第178話 月に映える彼女の姿……
静音さんの後を追い駆けると、彼女は宿屋の玄関ドアから外へと出て行ってしまった。
「(一体静音さんはこんな夜にどこに行こうっていうんだ? 外に何かあるっていうのかよ……)」
静音さんがどこに行くか訳も分からず、オレはそんなことを思いながらも彼女の姿を見失わぬようその背中に続いて宿屋の外へと出て行く。
「…………」
静音さんはただ黙って宿屋の裏手にある、昼間行った井戸の方へと向かって歩いていた。
「し、静音さん! 一体どこ行くっていうのさ!!」
オレはそんな彼女に堪らず声をかけてしまった。
すると静音さんは唐突にもこんな言葉を口にした。
「アナタ様……今日は満月なのですよ」
「はっ? ま、満月???」
(何でいきなり月の話になるっていうんだよ? 月が関係あんのかよ?)
唐突にも月の話をされてしまい、オレは更に混乱してしまうのだった。
だが、そんなオレを尻目に静音さんは言葉を続けた。
「年頃の男女が月を見ながらにそれぞれの心の内を語らう……何だかロマンチックではありませんか?」
「ロマンチック……ね」
(それがもし『告白』とかだったら、そうだろうけどさ……オレ達は逆なことを語らおうとしてんだぜ。ロマンチックとかそうゆうレベルじゃねぇと思うけどなぁ~)
そんなオレの心の内を察したのか、静音さんはこんな言葉を口にする。
「ふふっ。確かに今のワタシと今のアナタ様とでは、とてもロマンチックな話にはなり得そうもありませんよね」
「うん……そうだね」
静音さんはそれを承知した上でオレを外へと、満月の光が燦燦と降り注ぐ宿屋の裏庭へと連れて来たのかも知れない。
良きも悪きにも何かが起こるシチュエーションとしては、抜群の演出といえる。
オレとしては告白とか良いシチュエーションを望みたいところなのだが、生憎とオレと静音さんを取り巻く環境下ではそんなことは望めないだろう。
普通の小説作品ならば、ここで静音さんが月の光でも浴びて魔王へと変身し『自らの正体を明かす!』ってのがテンプレートなんだろうけど、生憎とそれは既に何度も露呈済みなのだ。
「(あと考えられるのは、オレが物語の核心へと近づいているから誰にも見られないように殺す可能性だけか。でもそれなら……)」
そう、そんな回りくどい事をする必要はないのだ。
そんな都合良くもオレだけ一人部屋なのだから夜這いと称して夜中にオレの部屋を訪ね、殺せば良いだけの話。
だが、どうやら静音さんは本当に話をするためオレをここに連れて来たようだ。
静音さんは月がよく映える裏庭の中央へ来ると何を思ったか、立ち止まりクルリっとオレの方へ向き直した。
正面に居るオレから見ると静音さんの立ち居地はちょうど月の真下になっている。
それはまるで『月の使者』とも言うべきか、かぐや姫のように今の静音さんには似合った背景だった。
「ごくりっ」
そんな雰囲気に飲まれてか、オレは彼女とその大きな満月から目を離せずに言葉をかけられず、ただ息を呑んでしまうだけだった。
「(何なんだよこれは一体? 何かに魅入られるように静音さんとその後ろの月から目を離すことができねぇぞ。どうしちまったんだオレは?)」
「…………」
そんなオレをお構いなしに、未だ静音さんはただ黙ってオレを見つめている。
青光りの月に照らされた彼女のその姿はとても綺麗だったが、同時に空虚(=心が・感情がない)でもあるように思えてしまう。
その姿を見ているだけで「彼女がかぐや姫のように月へと帰ってしまうのではないか……」そんな錯覚を起こしてしまうのだった。
「……アナタ様」
「は、はい! ……あ、いや、何さ静音さん?」
いきなり名前を呼ばれたオレはそのまま返事をし、そして自分が彼女の姿に見惚れ一瞬意識が飛んでいたことに気付くとすぐに持ち直した。
「くくくっ。ここに来て尚……アナタ様は相変わらずなのですね」
そんなオレの態度が可笑しかったのか、彼女に笑われてしまった。いや、呆れられただけか?
「わ、笑うなよ静音さん! ……ったく。ふっ」
「おやおや、これは失礼いたしました。お気に触りましたか? ふふっ」
何だかそんなやり取りが可笑しくなり、オレ達は互いに少し笑ってしまう。
いつまでもこんな時間が続けば良い……そう思ってはいたが、終焉とはいつも突然にやってくるものなのだ。
「アナタ様……ワタシにお話があるのですよね?」
静音さんは何もかも悟りきった表情をしてオレの言葉を待っていた。きっと彼女はオレが口にする言葉を既に知っているのかもしれない。
「ああ……そうだよ」
ここで強引にでも別の話題にすることもできたが、オレが口にした言葉とは……
「ほんとは静音さんがさ……この世界を作ったんでしょ?」
その瞬間、オレは決して口にしてはいけない言葉を口にしたのかもしれない。
物語はいよいよ核心へと迫りゆく……第179話へとつづく