第187話 喧嘩するほど肉らしい?
カンカンカン! カンカンカン!
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
「もきゅっ!?」
「うるさっ!?」
オレと天音が互いの襟元の服を掴み取っ組み合いをしていると、突如として厨房の方からフライパンを叩く大きな音が聞こえ思わず両手で耳を塞いでしまう。
「コラーーっ! お兄さん達何で喧嘩してるのさ!!」
「「じゃ、ジャスミン……」」
オレと天音はいきなりの大声とその迫力に圧倒され、彼女の名前を一緒に呼んでしまう。
どうやらジャスミンはオレ達の喧嘩を止めにきてくれたみたいだ。
「まったくもう! お兄さんもお姉さんも喧嘩なんかしないでよ! ここは食事を楽しむ場所なんだよ!! 喧嘩するならもうここには来ないでよね!!」
ガンッ!
そう言うとジャスミンは持っていたフライパンとおたまを雑にテーブルへと置いた。
どうやらうるさくしたせいで……いや、喧嘩をしていたせいでジャスミンの事をかなり怒らせてしまったようだ。
「(天音!)」
「(ああ!)」
オレと天音は状況をすぐさま察し、互いに目配せをすると怒っているジャスミンを宥めるための共同戦線を張ることにした。でなければ今後メシの糧を得られる憩いのオアシスを失ってしまうと判断した結果である。
「あっ、いやなジャスミン。そのぉ~、これは喧嘩じゃなくてな……少し誤解があっただけなんだよ。な! 天音!」
「そ、そうだぞ! これはちょっとした誤解なのだ。それに言うではないか、喧嘩するほどに肉らしい?……とな!」
オレと天音は互いをフォローしつつ、ジャスミンにそんな言い訳をした。
(……ってか、ちょっと待て天音さんや。それは誤字引用じゃねぇのか!? 大体なんだよ『肉らしい』ってのは? 『憎らしい』と間違えたのか? それとも喧嘩をして倒した相手が食用肉に早代わりするってワケなのか? そもそも『喧嘩するほど仲が良い♪』の間違いじゃねぇかよ!?)
オレはそうツッコミをしたかったのだが、それをしてしまうと更に状況が悪化することを恐れ黙って置く事にした。
「……ほんとぉ~にぃ~?」
ジャスミンは目を細めながらにまだ疑いの目でオレと天音を疑っている。
「(コク)」
「(コク)」
更にオレ達は目配せをすると言い訳の言葉を続ける。
「そ、そうだよ! それにオレと天音は婚約者(予定)なんだぜ! まさか喧嘩して『食肉』にしたりするはずねぇだろ? な、天音!」
「ああ、そうとも! 一応婚約者だしな! 残念だが『肉』にするのは口惜しいのだが、たった今諦めることにしたのだ」
オレに釣られ天音もフォローをしてくれたのだが……いや、まったくフォローになっていなかった。しかもすっごく残念そうにしょんぼり顔しやがってる。
「(天音さんや。本気でてめえオレを今の今まで食う気満々だったんだよ!? オマエ食人種なのかよ!? 諦めてくれてありがとうよ!)」
オレは言葉とは裏腹に天音に畏怖の念を懐いてしまう。
「ふぅ~ん……そっかそっか。喧嘩じゃないって言うのならいいんだよ♪ でもあんまり騒がしいのはダメだからね! もし次もこんなことしたらぁ~」
「し、したらどうなるんだよジャスミン? (ごくりっ)」
「う、うむ。ここに来れなくなるのではないのか? (同じくごくりっ)」
ジャスミンのその迫力にオレと天音は得も言えぬ恐怖を覚えてしまいながら次の言葉を待っていた。
ガンッ! ブンブンブン♪
ジャスミンはテーブルに置いたフライパンとおたまを手に取り、ワザとらしく叩き音を鳴らすと右手でフライパンを、反対の左手にはおたまを装備しまるで空気を切るように素振りをしていた。その速さと言ったら目で追うのがやっとである。
「これで死ぬまで撲殺して夕食の材料にしちゃうかもしれないから……気をつけてね、二人とも♪ (ニッコリ)」
「(ふるふる)」
「(ふるふる)」
どうやら次オレと天音がジャスミンを怒らせてしまうと、夕食の食材としてテーブルの上に並んでしまうらしい。しかもニッコリっと普段と同じ笑顔で言いのけたていたのだ。オレと天音に出来る事と言ったら、無言で首を左右に振り「そんなのはごめんだ……」との意思を伝えるのが精一杯であった。
そしてジャスミンは先程オレがテーブルを叩いてしまったことで落ち割れたカップを拾い上げると「この割ったカップはお兄さんにツケておくからね!」っと、器用にも割れた大きなカップに破片を入れ厨房へと消えていった。
「「ふぅ~っ」」
オレと天音はようやく危機が去ったことで安堵し同じ溜息をしてしまう。
そして椅子ではなく、床へとへたり込んでしまった。
「……怖かったな」
「ああ……予想以上に、な」
天音とオレはジャスミンの迫力を今更ながらに感じてしまっていたのだ。体全体が震えてしまい、立つことすらままならない状態である。
「お兄様……お姉様も……大丈夫でしたか?」
「きゅ~っ」
ずっと傍にいた葵ちゃんともきゅ子も恐怖していたのか、一切口を挟まずただ黙って事の成り行きを見守っていたようだ。でもそれが懸命である。もし口を挟んでいたら……オレ達と同じ目に遭っていたのかもしれないのだから。
葵ちゃんは天音を、そしてもきゅ子はオレへとへたり込んでいるオレ達に寄り添い、立ち上がるようにと支えてくれる。まぁもきゅ子ではオレを支えることなぞできないのだが、今はその気持ちだけでも嬉しいものだ。
「お姉様大丈夫ですか? 一人で立てますか?」
「ああ……なんとかな」
葵ちゃんの支えにより天音はどうにか立ち上がることが出来たようだ。
「きゅーきゅー」
「もきゅ子もサンキュな。んっと!」
もきゅ子は葵ちゃんの真似をしてオレに寄り添ったのだが、力がまったくないためにただ擦っているような感じであった。そしてさすがにもきゅ子に支えられるわけにもいかず、オレは両手を床に着き、どうにか立ち上がろうとする。
「おわわあぁっ!?」
だが、思いの外足にキテいたのか、オレは立ち上がった瞬間よろけて前のめりに倒れこんでしまう!
「んっ! キミ……足は大丈夫か」
「あ、ああ……わりぃな。天音」
そこへ先に立っていた天音が駆け寄り、どうにか倒れこむオレの肩を支えるように掴むと倒れぬよう自らの肩にオレの腕を回し、肩を貸してくれたのだ。
「そこの椅子に座るぞ。よいな?」
「わかった」
オレは天音の成すがまま肩を借り、どうにかテーブルの椅子まで辿り着くことに成功する。
そして座ったオレに寄り添い、足やら腕やらをペタペタと触り確かめていた。
「大丈夫か? どこか怪我はないか?」
「天音……」
それは入学初日、オレを心配している天音の姿そのものだったのだ。彼女は初めから何も変わってはいない。もし変わったのだと感じ取ってしまっていたとしたら、原因はオレにあるのかもしれない。
「んっ? やはりどこか痛いのか? 医者を呼ぶか?」
オレはその姿を今の天音と重ねてしまい、最初から天音の言葉を疑っていたことを恥じてしまう。
「……ごめん。天音に疑ったりしてさ……」
「……ふっ。キミは何を言っているのだ。別にあれは喧嘩などではないのだぞ。……だからもう気にするな」
そういう天音だったが、やはりバツが悪いのか、少しだけ笑いそっぽを向いてしまう。きっと照れくさいのかもしれない。
「それに葵ちゃんもごめんな。疑ったりしてさ……」
「いいえ。ワタクシなら大丈夫ですわ、お兄様♪」
オレ達の喧嘩が終わり、再び仲直りした事を喜ぶように葵ちゃんは笑顔になっていた。
「きゅー! きゅーっ!!」
「おっと!? うん。もきゅ子もな……」
もきゅ子は「私のことも忘れないで!」っと言うように、抗議の鳴き声をあげると隣に座っているオレの横腹を撫でてきていたのだ。オレはもきゅ子の頭を撫でながら、謝罪の言葉を口にした。
第188話へつづく