第170話 疑念
「(あれは夢だったのか? ……いいや、違う!! 確かにあのとき静音さんは死んだはずなんだ。それはオレの手に残るあのときの感触と血が証明してくれているしな……)」
オレはそっと自分の服や手に着いた静音さんと魔女子さんの未だ残る血の痕を見て、そうなんだっと改めて確信した。
「(なら……これはどうゆうことなんだ?)」
そしてそっと天音達の方を見つめてしまう。
「なんだ葵! まさかオマエ一人で豚肉を独り占めする気ではないだろうな!! (もぐもぐ)」
「そ、そんなことありませんわよお姉様! ……(モグモグ)」
「きゅ~♪」
深刻そうなオレとは裏腹に、天音達は魔王城の真ん前だというのに住人から差し出された骨付きの肉や野菜と肉が鉄串に刺さったバーベキューを食べていたのだ。
「……な、なあ天音! 魔王はオレが倒したんだよな? それとも天音か?」
オレは更なる確信を得るため、天音へとそんな質問をしてみた。
「んっ? なんだキミはもうボケてしまったのか? いや、それとも自分がその腰にある剣で魔王を斬り伏せ倒したことが、まだ信じられないで呆けているのか? まったく、キミは困ったヤツだなぁ~。ははははっ」
「オレが……この剣で……倒した……だって?」
天音の今の言葉を噛み締めるように、ゆっくりと天音の言葉を繰り返し腰に携えてある剣を見つめてしまう。
「(オレはそんなことはしていない。……そもそも、この剣はアリッサの店で購入する際に抜いただけで、魔王と対峙したときだって武器を、この剣を手にはしなかったはずなんだ!)」
オレは改めてそのときの事を質問してみた。
「天音はそのとき……オレが魔王を切ったところを目撃したんだよな?」
「ああ、当たり前だろ! ……まぁ尤も私も葵も始めに、魔王の1撃を受けて立ち上がれないほどのダメージを負ってしまっただろ? それはキミだって見ていたじゃないか。そしてキミは私達をかばうように前に立って、魔王と対峙し勝ったのだぞ! あのときはかっこよかったなぁ~♪ 惚れなおすとはまさにあのときのキミを言うのだな♪ なぁ葵♪」
天音は話しながらに興奮して、隣で鶏肉を食べていた葵ちゃんともきゅ子にそう話を振った。
「ええ、そうでしたわよ♪ お兄様がワタクシ達をかばい立ち、魔王を倒したんですのよ♪ ね、もきゅ子?」
「もきゅもきゅ♪」
葵ちゃんも天音とまったく同じを言い、もきゅ子までそのときのオレが魔王を斬る動作を剣なしで真似る素振りを見せていた。
「(ナニイッテヤガルンダ……コイツラハ?)」
その瞬間オレは見るものすべての色が消え失せてしまった感覚に陥る。
「うん? 大丈夫なのかキミ? 顔色が随分悪いようだが……」
「本当ですわね! お兄様どこかお加減が悪いんですの? 顔中汗でびっしょり濡れていますわよ」
「もきゅ~?」
「えっ? あ、ああ……大丈夫。大丈夫だ……ちょっと風に当たってくるわ」
心配する天音達を他所にオレはそう断りを入れると、住人達が魔王城の真ん前で宴を繰り広げられている場所から少し離れた人気のない木陰へと歩みだした。
「ふぅ~。ここなら一人で考えられるな」
離れた木陰と言っても「ガヤガヤ、ガヤガヤ」っと、少なからず歓喜に湧く住人達の声が聞こえてくるが、先程よりはマシだろう。
「(そんなことはない。そんな事実はなかっただろ天音……葵ちゃん、もきゅ子? 確かに魔王と対峙するまでは合ってるけど、オレは魔王を斬ってはいないんだよ……。これは一体どうゆうことなんだ? 何でオレとオレ以外の人間の記憶が違うんだ? オレの方がおかしいのかよ?)」
オレは天音達に詳しい話を聞いたことで、より混乱してしまっていたのだ。
『誰も信用してはいけないわ……』
「えっ!? だ、誰だっ!! 誰かいるのか!?」
ふいに声をかけられオレは周りを見渡しが、近くには誰も居なかった。
『アナタの本当の敵は近くにいるわ。それも善人ヅラして笑いながらね……』
「オレの……本当の敵が……近くに……善人ヅラして笑いながら……か」
それは死に際の魔女子さんが残した忠告だったのだ。それが耳に、そして頭の中に何度も響き渡り木霊していたのだ。オレは魔女子さんが残したその忠告をゆっくりと噛み締めるように言葉で繰り返し、顔を上げた。
「あはははは~っ。そうさ私達があの魔王を倒したのだぞ! もっと褒めるがいいさ!!」
「ふふふふっ。ええ、ええ。ピンチの時お兄様が助けてくださいましたの♪」
「もきゅもきゅ♪」
オレの中まである天音、葵ちゃん、もきゅ子も楽しそうに笑っていた。
「(……アイツらじゃないよな? でも……)」
オレは確信が持てず、その隣へと目を向ける。
「へぇ~そうだったんだぁ~。ふふっお兄さんも見かけに寄らずなかなかやるよね♪ ね! アリッサ」
「そうさね。見た目は華奢なのにやる時にゃやるもんさ! ははっ。こりゃ~酒場で酒でもおごらなきゃいけないね♪」
「ワテも秘蔵の『竜殺し』の酒を出しますさかい! みんなで飲もうやないですか♪」
ジャスミンもアリッサもジズさんまで笑顔で宴を楽しんでいた。
「(コイツらでもないよな? みんなオレ達を助けてくれたし……)」
そう思いながら、今度は住民達へと目を向けた。
「よぉ~し、ここはオラが酒ばおごってやるんぞ! ま、今は手持ちがねぇからツケだけんどな。クマBおめえも飲むだろ?」
「ケタケタケタ……ゴクゴクゴク。ぷっは~っ♪」
「クマB! てめぇ樽ごと飲みやがって、オラを破産させる気じゃねぇべな!?」
「(ひょい)ハチミツの巣」
「んなのオラに渡されても困るべさ! ……って、中から『殺人毒蜂』が出てきたんど!? わわっ逃げんべ!」
「…………」
(……ないな。だってデッカイ蜂に襲われて、上のステータス部分が毒表示されてやがるもん。あれではラスボスとしてのオチにもならないだろうし)
それから他の住人達を観察したのだったが、結局オレの周りにいる人達は仲間も住人も含めみんな笑顔な人ばかりだった。
「(みんな怪しいと言えば怪しいし、怪しくないと思えば怪しくない……こりゃ疑い出したらキリがないぞ!)」
オレは考えるフリをしながら、顎に手を当て探偵のように格好良く考える素振りを真似てみたのだが、生憎と何も良い考えは降りてくるはずもなかった。
「オレの近くにいて……善人ヅラしてて笑っている」
そこでオレは、ふと静音さんの「ニヤソ♪」っと笑ってる姿を思い出してしまった。
「うん。もちろん静音さんは関係しているだろうな! でもあの人全然、善人ヅラしてねぇじゃねぇかよ。むしろ悪人……いや、悪魔の微笑みって感じがするわ!!」
オレは失礼ながらも静音さんを善人認定することが出来ずにいた。
「んっ? あ、あれ!? その静音さんは……どこ行った?」
(さっきまで鶏肉咥えてたはずなのに……)
ふとそこで彼女の事を思い出し、その姿を宴が催されている中から探すが人が多くよく分からなかった。
正直誰が一番怪しいと問われれば、それは……静音さんなのだ。
今疑念の中心人物は彼女だし、オレとオレ以外の人間の認識の違いも彼女が要因だと考えられる。
だから彼女に詳しい話を聞くのが手っ取り早いのだが、生憎とその姿が見当たらなかったのだ。
第171話へつづく