第174話 違和感に次ぐ違和感
「それじゃあ妾はこれで上がるからのぉ。先に部屋に戻って床を温めておいてやるからのぉ~♪」
サタナキアさんはそう告げると、さっさと風呂から上がって脱衣所へと行ってしまった。
「ああ、ありがとう。何だかわりぃな……って温める?」
(あ~、サタナキアさん今夜もオレのベット占領する気満々だよねぇ~。だってもう言動が伴侶のアレだしさぁ~)
もはやサタナキアさんと褥をする事がオレの日課となりつつあったが、今はこの風呂タイムを楽しむことに集中する。
そして暫らくゆっくりと湯に浸かりながらサタナキアさんに言われたヒントについて考え、オレは過去の自分の言動を振り返ってはみたが何も得られるモノはなかった。
「う~ん。結局何も分からなかった……やっぱ静音さんと話をするってのしか思いつかなかったわけか」
オレは湯から上がり脱衣所で衣服を身に着けながら、これからどうするべきを考えていた。サタナキアさんから得られた情報と言えば、魔女子さんの名前が『リン』だったという事とオレの言動すべてに『ヒント』が隠されているって情報だけだった。
「(うん! とりあえずは静音さんの部屋に行ってみようかな。それが確実だし、オレの正体についても知ってるとはずだしな!)」
オレはこれから直接静音さんの部屋を訪ねるつもりだった。仮に煙に巻かれようとも何かしらの情報が得られるに違いないと考え脱衣所を後にした。
「おっ! ようやくジズさんも戻ってきたんだな」
廊下に出ると先程までは建物全体が暗闇に包まれ真っ暗であったが、今は壁際のロウソク立てに火が灯されており明るくなっていた。
「(まぁもう夜も遅いみたいだから全部に灯りを点けてるってわけじゃないみたいだけどね)」
よくよく壁際のロウソクを見れば、間隔を空けて火が灯されていたのだ。
きっと廊下を歩くのに必要最低限だけに火を点けて燃料を節約しているのだろう。
「おや、兄さんお風呂に入りはったんでっか? すんまへんでしたなぁ~、中真っ暗でしたやろ? 大丈夫やったん?」
「うん。今上がったところ。いや、ジズさんから手持ちのロウソク立てを受け取ってたから平気だったよ。でもまぁ……ちと怖かったけどね」
オレはジズさんの何気ない言葉の気遣いが嬉しくなり、そう笑いながら答えると変な臭いが漂ってきていた。
ジリィィィィッ。
「うっ! こ、これって……。ねぇジズさん、このニオイってロウソクから臭ってるのかな?」
オレは悪臭に思わず鼻を摘まんでしまった。
前はニオイなんて感じなかったのに、今は何故だかはっきりとその臭いが漂っているのが分かった。
「へっ? ああ、このニオイでしたか? そないですわ。ここら一体じゃ動物や魔物を狩った際に『肉』と『骨』と『皮』と『脂』に仕分けしますのんや。『肉』はもちろん食用でそのまま焼いて食べますわな。また『干し肉』に加工すれば長期間保存が可能で旅先にも持って行けますのんや。『皮』は兄さんが今してるベルトやらバックやらの装飾品に、『毛皮』がある場合は衣類などの防寒具に加工。『骨』もナイフや槍・弓矢の矢尻などの武器に変わります。そして『脂』はこうして火を灯す燃料に使ってますのんや」
「へぇ~じゃあ狩った動物や魔物の全部を余すことなく理由できているんだね! あっ脂だからこんな獣のニオイがするんだね。でもそれって……」
「ええそうですわ。ロウソクは高いでっしゃろ? だから廊下なんかは大体こうした脂なんかを使いますぅ。ま、旅先でも薪に火を点け易くするのに使ったり、あとは体に直接塗ったりもしますわな」
「えぇっ!? か、体に塗るの? ……この脂を???」
これまでファンタジー系のゲームをプレイしたり小説をいくつも読んでいたが、体に動物や魔物の脂を塗るというのは初めて耳にする事柄で驚いてしまう。
「おや、知りませんでしたん? 旅先では眠るだけでも夜風にさらされて体力が奪われますやろ? そんな場合は体にこの脂を塗って防寒対策として利用することもしますんや! ま、ホンマは『馬の脂』か『アザラシの脂』が保温としては最高なんですが。贅沢は言えまへんからなぁ~」
「へぇぇぇ~っ!! 馬やアザラシの脂が保温には最高なんだ! ……それはマジで知らないことだったよ!! あれ? でも外で野宿するときって『焚き火』をしたり、『酒』を飲んだりして暖をとったりするんだよね?」
オレが言った『焚き火』『酒を飲む』などはRPG物やファンタジー物では定番中の定番の暖の取り方だった。
だが、脂を塗って暖をとる方法は知らなかったので思わず感心しまった。
「えぇ、まぁ……もちろん『焚き火』や『酒』を飲んでも体は暖まりますけど、それはそこが安全な場所の場合でっしゃろ? 旅先では日常では考えられない事が常に起きます。真夜中にいきなり魔物の群れに襲われ戦闘になったり、逃げ惑ったり、また例え夜でも距離を稼ぐために歩いたりもしますわな? そのために直接体に脂を塗っておくと便利でっしゃろ?」
「ああ、確かにそうゆう場合もあるにはあるのか。そっかそっか。移動の際の防寒対策に活用もできるのか……ほんと動物や魔物の『脂』って便利アイテムなんだね!」
ジズさんから話を聞けば聞くほどに納得できてしまうのだった。
ほんと限りある資源をすべて有効活用していると驚き、そしてその発想工夫や活用法には感心してしまう他ない。まさに『骨の髄まで』とはこの事を指す言葉なのかもしれない。
「ま、その分慣れてない兄さんのような方にはニオイがキツうおますかもしれへんけど、時期になれると思いますわ」
「みんなは平気なんだ……そうなのか……」
そこでオレは一つの疑問が湧いてしまった。
それは……昨日も泊まったはずなのに、何故「今日に限ってそのニオイに違和感を感じてしまったか?」についてだ。
ジズさんの話ならば、昨日も同じく灯りを灯すため『脂』を使っていたはずなのだ。それならば昨日風呂上りに、この廊下を通ったはずなのにニオイに気付かないはずがない。
でも昨日は気にも留めなかった……変だよな? 逆だったらなら強引にでも『慣れ』っという事で済まされるが、そうではないのだ。
「(もしかして間違ってるかもしれないけれども……これがサタナキアさんが言っていた『ヒント』ってヤツなのかもしれないな。きっとこれまでもこんな『矛盾』そして『違和感』は幾度となくあったはずなのだ。だが、オレもまた読者もそれに未だ気付いていないだけで……)」
考えれば考えるほど違和感は積もる一方だった。1つ気付けば更にもう1つ2つの違和感が次々と顔を見せる。
「「(ほんと良く出来た物語だよ。これ作者の野郎プロットなしで書いたって本当なのか? 完全に馬鹿野郎だよな……)」
オレは作者にそんな苦言を示しながら、とりあえずは物語を進めることにした。
第175話へつづく