やっぱり、これの出番でしょ!」と謎のドヤ顔を決めてる母親の顔が浮かんでしまい、部屋に戻る選択肢は無くなってしまう。
「(ま、まぁここは病院なんだから、どっかその辺に何かしらの表示とかあるよな?)」
とりあえずトイレを目指し、廊下をさ迷い歩くことにした。
「(トイレ探して迷ってる物語の主人公ってオレくらいなもんだよなぁ~。……早くしねえと下手すりゃ、この話もトイレ探しだけで終わっちまうかもしんねぇぞ!?)」
オレは急ぎトイレの場所を探すことにした。自分が居た個室から少し廊下を歩くと少し開けた場所に差し掛かった。
そこにはソファーや植木やテレビが置かれ、入院している患者さんとは明らかに違う人達が何人も座っていたのだ。
「(何でこの人達ここにいんだよ? あ……見舞いか何かで来て、この休憩室みたな所で休んでんのかな?)」
だが、雰囲気的にはどうやら違うようだ。皆不安そうな顔で落ち着かない様子で時計を見たり、腕を組み寝ている人もいる。
ソファー中央にいる中年のおばさんなんかは、青く長いストラップの紐が付いた白い携帯電話を握り締めたりしていた。
「(ここ病院なんだよね? そもそも携帯とか使えんのかよ? 電波とか大丈夫なのか? ってか、こんなところ居眠りしてんのかよ!?)」
生まれて初めて入院を経験したオレは、テレビやアニメなんかで言われている知識を思い出していた。
そしてふと壁に目を向けると、プレートでこの待合室での注意事項が書かれていた。
『この待合室は入院している患者の皆様か、そのご家族が利用いたします。お手数ですが、一般患者の皆様は一階にロビーのソファーをお使いくださいませ。またこの待合室利用に際し、携帯電話やスマートフォンの利用はスタッフの指示に従いこの待合室か1階ロビーでご使用ください。また一部スタッフが使っているノートパソコンや携帯電話・ポケベルなどは特殊な……』などと延々注意事項が書かれていた。
他にも個室や大部屋の利用用途や1日あたりの入院費用、1ヶ月間の献立表、喫煙禁止のプレート、テレビ利用時における注意事項など様々なプレートや紙が壁のいたる所に貼られていたのだ。
そして正面にある最後に目を向けたプレートにはこう書かれていた。
『また手術を受ける患者様の待機場所でもありますので、寝ている人やお食事を摂っている人がいてもどうかご配慮くださいませ。ご利用する方にはご不便・ご迷惑をおかけしますが……』っと書かれていたのを見つけた。
「(……そっか。きっとこの人達、手術が終わんのここで何時間も待ってるんだな。『いつ終わるのか?』『手術は無事成功すんのか?』って何時間も緊張してたら、そりゃ疲れるわな)」
オレは短絡的に「何病院の待合室で居眠りこいてんだ、じじい!」っと勘違いしてしまった自分を恥じてしまう。
そして待合室を通り抜けるとすぐ右側にはナースステーション、反対側のやや開けた場所にはエレベーターホールなどがあった。
「(飲み物の自販機があんのか……なら、この辺りにトイレもあるよな?)」
エレベーターの脇を少し進むと病院定番中の定番である紙コップやパックジュースの自動販売機が何台もあり、また冷水が出る水飲みのスタンド機械『プレッシャー型ウォータークーラー』や電話などが置かれていたのだ。正直、喉はカラカラに渇いていたが生憎とパジャマにはポケットなどが無く、また財布なども持ち合わせていなかったので冷たい水だけを飲むことにした。
ガーーッ。
「何かすっげぇ懐かしいな、コレ」
四角い水飲みスタンドには左手を置く場所に丸く押すボタンがあり、また足元にもペダル式で押す2段構え。
とりあえず左親指でボタンを押してみる。
ピューッ。
ボタンを押すと同時に勢い良く放物線を描き、水が放射されている。
「…………」
(何かエロいな、コレは……)
オレは何故か水が出ている光景を見てちょっとだけ興奮していたが、別に他意はない。
むしろこれに性的興奮を覚えてしまったら、純度100%の変態野郎になっちまうよ。
そして左手はボタンを押したまま、今度は左足でペダルも同時に踏んでみた。
ピューッ。
「(あっ、変わらないのか……)」
同時に押しても水の勢いは変わらず、先程と同じだけの水がずっと出っぱなしになっている。
さすがにそろそろ水の無駄遣いではないか! との読者からクレームが入るのを恐れ、左手左足をそのままにし水へと口をつける。
「んっ……んっ……うーん! 冷たくて美味しいな♪」
久しぶりに口にした水は言葉に出来ないほど美味しく感じてしまった。
「ただの水なのに……」っと2口目に口を付けたのだが、先程感じた美味しさはそこにはなかった。
ドンッ!
「んんっ゛ な、何事っ!?」
そのまま水を飲んでいると、突然右足に何かがぶつかったような衝撃を感じた。
そしてふと振り返ると子供が何人かはしゃぎ回っている光景が目に映る。
「おいおい、親ちゃんと子供見てろよ。ここは病院なんだぜ……」っと思ったのだが、子供達が着ていたのは普通の服ではなくオレと同様にパジャマを着ていた。
(この子達もオレと同じ入院患者なのか?)
どうやらこの病院に入院している小児科あたりの子供のようだ。
だが、その走り回ってる子供達を見ていると、どこか懐かしい風景が甦ってきた。それは噴水の周りを回っている男の子と女の子のことだった。
「あれ、どこかで見たような感じが……」
だが、記憶に靄がかかったように何故だか思い出せない。
そして子供達は走りのに飽きたのか、固まるように集まると何かを話していた。
「じゃあ、きょうは『ゆうしゃさまごっこ』しようぜ! 今日もオレが『ゆうしゃ』だからな!」
子供達のリーダーらしき短髪の男の子がそう叫ぶと、次々と自分の役柄を言ってゆく。
「うん、じゃあワタシは『おかねにこまってる、ツンデレのまちむすめ』やくね! ツンツン! べ、べつにあなたのいさんになんか、ぜんぜんきょうみないんだからね!!」
活発そうな女の子は何かの真似をしているのか、少しだけ照れながら顔を横に背けてツンデレている。
「ボクは『あくやくのドラゴン』がいいな! がおーっ。ボクはわるいドラゴンだぞ~、ニンゲンにはむかうモンスターはいねーかー」
ツンデレ少女の隣には別の男の子は両手を挙げながら、なまはげの真似事をしていた。
「うーんなら、わたしは『どうぐやさん』ね。へい、らっしゃい! さぁたかいよ~たかいよ~。ウチのおみせはボッタクリのみせ~、いまはやりのボッターだよ~」
その脇にいた女の子は何故だか知らないが、廊下に紙コップをいくつか並べ始めていた。
たぶんアレは何かお店の真似事をしているのかもしれない。
(この子達大丈夫なのかよ? 今の子供達って、みんなこんな感じなのかよ……日本の将来は大丈夫なのか?)
などと目の前でごっこ遊びをしている子供達の将来を心配してしまうのだった。
「あっ……」
そしてその光景を眺めていたオレは今の今まで忘れていた、記憶のどこかにあった出来事を思い出してしまった。
RPGをモチーフにした異世界、天音や葵ちゃん、もきゅ子にジズさん、ジャスミンにアリッサ、そして……
「わ、ワタシはメイドさんやくね。あ、あなたをめいど(冥土)へとおくってあげるわよ……かんしゃなさいな!」
茶色いクマのぬいぐるみを抱き抱えている黒髪ロングで少しお嬢様の雰囲気を醸し出している女の子は、クマの右手を持ってぶんぶんっと振っていた。
そしてそれを見た瞬間、全身黒ずくめのメイド服を着ているあの静音さんを思い出した。
「オレ、何で……何でみんなの事を忘れちまってんだろう。ははっ……」
少し自虐的な笑いを浮かべて「これも静音さんの記憶操作のせいなのか?」と勘繰ってしまったが、その答えは既に存在しない。
第214話へつづく




