第172話 混浴風呂での相談会
「随分前だが、サタナキアさんが言ってたよな……『静音さんはこの世界の管理人で……住人の記憶を削除している』って。……ならさ、逆だって可能なんじゃないか? だって農夫のおっさんも記憶を書き換えられたんだよな?」
オレが思いついたこと、それは……住人達いや、この世界にいるオレ以外の『記憶の改竄』つまり『記憶の上書き』を静音さんがしていると考えたのだ。
そうだとすると住人だけでなく、天音達とオレとの記憶の齟齬の理由も納得できるのだ。
オレは魔王を斬り倒してなどはいなかった。だが天音に葵ちゃん、それともきゅ子は「オレが魔王を斬り倒した」と一様に同じ事を言ってた。これは明らかに記憶を操作した形跡だと考えられる。
問題はそれを誰がやったのかと言うことなのだが、それは……この世界の管理人である静音さんに他ならない。
「だとすると……オレの正体も静音さんと『同じ』ってことになるのか? オレもこの世界の管理人なのか? だから現実世界からオレだけが記憶を引き継ぎ、そして魔王を倒した際の記憶も維持できてるって事なのか? だったら静音さんがオレを殺そうとする理由も……っ!?」
オレと静音さんとが同じ役柄……特に物語の根幹を担う『管理者』ならば、同じ役柄のヤツを排除しようとするのも頷ける。
そうでないと逆に自分が排除される可能性が出てきてしまうからだ。
「それが静音さんがオレを殺そうとしている理由なのか? むむむっ。だったらオレを毎回生き返らせてくれた女性は誰だ? あれも女神様のような女の人の声だったし、静音さんなのか? あのヒト僧侶様で天音や葵ちゃんが死んだ時にも(撲殺しながらも)生き返らせてくれたし……」
疑問が更なる疑問を、そして矛盾がまた矛盾を生んでしまい結局は堂々巡りとなっていた。
「うーんっ!! 全然分かんねえよっ!! ……とりあえず風呂でも入るか」
オレは宿屋の露天風呂で疲れを癒しながらそれについてじっくりと考えることにした。
「さすがにまだ誰もいねぇ……か」
廊下にすら灯りが点っていないのだから、風呂に誰もいないのは当たり前といえば当たり前である。
「(暗闇の中風呂に入るなんて酔狂人はオレくらいなものだろう。それにジズさんを始め天音達もまだ宴で騒いでいるだろうしなぁ~)」
運がよければ静音さんがいると思ったのだが、生憎と脱衣所のカゴには衣類は一つもなかったのだ。
ガラガラガラ……。
「ジズさんが言ってたとおり、風呂には入れるみた……」
「ふぅ~。極楽なのじゃ~♪」
……ピシャリッ。
オレはその光景を再び目にしてしまい、セリフ途中にも関わらず思わず脱衣所のドアを閉じてしまう。
「…………」
(な、何かいたよね? オレのみ間違いとかじゃないのかなぁ~。はははっ……何でまた風呂場に居やがるんだよ)
露天風呂には何故だか、またサタナキアさんが入浴をお楽しみの真っ最中のご様子。
「お~い小僧ぉ~♪ 何で妾の姿を見た瞬間ドアを閉じたのじゃ? まさか今更裸の付き合いをするのが恥ずかしくなったのかぇ~? さっさとこっちに来るのじゃ~♪」
「(オレ様ってば、すっげぇ混浴に誘われてるね。何もう終盤になってからモテ期にでも突入したのか? ならば……せめて人間でお願いしたかったぜ!!)」
……とは言ったものの、さすがに裸のままでは風邪を引いてしまう。そう判断したオレは再びサタナキアさんと混浴することを今ここに決意した!
ガラガラガラ……。
「おーようやく来おったな! そこは風が当たって寒いであろうに? ささっ早く湯の中へと入るがよいわ」
「……そうだな。じゃ、遠慮なく……」
バシャッバシャッ。
ドアを開けるとサタナキアさんに湯へと誘われ、オレは断わりを入れつつも手桶に湯を汲みそして簡単に体を洗い、そして隣へと座った。
「ふぅ~。良い湯だなぁ~♪ こんな温かな湯に浸かっていると悩みなんか吹っ飛んじまうわぁ~」
「そうであろう。そうであろうに」
オレの呟きに対して隣に居るサタナキアさんも賛同しながらに、湯にぷかりぷかりと漂っていた。
「……いや、ちげぇし。悩み吹き飛ばしたら、ここ最近推理風味をウリにしているオレのイメージ総崩れしちまうだろうがっ! サタナキアさんは……最初から知ってたのかよ?」
「……何をじゃ?」
サタナキアさんはあくまでもシラを切るように質問を質問で返してきた。
「こうなることを……だよ。だから前にあんな事を語って事前にオレへと警告してくれてたんじゃないのか? そうじゃないと辻褄が合わねぇんだよ」
(サタナキアさんは『静音さんを信用するな』と言っていた。そして『住人達の記憶を消したりしてる』とも……。だが、何の為に静音さんはそんなことをしてるんだ?)
オレはここにサタナキアさんが居た事は何かの啓示かもしれないと、質問を続ける。
「静音さんは確かにあの時死んだはずだ。それがオレの認識だ。だが、ああして生きてオレの前に姿を現した。そして天音達は『静音さんは最初から宿屋に残っていた』っと認識し、みんな口を揃えて同じ事を言っていた。これは誰かが記憶を改竄・上書きした証拠じゃないのか? サタナキアさん……違うか?」
サタナキアさんはその存在意義の性質上嘘をつけない。それは以前の出来事で証明済みの事柄である。そうでなければ自己の存在を否定してしまい、この物語自体に矛盾が生じてしまうだろう。
オレは卑怯にも自分の考えをサタナキアさんに質問することで『その答え』を簡単に得ようとしていたのだ。
「(サタナキアさんに質問して答えを聞いちまうのが卑怯だってのはオレだって重々承知してるさ! だが、オレは自分自身で体験した何かを見逃しちまってるはずなんだ。そうじゃないとこの世界に来てから静音さんが始めに言っていた『魔王を倒したら、元の世界に戻れる』ってのがまだ現実に起こってないのはおかしい。オレが元の世界に戻れていないのが良い証拠だろう)」
オレは部屋でいくつか考えをまとめていたが、その結論にも辿り着いていた。そう、本来なら魔王を倒したら現実世界へと戻れるはずなのだ!!
なのに……未だオレはこの世界に留まっていて、こうして宿屋の風呂に浸かっている。つまり魔王はまだ……。
「…………」
「…………」
ぷかりぷかり♪
サタナキアさんは何も答えずただ湯に浮かび漂っているだけ。
「(もしかして違ったのか? でも合ってるよな? 少なくとも間違いではないはずなんだ!)」
自分自身に確信めいたモノを信じ、サタナキアさんが言葉を口にするのを待っていた。そうして少し間を置きサタナキアさんが返答する。
「……ま、小僧の推理は半分は合っているじゃろう。だが、逆を言えばここに来てなお半分しか解けていないとも取れるのぉ~」
「は、半分!? 他にもあるっていうのかよ……」
オレには思い当たる節があり、サタナキアさんのその返答に戸惑いを見せてしまう。
「小僧お主……本当は肝心なことを妾に聞きたいのと違うかえ?」
「…………」
オレはサタナキアさんに心のすべてを見抜かれた感覚に陥り、口を噤んでしまう。
第173話へつづく