第205話 少しでもお役に立ちたくて……
そして再び暗闇となり、オレは一筋の光に向けて歩み出すか迷っていた。それは歩く度に静音さんのツライ過去が待ち受けていると知ってしまったからである。
(オレは一体どうすりゃいいんだよ? 過去とは言え、静音さんがツライ思いをしてるってのにただ傍観しているだけじゃねぇか……)
自分の正体がもう一人の作者だなんだと自覚しているのに、オレには『過去を改変する力』はなかったのだ。もしもオレにその力さえあれば……そう思い、再び光に向け歩み始めた。
「なんだと!? それはどうゆうことなのだ!! 我が社が『須藤グループ』が倒産の危機にあるだと!!」
3度目の過去は男性の怒鳴り声から既に物語は始まっていた。そして秘書らしき女性に声を荒げ、事態を把握しようと必死である。
「ええ……我が社最大の取引相手であった『アイリス』が他社倒産の煽りを受けてしまい、必然的に取引相手であった我が社の方にも甚大な被害が……」
秘書の女性は丁寧に事態の詳細を説明していった。
一通りの説明を聞き終わると、やや年配の男性はショックのあまりよろけ机に手を着いてしまう。
「ば、バカな……そのようなことで、いとも容易く倒産してしまうのか……」
「お父様大丈夫ですか!?」
傍にいて一緒に話を聞いていた天音もショックを隠しきれないのか、父親を呼ぶが無視されてしまっている。
あれから何年か時が経ったのか、天音は前よりも背が高くなっていた。たぶん見た目的には10歳くらいだと思われる。
そんなやり取りを部屋の外で見ていた者がいた。メイドを服を着ていた静音さんだ。
天音同様に少し大人びた容姿をしており、扉を少しだけ開け中の様子を窺っていたようだ。
「…………」
そしてそのまま何も言わずに去って行ってしまった。
(静音さんも心配なのかな?)
酷い仕打ちをされているとは、一応は家族なのだ。何も言わず去ってしまったが気が気ではないのだろう。もしくはその逆か。
オレはそのことについて口にせず、事の成り行きをただ見守ることにした。
「銀行から融資は受けられないのか!?」
「残念ながら……今のこの状況では厳しいかと。先方を納得させられる事業計画書を作成せねば融資は絶望的だと思われます。あるいは……」
「あるいは?」
天音は秘書の女性に続きを促すよう、言葉をそのまま繰り返した。
「他社との事業提携しか道は残されていません。ですが今の我が社と提携してくれる会社がどれほどいるか……」
秘書の女性は言葉の最後を濁してしまった。
コンコン。
すると廊下からドアをノックする音が聞こえてきた。
「……入れ」
「……失礼します」
男性は重々しくも一言だけそう言い、入室の許可を与えた。あろうことか入ってきたのは先程去った静音さんだった。
ドアを開き部屋に入る前にきちんとお辞儀をして、断りを入れてから部屋へと入ってきた。
「……何のようだ? 今忙しいのが見て分からないのか!」
「す、すみません」
イラつきからか、男性は入ってきた静音さんを怒鳴りつけた。
静音さんは怯えるように萎縮してしまう。
「何か用なのかアイ? その手に持っているものは……」
助け舟を出すように天音が優しく声をかけた。
だが、実の姉のはずなのに何故か『アイ』と呼び捨てにしていた。
父親同様、天音もそんな扱いをしているのだろうか?
そして静音さんが手に持っている通帳に気付いた。
「はい。あまりお役に立てませんが少しでも旦那様のお役に立ちたくて、その……足しになれば……っと思いまして……」
そう言って静音さんは震えながら通帳を両手に持ち、最後は消え去りそうな声で父親である男性へと差し出していた。
(さっきはこれを取りに戻ったのか? 静音さん……あんな仕打ちされてきたのにそこまで……)
だが次の瞬間、予想もできない出来事が起こってしまう。
「ふん! ……お前は私をからかっているのだろう? このようなはした金で一体どうしろというのだ!」
「あっ……」
男性は静音さんが差し出していた通帳を乱暴に奪い、中の金額を確かめてからそのままゴミ箱へと叩きつけるように投げ入れてしまったのだ。
その拍子にゴミ箱は倒れてしまい、中のゴミが散乱してしまう。静音さんはその場で反射的に右手を伸ばしたが、当然ゴミ箱まで届くわけはなかった。
「っ!?」
父親である男性のその行動が大変ショックだったのか、静音さんは振り返りもせずこの場から逃げ去るように走って部屋を出て行ってしまう。
この場から身動きができないオレは叩きつけられ、開いてままの通帳を覗き見ることしかできなかった。中には50円100円などと細やかに入金されているのが見え、残高は数十万円となっていた。
(こ、こんなのってあんまりだろ……確かにこれくらいの金額じゃ何の足しにもならねぇかもしんねぇけどよ。それでも……)
満足に食事すら与えられない静音さんがどうやってお金を貯めたのか、オレには到底予想もできない。
この様子からでは、働かせるだけ働かせて給金すら支払われていないことだろう。
当然このような待遇では『お小遣い』なんて上等なものもあるわけはない。
きっとこの通帳に記載されている金額だって静音さんが血の滲む努力をして貯めたに違いない。
それを……あろうことか、実の父親がゴミ箱に叩き入れてしまったのだ。
そのときの静音さんの心境はオレなんかではとても汲み取ることができなかった。
第207話へつづく




