第193話 聖剣フラガラッハの真の主
「…………」
「どうしたのじゃ小僧。この場に妾がいるのがそんなに不思議なのかぇ? ふぉふぉふぉっ……ごほっごほっ」
もう不思議だらけの光景だった。本来なら『魔王の間』には魔王である静音さんが居るべきなのに、何故だか知らないけれどもサタナキアさんが居たのだ。毎度毎度無理な雰囲気重視の笑い声を挙げているせいで咽るっている。しかもラスボスチックな演出をしたかったのか、部屋全体には霧が立ち込めていた。
「どうやら小僧は驚きのあまり声も出せぬようじゃな! まさかこの場に妾が出てこようとは思わなわんじゃたろうにのぉ~」
「サタナキアさん……何でいるの?」
サタナキアさんはドヤ顔ならぬドヤ声で威張り散らしている。
対してオレはもう何度となく繰り広げられ、もはやテンプレとも思えるセリフを口にする。
「何で……とは随分な物言いじゃのぉ~、小僧よ。それではまるで妾がここにおるのがおかしいではないか!」
「うんうん。すっごくおかしいんだよ、アンタ。絶対この場に出てくるヤツじゃねぇよ。普通この流れで言えば、ここは静音さんがそのイスに座ってオレが来るのを待ち、そして話し合いをして平行線となり、最後の最後に互いの命をかけて戦うって流れじゃねぇの? サタナキアさんわりぃけどさ、完全場違いだよ……」
クライマックスを控える主人公としては、時に厳しい言葉を口にせねばならない。
でなければ、これまで着々と敢えてコミカルな物語構成で抑えてきたのに、この最後の山場であるシリアスな場面で変な茶々を入れられては感動物語へと変貌を遂げる足枷となるからだ。
「ふん! そんなことは小僧に言われんでも妾だって知っておるわ! この場に妾がいるのはじゃな、物語上重要なファクターを担っているからなのじゃぞ。ただのお遊びで出て来たわけではないわ!!」
「(サタナキアさんってお笑い要員じゃなかったのか。オレと読者の認識じゃ、完全にボケ要員って認識だったのになぁ~。まさかまさかの重要な因子だとは思わなかったわ)」
オレは若干失礼なことを思いながらも一応サタナキアさんの手前、主人公らしく驚いてみせようと思い、即行動に移した。
「ええ~っ!? サタナキアさんって、やっぱり重要な役割だったのかよ!? マジかぁ~。あ~でも前に意味深なこともたくさん言ってたよな! きっとそれが伏線だったんだな!!」
「……小僧よ。もうちょっと捻って受け答えができんのかお主? それではあまりにも業とらしいではないか! これを読んでる読者にこのやり取り自体が『ヤラセ』だとバレてしまうではないか!」
せっかくのオレの渾身の演技に対して、サタナキアさんはヤラセの一言と退けてしまった。
(ま、マジかよ……このクソ剣が。何でこうこの物語の登場人物達は、大っぴらに言っちゃいけない事を平然と言うのかね? 個性派にも程があるだろう)
そうしてオレは読者に感づかれぬようサタナキアさんに近づき、耳打ち(?)をするのだった。
まぁ正直サタナキアさん耳があるか分からんから、剣身部分に近づいて小声で喋ってるだけなのだが。
「(いやいや、そりゃアンタも登場人物なんだから、ちゃんとそれくらいはなんとなくでも察してくれよ! あとネット小説でわざわざ言うんじゃねぇよ!! 既成概念ぶち壊す前に物語の存在自体壊す気なのかよ!?)」
「ほぉほぉほぉっ。そんなことは今更遅いのじゃ。これまでにも散々言うてきたであろうに、小僧は何を慌てておるのじゃ?」
この期に及んでサタナキアさんは状況をよく理解していないようだ。まぁ確かにネタバラシ等は今回が初めてではない。だが、シリアス雰囲気を醸し出しているこの終盤にやるべき事柄ではないのだ。
「……で、サタナキアさんが何か重要なことすんの? 重要因子なんだろ?」
オレは少しでも読者の関心を惹くよう、大きな声で流れをぶった切る。
もうこの際重要因子だろうが、芥川だろうが何でも良かったのだ。
「ふん。焦りおってからに。このような物語なんぞ、今日明日にでも簡単に終わらせることができるのじゃぞ。だが、まぁよいわ。小僧の思惑に乗ってやろうではないか。そうなのじゃ、実は妾の本体である『聖剣フラガラッハ』にはのぉ~……」
「ごくりっ」
先程とは打って変わったようにサタナキアさんの雰囲気が変わったのだ。きっと彼女もやる気になってくれたのだと信じたい。
「……もうひとつの『名』があるのじゃ」
「……それだけ?」
「そうなのじゃ!」
そう威張り散らすサタナキアさんを尻目にオレは瞬きを3回して心底がっかりしてしまう。
雰囲気からして期待していただけに拍子抜けも拍子抜けである。
「まぁ正確には『名』ではなく、『通り名』なのじゃがのぉ~」
「そ、そうなんだ……はぁ~っ」
(聖剣にもうひとつの『通り名』があるからって何なんだよ。ほんと期待して損したぜ)
オレは若干引き気味になりながらも一応の受け答えを欠かさない。
だが、期待からの盛大な裏切りを聞かされ、ため息を尽いてしまう。
そんなオレをお構いなしにサタナキアさんは言葉を続けている。
「そうなのじゃ! 小僧でもこれには驚いたであろう? 実はこれは作者のヤツめがひた隠しにしておった事なのじゃぞ。小僧が驚くのも無理はないわ」
「あはははっ……そうなんだ……」
オレは苦笑いを浮かべ、言葉を続けるサタナキアさんをいなす。
「で、じゃな……うん? なんじゃ小僧、何か落ち込んではおらぬか? どうしたのじゃ?」
サタナキアさんは言うだけ言うと、ようやくオレの異変に気づいた様子。
「うん。まぁ……ね」
オレは素っ気無くそう受け答えをしてしまう。
「まぁショックなのじゃろうなぁ~。何せお主の正体が妾と関係しておるのじゃし。無理もないわのぉ~」
「パドゥン(なんだって)? えっ? えっ? お、オレの正体と関係あることぉ~っ!?!?」
(ま、マジかよ。もう総文字数60万近く放置されてきた事柄なのに今から回収にあたる感じなの? しかも何でサタナキアさん関与しちゃってんだよ!?)
「サタナキアさんがオレの正体知ってたのかよ!?」
「ああ、そうじゃよ。始めから知っておったわ」
驚くオレに、サタナキアさんは何食わぬ声でしれっと言い退けていた。
「な、な、なんで教えてくれなかったんだよ!? しかも始めからだって!?!?」
オレは混乱を極め、大声でサタナキアさんに詰め寄った。
「なんで……と言われてものぉ。お主、聞かなかったであろうに。聞かれぬのならば妾が答える道理はないのじゃ!」
サタナキアさんはジャイアンイズムよろしく、居直りの姿勢をみせている。
「そ、そんな聞かなかったからって……教えてくれねぇのかよ……」
(まるでお役所仕事じゃねぇかよ。公務員と肩を並べるほどの職務怠慢だぞ)
確かにオレはサタナキアさんに対して自分の正体については聞かなかったのだ。
サタナキアさんに質問をすれば何でも答えてくれると知っていたのに……。いや、正確には聞こうとしなかっただけである。
「ふっ。小僧も本当は薄々でも自らの正体に気づいておるのじゃろ? だから妾に質問せなんだ。違うかえ?」
「…………」
オレは何も答えられずに沈黙してしまう。
そしてサタナキアさんはオレから少し距離をとると、声高らかにこんな宣言をするのだった!
「妾の名はサタナキア。大魔導書に記載されし魔神ナリ。我を封印せし本体『聖剣フラガッハ』とは、『すべてのモノを切り捨てる切れ味』を持ち、また『報復者』『回答者』の異名を持つモノのなり。そして真の主を前に、この聖剣に込められた『真の名』と『真の意味』をみなに知らしめようぞ!」
「し、真の主……だって?」
驚くオレをお構いなしにサタナキアさんはそう言うと眼前まで詰め寄って来る。
「真の主の問いかけに応える者『応答者』にして、我が聖剣フラガラッハに切られればその形を問わず『すべてのモノを断ち切り、2度と修復することができない傷を負わせる』であろう。さぁ我が主様よ! 妾の問いかけに応えよ!! 主様はすべてを受け入れられる覚悟があるのか!!」
サタナキアさんはそう言いながら、オレの事を『主様』と読んだのだ。
オレはいきなりの展開に戸惑いながらも、口を開いた。
「お、オレは……」
第194話へつづく