第189話 ドアにも負け、鍵の束にも負け
「お兄さんもう大丈夫なの?」
「ああ。悪かったな、いきなり泣いたりしちまってさ。ぐすっ」
涙を指で拭いながら、心配してくれるジャスミンへと笑いかけた。
彼女を……静音さんのことをジャスミンは忘れていなかったのだ。それが嬉しくなり、つい泣いてしまったのだった。
「うん。それはいいんだけどさ……何かあったの?」
ジャスミンは眉を顰め心配そうな顔をしながら、再度オレが泣き出した原因を聞いてくる。
「……いや、なんでもない。なんでもないんだ。それよりもジャスミン。オマエは静音さんの居場所知らねぇか? 実はずっと探しててさ。それで天音達みんなに聞いてたら、つい口論になっちまったって……」
オレは静音さんについての詳細は濁しながらも、先程天音達と口論になった原因を話すことにした。静音さんの事を覚えているジャスミンならば、何かしら知っているだろうと期待したのだったが、
「うーん。残念ながらボクも昨日から静音さんがどこに行ったかまでは知らないなぁ。あのレシピも祝いの最中静音さんから教えてもらっただけだし、あれ以来姿は見てないんだ。お兄さんごめんね。役に立てなくてさ……」
ジャスミンは申し訳なさそうな顔をしながら、少し顔を下に向けオレに謝っていた。
「いや、ジャスミンが悪いわけじゃねぇんだ。だからそんなに謝るなよな。でもそっか。誰も静音さんの居場所知らねぇのか……まいったな、こりゃ。1度ここに持ってきたはずなんだけどなぁ。はぁ」
オレは思惑が外れてしまい、ため息をついてしまう。
「ねぇお兄さん。ジズさんには聞いたの? ジズさんはずっとホールに佇んでるはずだから、もしも静音さんがこの宿屋に戻ってきてたんなら居場所知ってるかもしれないよ」
「そっか。ジズさんか」
そういえばジズさんとは言葉を交わしたが、静音さんの居場所については尋ねなかったのを思い出した。
「とりあえずジズさんにも聞いてみるわ。ありがとうな、ジャスミン」
「お兄さんが何をしてるか分からないけど、頑張ってね!」
ジャスミンに別れを告げると急ぎジズさんの元へ向かう事にした。
まぁ向かうといってもすぐ隣なんだけどね。
オレが酒場を後にし隣にある宿屋の玄関ホールに差し掛かると、ジズさんは相も変わらずその大きな巨体のまま身動き一つせずに佇んでいたのだ。
「おや、兄さん。どないしたんです~? 朝食は終わったんでっか?」
「実は……」
「きゃーっ!」
「なんだこれは!? 何故宿屋の中にモンスターがいるのだ!?」
「い、今のは天音達の声か!? それにモンスターだって!? ……っ、クソ!」
2階の天音がいる部屋からそんな声が聞こえて、オレはすぐさま階段を駆け上がり天音の部屋に向かった。
正直オレなんかが向かったところで何の役にも立たないだろうが、それでも女の子の助けを求める声を聞いてしまっては居ても立ってもいられず、考えるよりも先に体が動いてしまっていた。
ドンドン! ドンドン! ガチャガチャ。
「天音! 葵ちゃん! 大丈夫か!」
部屋のドアを壊れんばかりに叩き、必死にドアノブを回す。だが、生憎とドアには鍵がかかっており開けることはできなかった。
「クソッ! こうなったら、このドアをぶち破るしかねえか!!」
天音達の部屋は反対の部屋との間隔が狭いためあまり助走をつけられないが、反対側の静音さん達のドアに張り付き少しでも距離を稼ぎながら覚悟を決めドアに向かって体当たりをする。
「このっ!! ぐ、がっ!? い、いてぇ……超いてぇぇよ!」
だがしかし、ドアが頑丈な作りなのか、はたまたオレの突進力が足りないせいなのか、ドアはビクともせずただオレのHPが減るだけだったのだ。
(他の世界の主人公はこんなの平気でやってたのかよ!? 冗談抜きにドアをぶち抜くなんて普通じゃねぇよ!!)
肩肘からドアにぶっかったせいで肩が脱臼しそうな程の痛みが容赦なく襲う。
だが今はそんなことを気にしている場合ではない。そしてもう1度距離をとり、そして再びドアに向かって体当たりをする。
「このクッソがっ!! ぐはっ!? い、いってぇ~っ!」
今度も全力で体当たりをしたのだが、ドアはまったくビクともせず跳ね返されてしまう。
その衝撃で頭を反対の部屋のドアにぶつけてしまう。
(む、無理だってこんなの。モンスターどころか宿屋のドアにすら負けてんだもん)
「兄さん、これを使いなはれやっ!」
そんなジズさんの声がすると放物線を描きながら何かが飛んで来たのだ。
たぶんジズさんが投げ寄越してくれたのは各部屋のマスターキーの束なのだろう。
リングを通して束ねられた鍵が床に倒れこんでいるオレの顔に向かって容赦なく、文字通り鍵先端部分が鋭利に襲い掛かってきた!
「ふっ……既にその動きは見切ったりっ!! ぐはっ!? な、何だよこの腹を襲った重みは!? 敵の攻撃か!? いや、これは……鍵の束か!?」
運良く顔面を狙う鋭利な先端部を格好良く避けるところまでは良かったのだが、鍵の束は無防備なオレのお腹へとその重さを重力と共に委ねてきたのだ。
もはやドアどころか、鍵の束にまでHPを奪われたオレは瀕死状態もよいところだったが、急ぎ一つ一つ鍵穴に入れてゆく。
ガチャ、ガチャ。
「ど、どれなんだよ!? マスターキーの癖に多すぎだろうっ!?」
焦る気持ちも相助けとなり、鍵穴に鍵を入れるだけでも手が震えてしまう。
(早く天音達を助けねぇと!)
ガチャリッ。
「開いた!」
そんな気持ちが通じたのか、ドアロックがすんなりと回りオレは急ぎドアノブを回しながら叫びドアを開け放った。
「天音に葵ちゃん、無事なのか! って、これはどうゆうことなんだよ!?」
そこでオレが見た光景とは……
それを次話までに考えつつ、お話は第190話へとつづく