第173話 とにかく今は前に進むしか道はない!
「ふん。図星じゃろうに……故に妾は『半分』と言うたのじゃぞ」
「ああ……本当に聞きたいのは、オレの正体についてなんだ。オレは自分の事だってのに名前すら忘れてしまってるし、何よりあのとき魔女子さんが死に際に言った『もう一人の……者』って言葉が気になってる」
オレは心の内を、そして不安を取り除いて欲しいのか、サタナキアさんにそんなことを言ってしまった。
「……そうか。アヤツめ、そんなことを最後に言い残したのじゃったな。小僧、妾はその答え……お主の正体は知らぬのだ」
「えっ!? でもっ!!」
オレはサタナキアさんのその返答に驚いてしまい湯から勢いよく立ち上がってしまう。
「こ、小僧っ!! 前っ! 前を隠すのじゃ馬鹿者がっ!!」
「わ、わりぃ……」
バッシャン!
オレは勢いのあまり、生まれたままの姿をサタナキアさんに見せ付けてしまった。そしてその恥ずかしさを誤魔化すように口元近くまで湯に沈みこんでしまう。
「まったく。お主に露出狂の性癖でもあるのかと思うたぞ」
「ぶくぶく……ごめんってば。でもほんとにサタナキアさんはオレの正体……知らないのか?」
サタナキアさんの苦言をなんとか宥めつつ、先程の話へと戻すことにした。
「前にも言うたが、妾は嘘が付けん。じゃが、それは妾が知る範囲内での話なのじゃ。じゃからのぉ~お主の正体を知らぬ妾には『知らぬ』としか答えられんわけなのじゃよ」
「すまんな小僧……」っとサタナキアさんは質問をしたオレに謝ってくれた。
口ぶりと謝罪からきっと彼女は嘘を付いてはいないと思う。
「サタナキアさんにも知らないことがあるのかぁ~」
オレはどうしてよいのやらと考えあぐね「ふぅ~」っと溜息をつきながら足を伸ばし、手を網目状に組み返しながら首を回して体全体をほぐす。
「(やっぱり静音さんと直接話をしないとダメなのか)」
「…………」
そんなオレが不憫に思ったのか、サタナキアさんはこんな事を口にした。
「ふむ。先程妾は知らぬとはいうたがのぉ~、だがお主の正体について……おおよその見当は着いておるのじゃぞ」
「ほ、ほんとかよ!? 不確かな情報でも何でもいいから教えてくれ!!」
今度は取り乱したりせず、サタナキアさんに詰め寄った。
「じゃがのぉ~。それはお主自身が気付かないと……いや、思い出さないとダメだと妾は思うのじゃよ」
「オレ自身が……思い出す……」
「お主、先程は自分の名前すら知らないと言うっとたがのぉ。普通そんなことはありえるのかえ? 何かしらの要因によって忘れていると妾は思ったのじゃ。もちろん静音、アヤツに記憶を封じられておるとも随分前に妾は言うたがのぉ~。どうも違うのでは? っと最近感じているのじゃよ」
「それってオレ自身が記憶を封印しているってことなのか?」
オレに心当たりはなく、堪らずサタナキアさんに質問続ける。
「ふむ。その可能性もありえない話ではないな。ま、時が来れば嫌でもそれが分かるであろうに。今は別のことをすべきではないのかえ?」
「そっか。分からないことを自分の中だけで考えていても答えには辿り着けないよな? 別の要因で……ってことか」
(やっぱり静音さんに直接話を聞くのが一番手っ取り早いって話だな!)
「そうなのじゃ! 今のお主が出来ることは前に進むことしかない!! そうすることで自ずとその答えとやらに辿り着くことができるはずなのじゃぞ! ……では妾はもう上がるからのぉ。長湯をしすぎたわい」
サタナキアさんはそう言うと「ファ~ン♪ ファ~ン♪」っと浮遊音を奏でながら湯船から浮かび上がってしまう。
「とにかく前に進め……か。サタナキアさんありがとう」
オレは脱衣所に向かい浮かび漂っているサタナキアさんに対して感謝の言葉を述べた。
「おおっ! そうじゃったそうじゃった。小僧にヒントをやるのを忘れておったわ」
サタナキアさんはムーンウォークのように振り向かずそのまま後退して来ながらそう言ってきた。
「ヒント? オレの正体についてのか?」
(サタナキアさん随分優しい……ってか、2回も混浴までしてサービス精神旺盛だよな)
心の中でそう思ってしまったが、口を挟むと過去の経験上絶対ロクなことにはならないので、黙ってそのヒントとやらを聞くことにする。
「そうじゃ。お主の正体は……その言動にすべて隠されておるのじゃ。きっとお主自身も言葉を口にしながらも、疑問に思ったことが何度かあるはずじゃぞ。それを理解すればおのずと自分の正体を知ることができるはずじゃ。リンの時もそれが出来ておれば、アヤツを救えたかもしれたのが心残りじゃったなぁ」
「リン???」
(誰だそれ? 初めて聞く名だぞ)
オレは聞きなれない名前に眉を顰め少しだけ首を傾げてしまう。
「うん? リンを知らぬのか? ほれ、モブキャラのリンじゃぞ。お主が『魔女子さん』とか呼んでたアヤツの名なのじゃ。もうこの世界にはおらぬが名前くらいお主が覚えておくがよい。それがアヤツがここに存在していたという証にもなるじゃろうし」
「魔女子さんってそんな名前だったのか! リン……ね。どんな字書くんだろう……」
(思えば彼女も不憫だったよな。どんな理由があったのか知らないけど、静音さんのせいでメインヒロインから降格された挙句モブキャラになって敵役になっちまったんだから。しかもこの世界に来てもメインにはなれず、誰にも名前を知られないままあの弓使いにあっさりと殺されちまったしなぁ。もし現実世界に戻れたら、もう1度だけ彼女と逢ってみたいな。その時は互いにここでの事を覚えてるか分からないけれども……)
オレはそれでも彼女の名前『リン』という名だけは、しっかりと覚えておこうと胸に刻むことにした。
第174話へつづく