第207話 改心の一撃
「アイ……」
「……天音ちゃん」
窓から差し込む月夜に照らされ二人は瞳を逢わせ見つめ合い、今度こそ正面からキスをしようとゆっくりと互いの唇を近づけてゆく。
(ごくりっ……ほんとにキスすんのかよ……いいの? 物語が終盤だってのにこんな方向性でいいの?)
オレもその様子を真上から眺め固唾を呑んで見守る。
そして唇がまさに触れようとした瞬間……ぴちょん。
「冷たっ!? 何だ今のは!? 一体何なのだ!? って水……か?」
天音は反射的に後ろ首元へと手を当てるとその正体をすぐに察した。
どうやら先程の雨漏りさんが空気を読んで、天音の後ろ首目掛けて一滴落ち二人のゆりんゆりんな雰囲気をぶち壊してしまったようだ。
「天音お嬢様ぁ~っ!? す、すみません、どうやら屋根から雨漏りしているようでして……」
「そ、そうなのか!? いや、私の方こそ大きな声を上げてしまってすまない」
雰囲気を壊された二人は互いに謝り合っている。
(ほっ。どうやら雨の滴に救われたのか……)
百合展開を期待しながらも、実は「オレの出番ないじゃんか!」っと思っていたところを雨漏りによって救われた形となり安堵する。
「変な邪魔が入ったが……アイ。お前の体だけでなく、心までもが私のモノなのだぞ。今からそれをきっちりと体に覚えこませてやるかな……覚悟しろよ」
「は、はい……天音ちゃん」
再び艶色の雰囲気を醸し出し見つめ合う二人。何気に天音さんイケメンセリフすぎ!!
(えっ? なになにこのまま続けちゃう感じなの!? それでいいの!?)
百合展開を始めて目の当たりにしたオレは、その独特の雰囲気とそのまま継続してしまう二人に驚きを隠せずにいた。
じーっ。
「これは同姓の私でも少しいけない気持ちになりますね」
(いや、いけないどころかむしろイケる気持ちに……って誰だよアンタ!? さっきの秘書の人じゃねぇかよ!? 何で盗撮していらっしゃるの!? もしかしてこの女性も百合なのかよ!? ……あとで2千円まで金払うから回してくんねぇかなぁ~あのビデオ)
見ればドア付近の物陰から天音と静音さんとの百合展開をハンディカメラで盗撮している女性がいたのだ。当然の事ながらオレのツッコミとダビングの要望は届いていない。
「はっ、くしゅん……ふぅ……あっ!?」
「『あっ!?』ではないだろうが、みやび!! しかもその手に持っているカメラは何なのだ……もしや撮影していたのか!?」
「みやびさん……」
どうやら『みやび』と呼ばれた秘書の女性クシャミをしていまい、二人にバレてしまったようだ。
(しかも盗撮していたことまでバレてやがるし……もうちょっと上手くやれよな! オレにそのビデオが回ってこなくなるだろう!?)
「私の事は気にせずに……ささっ、お二人共どうぞ続きをなさってください。私は参加しなくてもその光景を撮影させていただくだけで結構ですので……はぁはぁ」
どうやらみやびさんは撮影することに興奮の味を覚えているようだ。
「……そんなわけにいくか!!」
「ぶほklt!?」
ゴンッ! っと、ある意味キツネさんの名前を呼ぶかのような脳天をカチ割る改心の一撃が、しゃがみながら撮影をしているみやびさんの頭目掛け踵落としとして振り下ろされた。
もはや言葉では言い表せないほどの形容詞。だが、決して手抜きや誤字の類ではないのであしからず。
「まったくもう……で、みやびはいつからそこにいたのだ」
「いつからも何も……天音お嬢様と一緒にここへ来たではありませんか? もしかして若年層痴呆症なのですか? 可哀想な天音お嬢様……あぁおいたわしやー」
天音はそう言いながらメモリーを消去しながら、そう聞くと全然まったくもって改心しないみやびさんであった。
(……何かこの人から今現在の静音さんの匂いがするのはオレだけかい? ってかノリが完全静音さんそのものだよな……)
みやびさんの容姿は長い黒髪ロングストレートにパリッとした黒を基調にしたスーツと白のブラウスを着込み、オマケに眼鏡までかけまさにザ・秘書という感じである。
またその見た目だけを表現するならば『大人の女性』と言った感じだ。
それは大きすぎる胸とそれに反比例するかのような細い腰、それとスカートでは決して表現できない丈の長いズボンでお尻の輪郭を「これでもか!」と強調していたのだ。
正直女性に使うべきではないだろうが「カッコイイ!」という言葉が1番しっくりくる。ただし……口を開かないことが前提条件である。
「ま、まぁいい。それで静音……これを」
「えっ? あっ……」
誤魔化すかのように天音はスカートのポケットからある物を静音さんへと差し出した。
それは先程ゴミ箱に叩き捨てられたはずの通帳だった。どうやらあの後拾い、ここまで届けてくれたらしい。
「天音お嬢様……ありがとうございます」
「いや、謝るのは私の方だ。その……お父様がすまなかったな。お前の気持ちを汲めずに……」
「いえ……」
「…………」
先程とは違い、二人は何故だか余所余所しい雰囲気となり互いに何と声をかけてよいのやらと黙り込んでしまっていた。
第208話へつづく




