第179話 不気味に移り変わる月の表情……
「ほんとは静音さんがさ……この世界を作ったんでしょ?」
それは決して口にしてはいけない言葉だったのかもしれない。
「…………」
だが、静音さんは無言のままオレを見つめているだけだった。
オレはその沈黙に堪えかねて言葉を続けた。
「だ、だってさ、おかしいもん! 静音さんはあのとき確実に死んだはずだし、何よりオレ達の『仲間』なのに『倒すべき現魔王』だったり色んな役割を担ってるわけでしょ? 普通そんな『設定』はありえないよね? いくら『この世界の管理人』って立場・役割だったとしても……いや、管理人・管理者だったとすれば、尚の事こうして物語に干渉してくるのはおかしいんだよ。だからっ!!」
最後は叫ぶようにオレは、自分で考えうるだけの可能性を口にすると静音さんへとぶつけた。
「ワタシがこの世界を作った……ですか」
静音さんは顔色一つ変えず、オレの言葉を呟いていた。
それはまるで初めてその事実を耳にし、自分に言い聞かせるように自分へと問いかけていたのかもしれない。
「そう……じゃないのか?」
(合ってたよな? 少なくともオレの考えた結論は大きな間違いではないはずなんだ……)
オレはあれだけ自信たっぷりに静音さんへと言葉をぶつけたにも関わらず、彼女のその態度により、先程までの自信が揺らぎ動揺してしまう。
そんなオレの心情を無視するかのように、静音さんは信じられない言葉を口にした。
「……続けてもらえますか?」
「えっ!? つ、続けて……は、話を?」
オレからの問いかけに対して『肯定』か『否定』か、はたまた『沈黙』かいずれかの答えを彼女は取るだろうと予想していたオレには、さすがにその返しは予想外の出来事である。
「(ま、まさか『話続けろ』なんて言われるとは思いもしねぇよ。いや、逆に考えればオレの考えに対して『肯定』に近いのか? それとも……)」
それともオレの馬鹿なの考えを聞いて嘲笑いたいだけなのかもしれない。
だが不思議と静音さんの表情からは『面白い』とも『考えを馬鹿にしている』などの態度ではなく、むしろ『興味深い』っと言った感じにオレの話を聞きたいように見え、オレは言葉を続ける事で彼女の心理を探ることにした。
「そ、それにオレの正体も! あのとき魔女子さんはオレの正体は『もう一人の……者』って最後の言葉を残していた。『……者』なんて付く言葉、役柄はそれほど多くはないはずなんだ。特にこの世界がRPGの世界観をモチーフにしているならば……。それに『もう一人……』って事なら、既にこの世界に存在しているって事だろ?」
そうオレが自分なりの考えた考察を述べると静音さんはこんな言葉を口にした。
「勇者……賢者……そして……」
「そして、静音さんが担ってる管理人……つまり『管理者』だけだろ? 違うか?」
オレは静音さんが詰まらせた言葉を補足するように『管理者』を付け加え、更に言葉を続けた。
「オレと静音さんが同じ役割だから、オレを……オレを殺そうと、いやオレを殺し続けていたんじゃないのか? それも何度も、さ……」
『静音さんから直接殺された』っとオレ自身が記憶しているのは門番に殺された1回だけだったが、きっとそれ以上あるはずだと確信していた。
きっと彼女がその度にオレの記憶を削除ないし、上書き・封印したに違いない。
静音さんの言葉を待っていたオレに対し、静音さんは少し喜びの表情を見せるとこう口にした。
「アナタ様は面白いお考えをするのですね。ワタシがこの世界を創り、アナタ様の正体がワタシと同じ『管理人』とは、これはまた……ふふふっ」
っと両手を挙げひらひらとさせ、まるで今オレが言っていたことが狂言や嘘であるような振る舞い笑いをしていた。
「違う……って言うのか、静音さんは?」
嫌に余裕がある態度を取られ、オレの自信はすっかり無くなってしまっていたのだ。
そして畳み掛けるように静音さんはこんな事を言い出した。
「それではアナタ様。仮にアナタ様がワタシと同じ役割と仰るのならば、今のアナタ様の問いかけには矛盾が生じてしまいますよね?」
「……どんなだよ」
きっと静音さんはその矛盾を知っているにも関わらず、敢えてオレに答えさせようとそんな風に聞いてきたのだろう。
そんな彼女の態度に苛立ちを覚え、オレはぶっきら棒に続きを促すことしかできなかった。
「いえいえ。アナタ様も既に理解してらっしゃる事だとは思いますが、それならば何故ワタシは『毎回毎回アナタ様を殺して、復活させている』のですか? アナタ様が仰ったのは生存本能的に同じ役割のヒトを殺すのは理に適っていますが、それだとワタシの行動は矛盾していますよね? 違いますかね?」
「っ!?」
(やっぱその矛盾に気付いていやがるよなぁ。……いや、もしかしたらオレは静音さんからその矛盾に導くよう言葉巧みに誘導され、罠に嵌められたのか!?)
そもそもそれを静音さんに直接答えて欲しくて話を聞きに来たのに、逆にそのことで責められてるとは思いもしなかったのだ。
これは想定外、予定調和の外の話。オレにはこれを論破する情報を持ち合わせてはいなかったのだ。
「……」
(そもそも静音さんは何でオレを復活させてるんだ? おかしいよな? もしかして……まだ別の意図があるのかもしれない)
「おや、ダンマリになられたのですか? ふふふふっ」
まるで迷い人を嘲笑い、更により惑わせて二度と日の目を見させはしないと弄ぶ悪魔のような顔で静音さんは笑っている。
「……じゃあ、何で静音さんはオレを何度も殺して、復活させてるんだよ?」
オレは不貞腐れた子供のように、開き直りとも取れる言葉を静音さんへと投げかけた。
「アナタ様はそれをこのワタシに直接お聞きになると言うのですか!? あっはははは~っ!! いや、ほんとアナタ様は本当に楽しいお方なのですねぇ~♪」
オレの開き直りが偉く気に入ったのか、静音さんは天音のように高笑いをすると「こりゃまいったなぁ~♪」と額に右手を当て、そう言い放った。
「(うーん)」
オレはそんな静音さんの態度、笑いに不快感を更に覚えてしまい、少し顎を引き不機嫌な顔をして静音さんへとその視線を差し向けてしまう。
「どうやらご機嫌を損ねてしまったようですね。ふふっ……いいでしょう。素直なアナタ様に免じて特別にそれにお答えして差し上げますよ。ワタシがアナタ様を殺し、そして復活させている理由。それは……」
「(ごくり)」
オレはいよいよ核心へと迫るその言葉を固唾を呑んで待っていた。
そして徐に静音さんが口を開いたその瞬間、世界から色と音が消え去り彼女の感情無き言葉が世界を、そしてオレの耳を支配する。
「貴方に……いい加減気付いて欲しいから……かな?」
静音さんは表情無き表情、のっぺりとした顔と声でその言葉を口にした。
その口調は普段のものとは違い、言葉を繕うモノではなく彼女の奥底から出て来たように思えてしまった。
そして先程とは打って変わり、楽しげでも嘲笑う様でもなく、怖いほどに無垢または悲し気とも取れる表情をしている。
オレはそんな静音さんに対して得も言えぬ恐怖を覚え、どうにか視線を逸らそうと試みるのだが、まるで金縛りにあったように彼女から逸らすことができなかった。
「…………」
カタカタ、カタカタ。
じっと感情無き目で見られ、足が、手が、体全体が震えてしまう。
そしてそんな静音さんの顔を見ていると、何故だかこんなことを思ってしまったのだ。
オレの目の前にいる静音さんがまるで……『死人のようだ』っと。
一切瞬きせず、じっとオレを見つめている感情無き2つの目。
その目に見つめられるだけで、世界中のすべてが今ここに集まっている感覚へと錯覚してしまう。
「あ、あ゛、ああ゛……」
口は開けるが、言葉がまったく出てこない。
自らの感情も思考もすべてが支配され、『オレの目の前に静音さんがいる』ただそれだけの事しか考えられずにいた。
『体を動かす』とか『瞬きをする』とかそんな些細な感覚すらも超越し、呼吸をするどころか……いや、自分で呼吸をする『やり方』すらどうやるのか分からなくなっていた。
息が出来ず苦しいはずなのに、まったくそのような感覚はない。
いや、静音さんの許可なしには身動きどころか、呼吸1つできないように支配されているような感覚である。
そうしてどれ程の時間が経ったのか、静音さんはオレから視線を外すと下を向き、『ふっ』っと少し笑みを見せた。そしてその瞬間、すべての呪縛から解き放たれたように世界が動き出したように思える。
「あっ……ご、ごくりっ」
ずっと口を開けていたせいで喉が痛くなり、口を閉じて唾を飲み込むと酷く大きな飲み込む音と喉の痛みに襲われてしまう。だが、そんなことは大したことではない。
静音さんの呪縛から解放されると自らの力で瞬きが出来、口を動かせ、震える手足の感覚を得、自分が自分であるという当たり前の事を自覚できたのだ。
「(な、何なんだよ今のは……自分が自分で無くなる感覚に陥ったぞ。ごくりっ。ただ無垢な表情の静音さんに見つめられてただけだって言うのに……)」
その時間は永遠とも思えるほど長く感じていたが、実際はホンの数秒だったのかもしれない。
「ききき、気付くって……な、何をだよ」
オレは震える体を押さえつけ、ようやくその言葉を口に出来たのだった。
「…………」
だがオレのその問いかけには答えず静音さんはただ黙って、目の前にいるオレへと右手を突き出し、そして人差し指を一本指し示すとそのままゆっくりと夜空へと上げてゆく。
オレはそれに釣られて静音さんの指が指し示す夜空へと視線を向けると、そこには先程の青光りの満月ではなく……
血で真っ赤に染め上げられたような満月が顔を覗かせていた。
「いつの間に!?」そう思い、指し示していた静音さんへと視線を戻すと既にそこに静音さんの姿はなかったのだ。
オレは目の前で起こったことが信じられず、周囲を見回し彼女の名前を叫んでしまう。
「しず……」
「きゃはははははははっ」
オレの言葉を遮るようにいつまでも彼女の笑い声だけが、赤い夜空に響き渡るのだった……。
第180話へつづく