第181話 私はウサギです♪
「ジズさん……静音さんはもうここには居ないのか?」
オレは唐突にも静音さんの居所を聞いてみる。
「静音……ああ、あの僧侶のお姉ちゃんでんな? あのヒトなら既にここには居りゃしませんよ」
ジズさんは表情一つ変えず、静音さんはここには居ないと断言してくれた。
「そっか。既に出かけた後……か。どこに行ったのかは知らないよね?」
「そうでんなぁ~。ワテはずっとここに缶詰状態なんで姉ちゃんの居場所までは、さすがに……。お役に立てなくてすんまへんな、兄さん!」
「いや、それだけ教えてくれただけでもありがたいよ。ジズさんありがとう」
やはり静音さんはあれから1度帰ってきたようだ。ジズさんはずっと1階玄関ホールに居たようだし、この宿屋には玄関しか出入り口はないのでその情報も正確だと思う。
畏まるジズさんに礼の言葉をかけると、オレは考えを巡らせ始める。
(さて……どうしたもんか。静音さんを探そうにも何の手がかりもねぇしなぁ~)
「んっ? こんな朝早くから酒場に誰かいるのか?」
オレが今後の予定を考えていると、酒場の方から食器が重なる音が聞こえきたのだ。
「あ~この音はジャスミンが皿を洗ってる音ですわ! あの娘も働き者やさかい、兄さんらの朝食の用意をしながらも昨日の皿やらコップを洗ってるんやと思いますわ」
どうやら音の正体はジャスミンのようだ。ジズさんの口ぶりでは今日だけの事ではないと推測できる。
「ジャスミン……か」
(ジズさん同様、ジャスミンに静音さんの居所を聞くのもありだよな? ダメ元で当たってみるとするか!)
とりあえずジャスミンに話を聞くため酒場に足を踏み入れる事にした。
「ふんふんふ~ん♪ あわわわ~泡の皿洗いぃ~♪」
まだ誰も起きて時間帯からジャスミンは一生懸命働いている。皿を洗うのが楽しいのか、鼻歌を陽気に歌いながら懸命に1枚1枚皿を洗っている。
「汚れたお皿を洗おうね~♪ 丸に四角にお皿がいっぱいだ~♪ お酒が入ったグラスは~…………うん! 別にいいよね♪」
「(おい! 何で酒のグラスだけ仲間外れにしやがるんだよ!? しかも『うん!』までの間がなげえぇしな! も、もしかして洗わずスルーしやがってのか!?)」
オレは気になり、そっと台所で洗っているジャスミンを覗き見ると歌とは違いちゃんとグラスを洗っていた光景が見えた。
「ほっ。何だよ、ちゃんとグラスも洗ってんじゃねぇかよ。驚かせんなよなぁ……」
「誰っ……って、わわっ!? おととっ!? ……って何だお兄さんか。ビックリさせないでよ~。もしかしてボクの歌聴いてたの?」
オレの何気ない呟きが聞こえてしまったのか、ジャスミンは驚き洗ってる最中のグラスでお手玉をすると、どうにかキャッチし破損を免れた。そして驚かせた張本人である覗き聴いていたオレに抗議の言葉を投げかけてきた。
「いきなり声かけちまって悪かったよ。……にしてもよく離れてんのにオレの声が聞こえたな?」
洗い場は厨房の左奥側の入り組んだところに設置されており、厨房入り口で呟いたオレの声が届くとは思いも寄らなかった。それにジャスミンは鼻歌を歌いながら、グラスを洗っていたのだ……。
「えっ? あ、ああ……ボク耳だけは昔っからヒトよりも良いからね♪ 遠くの音でも聞こえちゃうよ~♪ いわゆる『地獄耳』ってやつなんだよ~♪」
「ボクの近くで噂話とかしたら危ないよぉ~♪」っとジャスミンはニッコリっと笑いかけ、両手を頭の上に持っていき、ピョコピョコっと手を折り曲げウサギの耳の真似をしていた。
「ジャスミン……オマエってウサギだったのかよ」
オレはあざとくもカワイイ感じのジャスミンに対して『ウサギのレッテル』を貼り付けてしまう。
「そうそう♪ ぴょんぴょん♪ I'm rabbit(私はウサギです)だよね♪」
きっと『I love it(私は大好きです)』を聞き間違えやがったんだな。早口で言うとそう聞こえるもんね!
ジャスミンは兎耳クオリティの申し子になりつつ、泡だらけの手でウサギさんのようにぴょこぴょこ跳ねてる真似をしている。
「(いや、すっげぇカワイイんだけどね。でもジャスミンが跳ぶ真似するごとに泡がそこらに飛び散ってるのは言った方がいいよな?)」
オレはまだウサギのように跳ねているジャスミンに声をかけようとする。
「あのな、ジャスミン。泡が飛び散っ……」
「これジャスミンよ! お主な~にをウナギな真似をして遊んでおるのじゃ!! 早朝だと言うにせっかくこの妾が手伝おうておるのじゃぞ! しかも泡をそこらに撒き散らしおってからに!」
そこへ器用にも剣先に薪を乗せたサタナキアさんが現れ、ウサギの真似なのにウナギと誤解し、洗い物を再開するように苦言した。
「(どこに『ウナギ』の要素あんだよ? 文字が似てるだけじゃねぇかよ……まぁパッと見だと分からないけどさ)」
オレはルビ振り強調しつつも、口は挟まずにいた。
「わわわっ! ご、ゴメンねサタナキアさん! せっかく手伝ってもらってるのに……あっ、薪はそこに置いてて良いからね!」
そう言うとジャスミンは大急ぎでコップを手で洗っていた。
「えっ? スポンジも何も使わねぇでそのまま手で洗うのかよ、ジャスミン!」
道具も何も使わず手のみで洗い物をしているジャスミンに驚きを隠せない。
「ふぇ? お兄さん……『スポンジ』って何? ここら辺じゃ『手で洗う』のが一般的なんだよ。あとは汚れがヒドイ物は藁を使うくらいかなぁ~。あっ鍋とかに付いた頑固な汚れはは刃物で削ったりもするけどね!」
ジャスミンは何食わぬ顔でそう言った。
「そうなのか? でも素手だと手が荒れたりしないのか? 手袋とかは?」
ジャスミンは手袋もせず、素手で洗っているのだ。そのままでは手が荒れてしまうだろう。
「手袋? 革のヤツ? あれじゃ硬くて洗い物なんかできないよ~」
「いや、そうじゃなくてな……あっ!」
そう言って気付いてしまったのだ。そもそもこの時代には石油製品で作られるスポンジなんか無く、また同じく洗い物専用のビニールで出来た手袋自体があるわけがない。きっと洗剤だって『肌に優しい』なんてのもあるわけがない。
オレは口にして初めてそれに気付き、バツが悪そうな顔をしてしまう。
だが、そんなオレにお構いなしにジャスミンは明るく『うにゃ?』っと首を傾げ、『変なの……』っと洗い物をするのを再開していた。
「ほれ小僧もジャスミンの邪魔をするでないに! お主も暇なら薪割りでもして手伝うのじゃぞ!」
「っとと!? そんな背中押すなよ、サタナキアさん!!」
サタナキアさんは薪を床に置くと、オレがジャスミンの邪魔をしないように自分の仕事を手伝うようにと背中を押し、強引にも厨房から出るように命令してきた。
「ははは~っ。ゴメンねぇ~お兄さん! ボクこれが終わったら、みんなの朝食の準備しないといけないんだ。……もし話があるならそれからでもいいかな?」
「あっ、そっか。朝食の準備があるのか。それなら邪魔しちゃわりぃよな」
オレのせいで朝食にありつけないとか天音達が聞いたら、激怒するに違いない。オレは邪魔をしないよう、朝食が終わってからジャスミンに話を聞く事にした。
「ほれ! お主と違ってジャスミンも忙しいのじゃぞ!! 小僧も邪魔をせぬよう妾の手伝いでもせぬか!」
「わ、分かったって! だからあんまくっ付かないでよ!? マジで首筋に剣の冷たい部分が当たってこえぇんだよ!!」
オレは強制的にもサタナキアさんが言う薪割りとやらに駆り出されることとなった。
第182話へつづく