第171話 もう一人の……
あれから歓迎の宴は続き住人達の輪に戻り必死に静音さんの居所を探したのだが、どこにも彼女の姿は見えなかった。
「ガッハハハハハッ。ほ~ら、もっと飲め飲め♪」
もう日が傾き、夜も深まりつつあると言うのに未だ住人達は宴を続けていた。まぁその気持ちが分からないでもない。
この世界の住人達は「いつ魔王軍に街を襲われるのか!?」との恐怖に怯えていた。あのジャスミンやアリッサでさえもそれは同じであったのだ。
明日をも知れぬ日々の恐怖から解放され、浮かれてしまっているのだろう。
何せこの世界は……この街しか存在していないのだから。他の街や村はすべて魔王軍によって滅ぼされてしまったっとこの世界に来て始めに静音さんから説明されたことを今思い出した。
「さて……そろそろ部屋に戻るか」
オレは未だ続く宴に嫌気が差し、さっさと宿屋の割り当てられた自分の部屋で休むことにした。
宴の際、ジズさんに「今日も宿屋に泊めてもらう」っと先に断わりを入れてあったので、勝手に入っても怒られることはないだろう。
本来なら静音さんを探すべきなのだろうが、天音や住人、そこにいる誰に聞いてもその居場所を知る者がいなかったのだ。
オレは静音さんを探すのを諦めて、得た情報を整理し状況を再確認する時間に割り当てることにしたのだ。
どうせ静音さんならそのうち、姿を見せるという確信があったのも理由の1つだ。それまでに自分の考えをまとめる必要がある。
カチャリ……キィーッ。
「ほんと暗いなぁ~」
誰も居ぬ宿屋の中へと入っていく。中に誰も居ないせいか、灯り一つない真っ暗の世界である。
一応宿屋に戻る際ジズさんから「あっ、そやそや兄さん。これ使いや。宿屋の中は真っ暗さかいな!」っと、薄い金属で作られたスプーンのような手で持つロウソク立てを受け取っていたから、今このとき役に立っている。
タン、タン、タン♪
木で出来た階段を上る景気のよいオレの足音だけが、宿屋の中を響いていた。
「…………」
(怖っ!? 中に誰もいないのもすっげぇ怖いけど、中に灯り一つ無くて真っ暗で、しかもオレの手元だけが明るいとか……どんなホラーゲームよりも怖すぎるわ!)
普段のオレなら「こんなの怖くねぇよ」っと強がりを言ってしまうのだが、この世界の雰囲気がより怖さを助長させていたのだ。
魔法や亜人・魔王が存在している世界ならば、幽霊とかが存在していても何ら不思議ではない。むしろ悪霊とか召喚する召喚師もいるかもしれないしな。
ギィィィッ。
「うっへぇ~、当然、部屋の中だって真っ暗だよなぁ~」
廊下ですらロウソクが灯っていないのだから当たり前ではあったが、部屋の中は暗く昨夜のように誰かが気を利かせてロウソクを灯してくれていることもなかった。
「……とりあえず、テーブルのにもこの火を移すとするか」
右手に持っていたロウソク立てを傾け、テーブルにあったロウソクへと火を移す。
ジィィィィッ。
「うん! これで少しはマシになるよな」
ロウソクの灯り程度ではとても部屋全体を照らすことはできないが、暗闇の中に一筋の光があることで何だか安心できてしまう。
これは現実世界にある電気の類とは違い、温かみがある明るさに思える。
「こうしてロウソクを使ってると現実の世界で部屋を照らす電灯とは違い、何だか趣というか雰囲気が出てくるよな」
静かな部屋で一人ベットに腰掛けていると何だか色々な考えが浮かんできてしまった。
『静音さんのこと』『オレとオレ以外の記憶の齟齬』『魔女子さんを殺した弓使い』『この世界について』『そして……』
「そして最後に……オレの正体についてだ。魔女子さんはあのとき『もう一人の……者』だと言っていた。もう一人……っということはこの世界にオレと同じ、もしくは役柄のヤツがいるってことだよな? そして『……者』っと付くヤツ。も、もしかしてそれって……」
オレはあらゆる可能性について考え、これまで逢って来た人々を思い出す。その中で『……者』と付く役柄はそれほど多くの人数はいなかったのだ。
「オレの正体はもしかして……天音と同じ『勇者』なのか? それなら『もう一人の……』と魔女子さんに言われた辻褄が合うな。いや、……もう一人だけ『者』っと付く重要な役柄の人物がいたな。それは……静音さんだ!」
彼女は僧侶様でもあったが、色々な役割を担っていた。その中で1番重要な……この世界の管理人。つまり『管理者』なのだ。
もちろん魔王を倒す上では『勇者』の方が役割として合ってはいるが、それより上の事柄……つまり魔王が死んでからの重要なシーンでは、静音さんが兼任している『管理者』の方がしっくりくる。
「そっか。静音さんはこの世界の管理人、つまり管理者なんだよな? それならこの世界だって自分の自由にでき……っ!? そ、そうか……そうゆうことだったのかよ!!」
オレはようやく事の真相を理解することができた。きっかけは……随分前にサタナキアさんに言われたことだった。
第172話へつづく