第166話 歪(ひず)み
「ほ、本当のメインヒロインだって!? この物語のメインヒロインは天音のはずじゃあ……」
これまでにも、静音さん・サタナキアさんなど自称メインヒロインはたくさんいたが、それはあくまで『自称』なのだ。……なのに、この女が本当の『メインヒロイン』だなんて……そんなことありえるのか?
「……アナタ……ま。彼女は……きっ……と……元メイン……ヒロインな……のです」
「元……メインヒロイン?」
(他にもメインヒロインがいたっていうのか? ……この物語に!?)
「へぇ~、アンタはちゃんと私のこと覚えてるんだぁ。そっかそっか。……読者なんか私の事なんかちっ~とも、覚えてないってのにね! まぁそれもそうよね。……だってアンタなんでしょ、そっちのをメインヒロインに仕立て上げたのは?」
っとその女は天音の方を指差した。
「わ、私か!? 私が静音に……メインヒロインに……仕立て上げられたというのか!? で、デタラメを言うな!!」
天音はまるでその真実を受け入れられないよう取り乱しながらにそう叫んだ。
「デタラメ? ……本当のことよ。だって……」
っと今度は何故か葵ちゃんの方を指差した。
「わ、ワタクシ? ワタクシが何か???」
葵ちゃんに心当たりがないのだろう、いきなり自分を指差され驚いた様子。
「ソイツ……その白い髪の……。どうせその赤いのの、bkなんでしょ?」
「bk?」
オレはその聞きなれない略称にそのまま言葉を返してしまう。
「そっ『bk』または『bu』ね。……つまりはbackupって事。その赤いのに何かあった時の為に、常に傍にその白いのを置いてたわけ。仮に赤いのが何らかの要因によって、死んでしまっても物語が円滑に進むように……ってね。だから顔は同じでも『髪を色違い』にしてんのよ。……まぁ一種の保険みたいなものなんでしょうね。私の時と同じようにならないように……ってね」
「ま、ほんとのところはよく知らないけどね」とも付け加えた。
「そして……アンタも」
「お、オレか!?」
今度はオレを指差して、語り始めた。
「ほんとはアンタだって既に気付いてるんでしょ? だってアナタは……この世界にいくつモノの矛盾がある事を突き止めてるじゃない。それがいい証拠でしょ……」
「な、何のことだ???」
オレは何を言われているか理解できずにいた。
「ふふふふふっ。ま~たまた、とぼけちゃって♪ ほらアレよア・レ。この世界の文字が『日本語表記』だったり、『象形文字』みたいなのになってるの。本来なら日本語翻訳されてるはずなのに、アンタは文字が読めたり、逆に読めなかったりしてたでしょ? あれはこの世界にバグが生じてるせいなのよ」
「この世界にバグが……」
(そういえば確かにこの女の子の言うとおり、ジャスミンの店の表にあった貼り紙の文字は読めたのに、中の商品の文字はまったく読めなかったよな。あれはそのバグとやらが原因だったのか?)
オレはソイツに言われたとおり、既にいくつもの矛盾に気付いていたのだ。
「それによ。アナタは……何でそれを認識してるのよ?」
「はっ? に、認識? オレが?」
(一体オレが何を認識してるっていうんだ?)
彼女の言葉で、オレはますます混乱の渦に苛まれてしまっていた。
「これならどうかしら?」
その声の主はまるで暗闇から光を当てられたように一歩前に出ると、その姿を晒した。
「えっ? き、君だったのか……」
姿を見せたその女の子に、オレは見覚えがあったのだ。そう、あれは確か……
「君は確か……酒場の入り口でぶつかった女の子……だよな?」
「ええ……そうよ。私のことは思い出したようね。でも私とアナタはその前にも逢っているのよ。私がこんな姿になるずっーと前に……二度ほど、ね。アナタは覚えてないの?」
魔女子さんはとても悲しそうにオレへと問いかけ、じっと見つめていた。
「君と……逢った……それも2回も?」
そう言われてもオレには思い当たる節はなかったのだ。こんな派手な魔女の格好をした女の子なら覚えているはずなのに……。
「そうね。この格好の私じゃ判るはずないもんね。でもね……アナタは覚えているはずなのよ。アナタとぶつかった女の子は私しかいないんだもの。これでもまだ思い出せないの?」
魔女子さんはまるで、母親が子供に対して優しく諭すよう語りかけてきた。
「オレがぶつかった女の子って…………っ!? も、もしかして君は……君の正体は!!」
そうオレがぶつかった女の子は一人しかいなかったのだ。その瞬間「ザーザー」っと頭の中で雑音が響き渡ると、色なきモノクロな彼女の姿を思い出してしまった。
『「え~っとぉ~、趣味はクラシッ…」
……ちょうどクラスメイトであろう女の子の自己紹介の最中だった
「わ、わりぃ!」
なんとか体を捻ると、肩と肩とが軽く接触するくらいで済んだ。
だが、どこかで見たことがある女の子だった。どこだろう???
「(……あっ!? 思い出した! 自己紹介を邪魔した女の子クラスメイトだったよな……きっと!! もしかして……今のとこ、アニメやマンガみたく彼女のこと押し倒してたらフラグ立ったのかな?)」』
「彼女のこと押し倒してたらフラグ立ったのかな?』
自分のその言葉が繰り返し頭の中で響き渡っていた。
「君……だったのか。君があの子だったのか……」
その出来事を思い出し、ようやく合点がいった。
オレは現実の世界で彼女と出逢っていたのだ。
「アナタもようやく私のことを思い出したようね。そうよ……あのときその女が邪魔さえしなければ、私はアナタと結ばれて脇役からメインヒロインになれたはずなのよ。その女! その女さえ邪魔をしなければあっ!!」
魔女子さんはまるで、その視線だけで殺さんばかりの殺気に満ち溢れた瞳をし、呪詛のように恨み言を静音さんに対して口にしていた。
「ごほっ……ごほっ……」
静音さんは息ができなくて苦しいのか、オレの胸に必死にしがみつき咳をするように血を吐いていた。
「だ、大丈夫か静音さん!!」
オレにはどうすることもできなかった。ただ気休めばかりの回復草を静音さんの傷口に当てることしかできない。
「ぶっ……あ……ナタ……様……ワタシなら……大丈夫です……ので……」
「大丈夫に見えるわけないだろ! こんなに血が出てるんだよ!?」
静音さんはオレを安心させる為に、そんな言葉を口にしたのだろう。
オレに血だらけの手を差し伸ばし、顔へと触れようとしていた。
「んっ。オレならここだよ……静音さん」
「ふふっ……そう……ですね。そこにいらしたのですね……アナタ様は……」
オレは静音さんの血だらけの手を自分の頬へと押し当て、自らの場所を彼女に教える。
「静音……」
「お兄様……」
「きゅ~」
天音も葵ちゃん・もきゅ子も、ただオレと静音さんのやり取りを静かに見守ってくれていた。
「そ~んなに血を出しちゃってぇ~大丈夫……ねぇ~♪ きゃひひひひひひ」
魔女子さんはオレ達をあざ笑うように奇妙な奇声で笑っている。
オレはその声から静音さんを守るように、強く強く抱きしめた。
「アナタ様……ワタシなら……大丈夫ですからねぇ……こんなのはかすり傷ですから……す、すぐに治りますから……ふふっ……」
静音さんはもう自分が長くないのを悟っているのか、オレを安心させるためいつもどおりのそんな軽口を叩いていた。
「(すんっすんっ)……そ、そうだよな。静音さんがこれくらいで死ぬわけないもんな!」
目から涙が溢れるのを手で必死に拭い堪え、静音さんの思いを汲むようにオレもいつもどおりの軽口を叩いてやった。
「ちっ……ほんと、良い雰囲気作っちゃってぇ~……イラつくわね!」
ビュー……ズシャッ! 乾いた音の後に、何か液体を貫通する音が聞こえてきた。
「……がっはっ…………」
魔女子さんがそう言うと同時に先程静音さんを何度も刺した剣が投げられると、まるで静音さんの胸元へと吸い込まれるように突き刺さり、そして……その命を奪ってしまった。
「し、静音さん? 静音さん静音さん静音さん……静音さーーん!!」
オレの頬に当てられた血まみれの手は、まるで静音さんの命を示すように力なく地面へと落ちてしまった。
「静音さん……ううっ……ぐすっ……すっ……」
オレは死んでしまい動かなくなった彼女を抱き抱えたまま、溢れ出る涙を手で何度も何度も拭ったが、その流れを止めることはできなかった。そしてそれと同時に……オレはこんなことを思ってしまっていたのだ。
「この世界では、ヒトが死んでも簡単に生き返ることができるはずなんだ」……っと。
だから……もしかしたら……オレは……心のどこかで油断していたのかもしれない……
突如として静音さんの体全体が光だすと同時に、眩いばかりの大量の光が部屋全体を支配し、やがて音もなく…………静音さんの体は光の玉となってそのまま消え去ってしまった。
それはまるでオレの言葉を裏切るように……そしてその思いをすべて否定するかのように……跡形もなく…………
第167話へつづく