第184話 ナポリタンの申し子降臨!
「は~い♪ これがお兄さんの分だよ♪」
事前に多めに作っていたのか、ジャスミン間を置かずしてオレの前へと山盛りナポリタンを置いた。
まさにそれは「これでもか!」っと山盛りになったナポリタンとは文字で表現するのも無粋なほどの圧倒的な絵力があり、また立ち昇る湯気に混じってケチャップがコゲる香ばしい匂いに釣られ、思わず『ゴクリ』っと喉を鳴らしてしまった。
だが、食べる前にこれだけはどうしてもジャスミンに聞いておく必要性があり、言葉を口にした。
「それはそうとジャスミン。オマエ一昨日は『トマトには毒がある!』って信じてたんじゃないのか? それが何で今日に限っては『ナポリタン』なんていう、ケチャップの申し子の料理作っていやがるんだよ……」
そう一昨日の話とジャスミンの態度を見る限りでは、この世界ではまだトマトは食用ではなく観賞用が主なのだと言ってオレに「トマトを食べて死にたいの?」などと言ってのけていたのだ。
それがいきなりトマトをふんだんに使われた『ナポリタン』を出されてしまっては、苦情の1つも言いたくなるものである。
「にゃははっ。確かに昨日ボクはそんなこと言っちゃったよね。でもね、あれから静音さんに『誰も見向きもしない、ましてや皆に毒があると思われてるこのトマトなら当然お金はかかりませんよね? それならばそれを使い料理を開発すれば儲かるのではないですか?』って説得されちゃってさ。それで試しに作ったら美味しくてね。だからその……」
「……それで、その静音さんの口車に乗っちまったっと。そうゆうわけなんだな、ジャスミン?」
ジャスミンはバツが悪そうに「う、ん」っと歯切れが悪い感じに頷いた。
「(要はあの静音さんが原因だったわけか。前の鈍器deパンの時にもジャスミンに対してそんなアドバイスしてたっけなぁ~)」
……そこで気付いちまったんだけどさ。読者のみんな聞いてくれるかな?
その静音さんの立ち位置ってさ、本来この物語の主人公であるオレのポジションだよな?
それも絶対に……さ。ほら、よくある話だろ? 異世界(オレから言えば現実の世界なのだが)から来た主人公達がその知識や経験なんかを持ち込んで、その世界では重要な問題を簡単に解決したり、まだ見ぬ新しい料理なんかを作ったりして潰れかけのレストランを流行らせたりしてさ、その世界の人々にとっては『救世主』みたいな扱いになる系の話。
なんでそれをあの人は、この物語の主人公であるオレを差し置いてやっちまったんだよ。
何か最近オレへの扱いが前にも増して酷くねぇか? だってよセリフは遮られ出番まで減らされ、そして今回は今後起こりえるであろう救世主の未来枠すら潰されてんだぞ。
もうさ、オレこの物語に必要ねぇんじゃねぇのかな? ははははっ……はぁ~っ。
オレは乾ききった笑みをどうにか浮かべるとジャスミンが持ってきてくれたフォークを手に取り、ナポリタンの上に突き刺すとクルクル~っと巻きつけそのまま口へと運んだ。
「……うん。美味いね。それもすっごく……ね」
スパゲッティに絡まっているソースは完全ペースト状となっており、きっとトマトを粗いふるいから徐々に細かいふるいへと、何度も何度も裏ごしして丁寧に作られた物だと一口食べただけで分かる。もしこれが雑に裏ごししてしまえば、実の粒々が残ってしまい舌触りの悪いものになっていた事だろう。
まぁ現実世界のようなケチャップとは違い、観賞用に作られたトマトを使っているせいか、やや酸味が強かったが逆にそれがアクセントとなり、ただただ『美味い』の一言に尽きる。
そして再び上からフォークを差し入れ、回し巻きつけると2口目に口をつける。
「ははっ……文句なしに美味いね。具もタマネギ、ピーマン、マッシュルーム、それにソーセージがちゃんと入っててヤバイくらいに美味いよ……」
オレの物凄く低いテンションとは裏腹に、そのナポリタンは究極に近かったのだ。
中に入っているタマネギは厚くも薄くもなく、食べやすく程よい大きさにスライスされていた。
もしこれが薄すぎると炒める最中に甘みがうるさく出過ぎてしまい、変にナポリタン全体が甘くなって不味くなってしまう。
また逆に厚くスライスすると火が通らない上に食べづらく、食感が悪くなってしまうのだ。
またフォークで巻きつける際にも、麺や他の食材とも絡みづらく面倒になってしまう。
そして1番上に乗せられ輪切りにされたピーマンが赤一色のナポリタンに一筋の彩を沿え、柔らか一辺倒の食感にも『シャリシャリ』っと多大な変化をくれ、飽きずに食べることが出来る。また他の食材とは別々に炒めたことでピーマン特有のえぐみ(=特有の苦味)を消し去り、ピーマン嫌いな子供でも抵抗なく食べてしまうだろう。
更に香り豊かなマッシュルームのスライスを入ることで、きのこ独特の風味豊かな『香り』としっかりとした『旨み』を演出し、その美味しさと他の食材とを繋ぐ架け橋になっている。
そしてソーセージに使われている皮もそこらのスーパーで売っているようなセルロースなんかの人工物ではなく、本物の羊の腸が使われており弾けるような食感を演出していた。
もちろんソーセージに使われている肉でさえも混ぜ物一切なしの豚100%であり、添加物なども使われていない『本物のソーセージ肉』であった。
基本的に本物のソーセージはそこらのスーパーで売ってるような長期間保存には向かないのだ。
スーパーで売っている物には『豚』だけでなく『鳥肉』『馬肉』『卵白』などが混ぜられており、本物の豚100%と比べてしまうと味に雑味が出てしまう。そして何より肉に『粘り』を出すために『食品添加物』などが多く使われているのだ。それがまた『長期保存』と『変色を防止する(酸化し黒ずむ)』効果を生んでいる。
だが、このナポリタンに使われているソーセージは本物で、きっと塩分のみでその『粘り』を再現しているのだろう。塩分濃度は2%前後(たぶん1.8%ほど)っと言ったところか。本来なら2.5%が理想であるが、この世界では塩も生活必需品であり高級品なのである。
また燻製には一般的にクヌギの木やサクラの木を使うのだが、何やらこのソーセージからは甘いフルーティーな香りがしていた。
「ジャスミン。このソーセージに使われてる燻製ってさ、もしかして……」
「おっお兄さんよくその違いに気づけたね! それは燻製する木にリンゴの木を使ってスモークしたんだよ♪ どお凄いでしょ♪ へっへぇ~♪」
ジャスミンは得意げに右人差し指で鼻の下ら辺を軽く擦り、自慢気にしていた。
「まぁ……それもほんとは静音さんのアイディアなんだけどね」っと、やや苦笑いをみせる。
きっとここまで完璧なソーセージならば、こんな輪切りなどせずにそのまま歯を立て齧りつけばバリッっとした心地よい噛み音と共に熱く旨みたっぷりの肉汁が容赦なく舌を襲うことだろう。
第185話へつづく