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第191話 忘却の彼方

 オレは念のためにも部屋のドアを閉る。

 正直もきゅ子を一匹廊下に出しておくのは気が引けたのだが、いつ天音達がもきゅ子に危害を加えるか分からなかったからだ。それに下にはジズさんがいるはずだから何かあっても事足りるだろう。


「はぁ……」

(どうすりゃいいんだよ一体。天音も葵ちゃんももきゅ子のことを忘れちまった。このままじゃ……)


 そうしてオレは部屋にいる二人に目を向ける。だが、そこで嫌でも異変に気付いてしまう。


 何故なら先程騒がしかったのに、今は部屋の中があまりにも静かすぎるのだ。


「天音? 葵ちゃん? ほんと大丈夫なのかよ?」

「…………」

「…………」


 オレはベットにいる二人にそう声をかけたのだが、生憎と返答はなかった。

 初めはもきゅ子を庇ったせいで怒っているのかとも勘繰っていたのだが、二人は虚ろな目でただ空虚に部屋の床を見つめていたのだ。それはまるで人形のように思えてしまう。


 異変に気付いたオレはすぐさま天音の元へと駆け寄り、両手で肩に手をかけ意識を取り戻すように揺さ振る。


「天音! おい! しっかりしろよっ!!」

「……ああ。なんだキミか。どうかしたのか?」


 天音はようやく意識をオレへと向けると、今まさに存在に気付いたようなそんな言葉と共に不思議そうな顔をしていた。


「どうかしたのかって……あ、天音?」


 オレはそんな天音の言動が心配になり、再び名前を呼び声をかけたのだが予想を上回る言葉が返ってきたのだ。


「うん? キミは今誰の名前を呼んでいるのだ? もしかして私を呼んだのか? そうか……私の名前は『天音』と言うのだったな」


 天音は再び瞳の色を無くすと、意識をオレから床へと移しそうポツリと呟いたのだ。


「はっ? な、なんだよそれ……あ、天音っ! もう自分の名前すら定かじゃねぇのか!? さっきまでもきゅ子のことで喧嘩してたじゃねぇか! オマエざっけんじゃねぇぞ!! そんなのありかよ……ぐすっ……あまね……」


 オレは涙ながらに彼女の体を激しく揺すりながらそう怒鳴り問いかけたのだったが、天音の意識は既にオレを認識の外へと追いやっているようにまったく反応を示さなくなっていたのだ。


「…………」


 そして上のベットにいる葵ちゃんにも声をかけ、その体を揺さぶってみたのだったが、


「葵ちゃん?」

「んーっ???」


 葵ちゃんはオレの声に反応は示すかのように顔をこちら側に向けると、にこやかな表情を浮かべるだけで口を開かずにいた。


 そしてそのまま元の見ていた床を見つめるよう顔を背けてしまった。


「天音だけでなく、葵ちゃんまで同じ現象が起こっているのか。静音さん、きっとアンタが二人の記憶を……」


「……消したんだよな」そう言い切ってしまうのが怖かった。


 まだ彼女のことを信じたい、そんな想いがそれ以上言葉を紡いでしまうのを邪魔する。


 解決策を持たない今のオレでは到底二人を救うことはできない。


(天音と葵ちゃんのためにも……少しでも早く静音さんを見つけないと!)


 そう決断し、天音と葵ちゃんをベットに寝かせることにした。


 幸い二人は抵抗することなく、ベットに横になると目を瞑りそのまま死んでいるかのように寝てしまったのだ。


「……ごめんな、二人とも。早く静音さんを見つけて助けてやるからな……」


 その言葉だけを残すと、二人を起こさぬよう静かに部屋を後にした。


「ふぅ~……こんな仕打ちは精神的に来るよな。ほんと静音さんは何がしてぇんだよ。こんなことして一体何の意味が……」


 閉めたドアに寄りかかりながら、答えなき答えを誰に言うでもなくそう呟いたが、当然の如く答えは返ってこなかったのだ。


「あれ? そういえばもきゅ子はどこ行った?」


 そして廊下にもきゅ子の姿がいないことに気付いたのだ。


 確かに廊下に出てまっているように言ったはずなのに。「もしかしてもきゅ子は下にいるジズさんの所か?」っと、2階から1階ホール玄関に居るジズさんへと目を向ける。


「…………」

「もきゅもきゅ♪」


 するとそこには赤い子供ドラゴンであるもきゅ子の姿があったのだ。


 きっとジズさんが、廊下で一匹寂しくいるもきゅ子のことを呼んだのかとも思ってしまったのだが、どうにも様子がおかしい。


「なんだジズさんと一緒に下に居たのかよ? まったく、もきゅ子までいなくなっちまったのかと焦っただろうが……」


 オレは階段を下りながら、そうもきゅ子に声をかけたのだったが、


「もきゅ~?」


 もきゅ子は首を傾げて「どなた様?」っと、声をかけられた事自体が不思議そうな顔でオレを見ていたのだ。


「も……きゅ……子?」

「もきゅもきゅ♪」

「…………」


 もきゅ子はそ知らぬ顔でジズさんに寄り添っていたのだ。


 それはまるでオレの存在を最初から知らないような感じに思えてしまい、もきゅ子の名前を呼ぶ声を詰まらせてしまう。


 オレはその事実を知るのが恐ろしくなりながらもジズさんに声をかけた。


「ジズさんもしかしてもきゅ子は……」

「……ええ。兄さんの想像通りですわ」


 ジズさんはそれ以上言葉を紡がず、もきゅ子の成すがままに触られたり、よじ登られたりしていたのだ。


「静音さん……アンタ何がしたいって言うんだよ……ほんと……さ。ははっ……っ!? ぐすっ……チクショーッ!!」


 オレは絶望とも思える乾いた笑みを浮かべながら、床へと膝をついてしまい泣いてしまったのだった。



 第192話へとつづく

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