第164話 静音さんの幼馴染
「こ、ここは一体どこなんだよ……」
オレは静音さん先導の下、天音達の後ろにくっ付いて行くしかなかった。
先程の玄関ホール階段を上り、ドアをいくつも通り抜け、現在は先が見えない廊下を延々歩いていたのだ。
<自然を自由に満喫できる……『永遠の迷い人の回廊』>
「寒っ! この廊下、直接風が当たるから余計寒く感じちまうよな」
(いや、待て。『自然を自由に満喫できる』って、その廊下の説明表記はおかしいだろ? 単に窓が設置されてねぇだけじゃねえのか!? あとこの寒さはやべぇぞ!)
その廊下……いや『永遠の回廊』とやらには窓が設置されていなかったのだ。外壁部分は太陽の光を取り込むような大きなくり抜き調で作られており、たぶん窓がないのは城の外観を考えての事なのだろう。
レッ、ビュ~♪ レッ、ビュ~♪
周りに風を防ぐ高さの建物がないせいで、廊下には直接強い風が通り抜けていた。その音はまるで、この物語を書いている作者がレビューを求める悲痛な叫びのようにも思えてしまう。
「(だからやり方があざとすぎるんだよ!! 何で本編中にそんな文言を盛り込んでいやがるんだよ、作者のヤロウは! 確か第何話かでも、ブックマークがどうたらこうたら~……って盛り込んでいやがったよな?)」
「(みんなさっきから黙りこくって、延々廊下歩いてるけど一体どうしたんだ?)」
さっきまで散々騒がしかったのに、この廊下に差し掛かってからはみんな一様に口を噤んでいた。
「もしかして何かあったのか?」っと思い、少し速度を上げて前を歩いているヒロイン連中との距離を詰め、横からその表情を盗み見ることにした。
「(カチカチ、カチカチ)」
「…………」
(あ、あ~そうゆう理由だったのね!)
オレはその表情と「カチカチ、カチカチ」っとセリフ調で鳴らされた音で状況を理解した。早い話……前を歩く彼女達も『寒い』のだ。だから口を閉じて整然と歩いているように、後ろのオレには見え映っていたのだろう。だが、実際には寒さから早くこのシーンを飛ばしたいとの思惑があるに違いない。
そうしてオレ達は誰一人として口を開かず、無言のままただひたすら歩きようやくその目的に着いたのだ。きっとここが魔王がいる『王座の間』なのだろう。周囲とは一際違うその大きな扉が、まるでオレ達の行く手を遮るように佇んでいた。
「ここに……魔王がいるのだな!」
天音もこれから起きる戦いに向け緊張しているのだろう。先程までは喜び顔を綻ばせていたが、今は真剣そのものの表情に変わっていた。
「(さすがは勇者だわ。肝心な時にはちゃんとしてやがる)」
「ここに魔王さんがいるのですかぁ~? なんだかワクワクしてきますわね♪」
「きゅ~♪」
「…………」
(葵ちゃんともきゅ子はもう完全に駄目だわ。だってピクニックか観光気分なんだもん。もういつ魔王と『お友達になりましょう♪』とか言い出してもおかしくないもんね!)
そしてオレは最後にあの人へと声をかけることにした。
「静音さん……。静音さんは魔王の正体に心当たりはないの?」
オレはここにきて白々しくも、そんな質問をしてみたのだ。既に『その答え』を理解しているにも関わらず、何でそんな質問をしたかと言うと、オレは彼女とは戦いたくなかったからだ。
「ええ。なんとなくは……ですがね」
静音さんはオレの問いかけに対して、そうあやふやに答えを濁した。
オレは続けて更なる質問を彼女に投げかける。
「それってさ、オレを知ってる人……いや、オレが知ってる人なんだよね?」
「……はい」
静音さんはそう短く受け答えをし、ここにきてもその答えを示してくれない。
「その人はさ、何で魔王になった……いや、魔王になってしまったのかな?」
オレは静音さんが魔王になって理由を聞いてみることにした。
「たぶんですが……『恨み」……ではないかと」
静音さんはそう短く言葉を口にした。
「恨み? オレ達に何かの恨みがあって……こんなことをしているの?」
「…………」
だがしかし、静音さんはオレの問いには答えずにそのまま沈黙してしまった。
「きっと彼女はこれ以上質問をしても、何も答えてくれないのだろう……」そう思い、別の質問をしてみることにした。
「……そっか。ちなみにさ、その……」
「昔、ワタシには幼馴染がいたんですよ」
「へっ? お、幼馴染? 静音さんの? あ、ああ、そうだったんだ……」
何の脈絡のない静音さんの話の振りに、オレの質問は遮られてしまった。
「(ま、いいっか。どうせ静音さんに質問しても、その答えをはぐらかされるだろうしね)」
オレはせっかく静音さんの方から話を振ってくれたので、そのままその話題に乗ることにした。
「ふ~ん。もしかしてさ、その幼馴染って……静音さんの『初恋の人』だったとかなんじゃないの? 違う? はははっ……」
きっとそうなんじゃないか……そんな確信が何故かあり、少しだけ微笑ましくて笑ってしまう。
……すると、静音さんはオレの方をじっと見て、そしてまた正面の扉の方に向き直してからこう言った。
「……ええ。実はそうなんですよ」
「あっ、やっぱり~。そうだと思ったよ。ははははっ……」
「何だよ。静音さんの惚気話かよ……」っとやや呆れ顔で、また笑みを浮かべてしまう。
だが、静音さんの次の言葉でオレはそれ以上笑えなくなってしまうのだった。
「……ですが、その人はワタシの元を離れてしまったんです。それも遠い遠い場所へと」
「ははっ。そ、そうなんだ…………」
(えっ? 遠い遠い場所って……これは亡くなった話だったの? な、何で静音さんも今そんな話するのかなぁ~? オレ何て返答していいのか迷って、すっごく居た堪れないよ、静音さん……)
まさか暗い話に持っていかれるとは夢にも思わず、オレの笑いは乾いたモノへと変貌し、何と声をかけてよいのやら……っと迷い、言葉を紡げずに黙りこくってしまう。
「おや、つまらない話でしたかね?」
「えっ? あ~……いや、その……」
また静音さんに視線だけで顔を、そして心の奥底を覗かれてしまい、オレは何の言葉も発せられなくなってしまう。
「いいえ、そう感じてしまっても良いのですよ。アナタ様には関係のないお話ですしね……つまらないのも当然ですよね。ふふっ……」
何だか静音さんはすべてに達観し、まるで自虐するように少しだけ笑みを浮かべていた。まるで無理をして笑っている……そのようにも様子に見える。オレはそんな静音さんを見るのが嫌になり、こんな言葉を口にした。
「静音さんはさ、もしかしてその幼馴染の人を……怨んでいるの? 自分だけを置いていかれてさ……」
(馬鹿馬鹿、オレの馬鹿野郎っ!! 何で落ち込んでる静音さんに追い討ちかけてやがるんだよ、オレは!?)
「そんな質問をしてしまって失敗した!?」そう思ったのだが、意外や意外にも静音さんはちゃんと受け答えをしてくれた。
「……ええ。もちろん怨んでいますよ。ワタシを一人置いてきやがって! ……ってね。今度会ったらぶん殴って、コレの餌食にしてやりたい気分ですよ。ふふっ……」
そう言うと静音さんは、右手に持っているモーニングスターの鎖を手のひらに置き、少しだけ掲げ挙げ肩を竦めた。
ジャラリ……。そんな鎖の音が、何故だか今だけは悲しげに聞こえてしまった。
「さてさて、昔話もここまでにしましょうかね!! さぁアナタ様、この先には『魔王』がいるはずですからね! 準備はできてますか? ……それではいきますよぉ~♪」
静音さんはまるで迷いを振り切るように、そう言って王座の間の扉を開け放ったのだった。
静音さんが何でそんな話をしたのか……正直オレには皆目検討もつかなかった。
けれど後にこの言葉の意味を痛いほどに、そして文字通り知る事となるのだった……
第165話へつづく