第186話 予兆
あれからオレは甲斐甲斐しくももきゅ子が全部食べ終えるまでの間、ずっと食事の世話をしてしまった。
本来なら一緒のテーブルで飯を食っているヒロイン共が、ここぞとばかりにその『女子力』発揮する場面だったんだろうが、何故だか天音達は昨今の育児放棄の母親のように自分のことしか考えておらず、一切もきゅ子の世話をしてくれなかったのだ。
(まぁきっとオレがやってるからいいだろう……って、感じに思ったんだろうけどな。それにしてもだよな? そもそも最近もきゅ子に対するコイツらの態度が、オレに対するそれと一緒になりつつあるぞ!)
「もぐもぐ……やっぱり料理は冷めると味が落ちるよなぁ」
オレはようやくもきゅ子の食事の世話が終わり、先程半分だけ残していたすっかり冷め切きったナポリタンを食べ進める。
幸いナポリタンに入れられた油分が多いのか麺と麺はくっ付いてはいなかったが、やはり全体が冷たくなっており出来立てのそれとは美味さが段違いであった。
「ズズッ……あーこっちもな」
オレは「やっぱりなぁ」というような表情を浮かべながら、コーンスープに口を付けていた。
「(この湯葉みたいな膜みたいなのって、たんぱく質や脂肪分が熱分解したときに出来るやつだよな? まぁ味に大した影響はねぇけど、やっぱスープも温かいのが1番だよなぁ~)」
案の定ナポリタンだけではなくコーンスープまでも冷め切っており、表面には湯葉のような膜が張られていたが構わず飲み続けたのだ。
「よし! 食べ終わったし、部屋に戻るとするか葵よ!」
「あっはい。畏まりましたわお姉様」
天音と葵ちゃんは自分の分を食べ終わると食器をそのままにし、オレともきゅ子を残したまま部屋へと帰る気満々で席を立とうとしていた。
だが聞きたいことがあったオレは尽かさず、二人へと声をかけ引き止める。
「んんーっ!? ちょ、ちょっと待った二人共部屋に戻るのは待ってくれ! 二人にさ、少し聞きたいことがあるんだよ!!」
まだ食べていたオレは少し咽られながら、そう言ってどうにか二人の歩みを止めることに成功する。
焦って口の中の物を強引に飲み込んだせいか、胸が苦しいがこの際捨て置くことにする。今は二人に質問する事が大事なのだ。それを食事ともきゅ子の世話をしていたことで、すっかり忘れていたのだ。
「うん? 聞きたいことだと? ふむ。私達に何を聞きたいと言うつもりなんだキミは?」
「それで聞きたい事とはなんですの、お兄様ぁ~?」
天音と葵ちゃんはその場で立ち止まると、クルリっと回れ右をしオレの方を向いて訊ねてきたのだ。
それはまるで始めからオレが後ろから声をかけ、自分達を立ち止まらせる事を事前に分かっていたように……。
少なくともそんな風にオレが感じ取ってしまうほど、天音達の振り向く様はスムーズだったのだ。いや、スムーズすぎるのだ。
普通ふとふいに歩いている最中、進行方向とは逆の後ろから声をかけられれば、とてもあんな風な行動はできるはずがない。
オレはそんな天音と葵ちゃんの行動に動揺し、また二人からまるで観察するようにじっと見られ、言葉を詰まらせてしまう。
「あっ、いや…………」
(やはり何かがおかしいぞ。いつものコイツらとは何がが違う。そもそもあの人の話題を一度も出していないのがその証拠だろう……)
だが、いつまでも無言のままでは逆に不審に思われてしまう。
そう思い、意を決して訊ねてみることにした。
「あのさ……二人は静音さんがどこに居るか知らないか? いや、知らなくてもちらっと見かけたとかの情報でもいいんだけどさ……何か知らないか?」
とりあえず無難な質問をしてみることにした。
これならば何があったとしても、またどんな答えが返って来ようとも対応することができる。このときまではそう思っていたのだ。
だが、天音達の返答はオレが予想だにしない言葉だった。
「しずね? 誰なのだそれは? そのような名の人間なぞ私は知らないぞ。そうだ、葵はどうなのだ? そんな名前の人間をお前は知ってるのか?」
「いいえ。そのようなお名前は初耳ですわね。ワタクシは存じ上げておりませんわね」
オレの問いかけに対して、二人はまるで「そもそもその『しずね』って誰?」と疑問の表情を浮かべ、揃って首を傾げていた。
「……はぁ~っ!? いやいや、静音さんだよ静音さん! あの悪魔の化身みたいな笑顔と金にうるさい守銭奴がウリのあのクソメイド! 確か二人のお世話係もやってるあの静音さんだぞ!! オマエらふざけてんのか!? ああん!?」
オレは真剣に質問をしたつもりだったのに、天音と葵ちゃんはまるでそもそも静音さん自体を知らないような口ぶりをしていたので、また二人にからかわれているのだと思ってしまい、顔を顰めながら声とそしてテーブルを叩くことで怒りを露にしてしまう。
ダンッ!! ガチャッ! パリーン!
感情に任せた行動のためか、テーブルを叩く力の加減ができず、大きな音と皿やらコップが飛び跳ね散乱してしまった。
割れた音がしたからコップか何かがテーブルの下に落ち、割れたのかもしれない。
正直そんなことをするつもりは全然なかったのだが、すっ呆けとも思える天音と葵ちゃんの態度に我を忘れてしまったのだ。
「ふざけるも何も……私と葵はそんな名前の人間を知らないと言っているのだぞ! キミの方こそ、何故そこまで声を荒げ怒っているのだ!! キミの方こそふざけているのではないのか!! 私と葵……こうして目の前に二人の婚約者がいるにも関わらず、他の女の名前を叫びながら、あまつさえ怒りに任せテーブルを叩くだなんて!!」
「だってオマエらがおかしいんだろうがっ!! あの静音さんを知らないだなんてさ!!」
オレと天音は互いの首元の服を鷲づかみにしながら、序々に感情と行動がエスカレートしてゆく。
「あ、あのお姉様……お兄様も……どうか落ち着いてくださいませ!」
「きゅ~! きゅきゅ~っ!!」
葵ちゃんは天音の背中に、そしてもきゅ子はオレの腰にしがみつき必死に喧嘩を止めようとしていた。
第187話へ続く