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第182話 至福!至福の薪割り!!

「ほら小僧よっ! お主も若者ならキリキリ歩かんか!」

「わ、分かったてば!!」


 オレはサタナキアさんに背中を押されたまま宿屋の玄関を出されると、建物の横にある少し開けた場所に出た。


「ほら、この斧を使って薪を割るのじゃぞ」


 サタナキアさんはオレの目の前にある切り株と斧、そして大量の割られていない薪をその剣先で指し示すとオレに薪を割るように指示した。


「マジかよ。まだ朝飯前だってのにこんな薪割りなんて重労働させられんのかよ……」


 主人公として朝飯前という響きには得も言えぬ魅力があったのだが、まさか薪割りをするためにその言葉を使うとは夢にも思わず、文句を口にしてしまう。


「(そもそもオレはこんなことしてる場合じゃねぇのに! でも断われねぇよなぁ……)」


 そう文句を言おうにもサタナキアさんの手前、そのような文句は口が裂けても言えるわけがないのだ。何故なら……、


「どうしたのいうのじゃ小僧よ! そのような所に突っ立っていないで薪を割ったらどうなのじゃ? 早く(はよお)せぬと朝食に遅れてしまうのじゃぞ!」


 っと自らの刃を太陽の光に反射させギラリッっと無駄に効果音を鳴らさせ、オレの命を脅かしているのだった。

 まさか朝食の為に殺されそうになるわけにはいかず、オレは言うがままに薪を割ることにした。


「……っとと!? これが斧か。随分重いんだな」


 切り株に突き刺さるように斧が置かれ、少し力を入れ切り株から斧を引き抜くと斧の重みで少し下がりよろけそうになってしまう。

 斧を実際手に持った感じとしては、木で出来た柄の部分を持つと薪を割る刃の部分が随分と重く感じ、片手でだけで持つには相当な筋力を必要とするだろう。


「(随分と比重が刃寄りなんだな。こりゃ片手で持つには相当な筋力とバランスが必要になるぞ)」


 斧を持つのは初めての体験であり、実際の重さは手にしてみないと分からないものだと改めて噛み締めた。


「この切り株の真ん中ら辺に薪を置けばいいんだよな?」


 建物に隣接するように積み上げられた大量の薪の中から1つを手に取ると、オレはとりあえず見よう見真似で映画やアニメでやっているような薪割りをイメージすると切り株の中央に薪を縦に置くことにした。


 コン♪

 木と木のぶつかる心地の良い音が響き渡る。


「……っとと。よし! いっちょやりますか♪」

 斧を右手で持ち柄の部分を左手にも乗せ、真っ直ぐ割るため切り株の中央を陣取るように立ち居地を決める。

 そして両手で柄の部分を持ち、斧を自分の頭よりも高く振り上げ……そのまま振り下ろす!


 ブンッ……ガッ!?


「あ、あれ?」


 勢い良く振り下ろされた斧は鈍い音を立て薪へとその鋭く重い刃を食い込ませた。

 そう……薪は割れずに食い込んだだけだったのだ。あと芯を外したせいで斧を伝って衝撃と痺れがオレの手へと響き伝わってきていた。


「な~にをしておるのじゃ小僧よ! そのような不恰好な薪が使えると思うておるのか!?」

「あ、いや……ち、力が足りなかったのかな?」


 サタナキアさんの言うとおり、斧の刃は真ん中には刺さらずに中央よりも右の方を抉り削ったまま突き刺さっていたのだ。


「アホぉがっ! 薪を割るのに力を使おうとするからいけないのじゃぞ!! それに何なのじゃそのへっぴり腰は!? お主、な~にを気取っておるのじゃ?」


 サタナキアさんは厳しい意見をオレへとぶつけてくる。


「いや、薪割りなんかしたことないんだもん。出来なくてもしょうがないだろ!」


 オレの薪割り初体験(ファースト・バージン)は不発に終わり、ただただサタナキアさんに罵られ反発することしかできなかった。


「まったくのぉ~……これじゃから最近の若いもんはイケすかないのじゃぞ! 薪割り一つ出来んで、文句だけは一人前なのじゃから困ったもんなのじゃ」

「ぐぬぬぬっ!?」

(んんーっ。薪割り一出来ねぇだけで、でもここまで言われるのかよ!)


 オレはサタナキアさんに対する怒りと自分に対する憤りでしかめっ面をし、サタナキアさんにやり方を聞いてみる。


「じゃあどうやるんだよ! そんなこと言うからには自分でやって見せ……」


 オレはそこまで言って『しまった!?』っとあることに気付いてしまったのだ。


「ほっほぉ~っ。小僧でも言うではないか。お主はこの(わらわ)に薪の手本を見せよっというのじゃな? よし! よかろう……そこで目ん玉飛び出しながら見ておれよ!」


 サタナキアさんはオレのセリフ途中にも関わらず、オレが言いかけた事を敢えて即行動に移す様子だ。


「(やっちまったなぁ~。今のは完全な失言だったぜ……)」


 オレは自分の言葉に対して反省をしてしまう。それはサタナキアさんに対する暴言もそうなのだが、問題はその売り言葉の方だったのだ。何故なら……、


「ほ~れゆくぞ~♪ ほいっと♪」


 スーッ……パカリッ。

 サタナキアさんはオレが仕損じた薪の前に立つと、そのまま音も無く薪を豆腐でも切るようにいとも容易く真っ二つにしてしまったのだ。


「どうなのじゃ小僧? ぐうの音も出せぬであろうに? かっかっかぁ~っ♪」

「…………」


 そうサタナキアさんの能力は『どのようなモノでも防ぎようがない(やいば)』を持っていたのだ。

 まぁ早い話が何でも抵抗なく切れる……ということなのだ。


「こ、こんなの反則だろうが……」

 オレは自分の失言とサタナキアさんに対するバツの悪さから額と目に右手を当て「やっちまった……」っとリアクションを取ってしまう。


「んんっ!? 今何か言うたかのぉ~小僧よ?」


 絶対聞こえていたはずなのにサタナキアさんはわざと聞こえぬふりをして、オレへと聞き返してきた。


「(こんのぉクソ聖剣めがっ! マジで薪割りなんかにチート能力発揮しやがって! ……まぁでもこれはオレが悪いよなぁ。暴言も言っちまったし、謝んねぇといけねぇよな?)」


 心の中でそんな苦言を示すと共に自分の行いを反省し、サタナキアさんに謝りアドバイスを求めることにした。


「サタナキアさん。その……ごめんな」

「んっ? ああ……もう気にするでないわ。分かればそれで良いのじゃ。人間誰しも間違いは犯すものじゃしのぉ~」


 そう素直に謝るとサタナキアさんもそれ以上は批判することはなかったのだ。この態度には謝ったオレも驚きを隠せなかった。

 きっとサタナキアさんも言いすぎたと思ってくれたのかもしれない。


「(もしかして……オレ自身が変われば物事がすべて上手くいくのかな?)」


「世の中を変えるには自分を変えろ……」そんな名言を思い出してしまった。


「それでさ、言いにくいんだけど……」


 謝るついでに薪割りのアドバイスも貰おうと思ったのだが、サタナキアさんの態度と自分自身への自問自答により聞くタイミングを逃してしまい言い淀んでしまう。


「妾の薪割り(どう)は厳しいのじゃぞ! 小僧もしかと付いてくるがよいわ!!」


 そう言うとサタナキアさんは薪割りのコツを教えてくれる事となったのだ。


「まず切り株の中央に立つのじゃ。そして足を広げ腰を落とし、重心を低くすることで斧を振り下ろす際にバランスを崩さぬようにするのじゃ。それさえ出来れば後は簡単なのじゃぞ」

「えっと……こうかな?」


 オレは再度切り株に薪を置くとサタナキアさんの言うとおり、足を広げスタンスをとり腰をやや中腰へ付近で止めてみることにした。


「(やっべ。立つとも座るとも言えないこの体制で体の位置を維持するのは、あまりにもキツすぎるぞ!)」


 オレは足腰をぷるぷるさせながら、そのキツイ体制を維持し続けていた。


「ふむ。それで良いのじゃ。後は両手で自らの頭中央に添える感じで斧を振り上げ、そのまま力を入れずに重力のまま振り下ろすだけじゃぞ。イメージとしては常に真ん中を狙う感じにすると綺麗に割ることが出来るはずじゃ。とりあえずそれでやってみるがよい」


 サタナキアさんのゴーサインを貰い、斧を両手で持ち上げ、両肘を頭を挟み込むように中心を取り、薪の中央をイメージし、そして……力を一切いれずにただ振り下ろした!


 ブンッ……カコン♪

 空気を切り裂く鈍い音の後にそんな軽い音がし、薪が中央から真っ二つに割れ切り株から落ちていった。


「あ、ああ……」


 それはあまりにも簡単すぎた事なのだ。だが、そんな簡単すぎるのとは裏腹にその成果は絶大だった。

 また力を一切入れずただ重力のままに振り下ろしたせいか、先程手に伝わってきた衝撃や痺れはまったくなく、そしていくらでも薪割りが出来る気がしていた。


「ふっ……どうじゃな小僧よ? 妾の教え方は? これでも役には立たぬのか?」


 意地悪にもサタナキアさんはそんな言葉を投げかけてきたが、生憎とオレの意識は別な方へと向いていたのだ。


「すっ……」

「すっ? 何じゃ???」


 今度はサタナキアさんがオレの言葉を聞き返す。


「すっげぇーーっ!! 何だよこれ!? マジでこれオレがやったのかよ!? ほら見てみろよコレを! さっきは全然割れなかったのに、ほら! こんなにも綺麗に真っ二つに割れてやがんぜ! すっげぇ気持ちいいな♪ しかもだぜ、力なんか一切入れてねぇんだぜ! それなのにこんなに簡単に割れちまって……いくらでも薪割れるぜこりゃ!!」


 オレは薪を綺麗に割ったこと、そして先程はまったく割れなかったのにコツを教えてもらったら容易く薪が真っ二つに割れたこと、それらが相成って興奮してしまっていた。


「こ、小僧め。薪割り1つで、このようにはしゃぎおってからに。本当に(ほんに)子供のようじゃのぉ……」


 サタナキアさんが何か言っていたが、興奮しきっていたオレの耳には届かずオレは薪を割り続けていた。

 こうしてオレの2回目の薪割り(セカンド・バージン)は成功し、サタナキアさんがオレの首筋に自らの(やいば)を押し当て強制的に止めるまで街中に鳴り響くのであった……。



 第183話へつづく

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