第156話 最後の休息の朝……
「ほら急ぐのじゃぞ、小僧よ!」
「わ、分かったからさ! そんな剣の柄の部分でせっつくなってば!!」
オレは部屋を出ると、サタナキアさんに背中を押され1階の脱衣所にある洗面台へと向かう。
「小僧! もっとシャキッとせぬかシャキッと!!」
サタナキアさんは、オレの背筋を伸ばすように背骨に平らな剣身部分を当てながらオレを急かす。
「分かった! 分かったから!!」
オレはサタナキアさんに言われるがまま、急ぎ足で歩く。
「ほら、脱衣所に着いたぞ! 早く顔を洗って酒場へと向かうのじゃ!!」
「ああ……」
ジャバーッ……バシャッバシャッ! オレは洗面台横に置いてあった汲み桶の水を洗面器のようなモノに入れ、水を両手で掬い顔を洗う。
「ほれ! 妾にもせぬか!」
サタナキアさんは「自分にもかけろ!」っと洗面台に横たわると、顔を洗う水を要求してきた。
「はいはい」
(そもそもサタナキアさん、剣なのに顔なんかあるのかよ?)
そんなことを思いながら、近くに掛けられていたタオルで顔を拭き、歯ブラシに粉のようなモノを付け歯を磨く。
「(ちなみにだけど、昨日も歯は磨いたからね! ジズさんが脱衣所に居て割愛しただけだもん!)」
そんな描写言い訳をしつつ、歯を磨き続ける。
「小僧! 自分だけでなく妾の事も磨かぬか!」
サタナキアさんは自分の事も磨け、っと命令してくる。
「はいはい」
(そもそも剣に歯、何かあるのかよ?)
オレは粉を付け、そこらにあるブラシ(たぶん掃除用具)でサタナキアさんの本体である剣身を磨いてやることにした。
ゴシゴシ、ゴシゴシ。とても歯磨きとは思えぬ音が世界を支配していた。
「おっほぉ~♪ よいぞよいぞ! 小僧よ、お主なかなか上手いではないか! 妾の専属にならぬか?」
「へいへい」
サタナキアさんから褒められたが、その光景があまりにもシュールで割愛することにした。
「……さてと、小僧よ! いざ朝食を食べに行くぞ!」
「分かったから、そんな押すなって!! あとお前平らな部分じゃなくて、今背中に刃当ててやがるだろ!?」
何だか変に感じると思ったら、オレの背中には剣身の刃が当たっていたのだった。
「(マジでいつでも切り捨てられてる感覚で、こえぇぇんだけどさぁ!!)」
そんなオレの背中をお構いなしに、サタナキアさんは押しながら酒場へと向かう。
「遅いぞキミ! せっかくジャスミンが作ってくれた朝食が冷めてしまうではないか!」
開口一番、天音にキレられてしまう。
「そうですわよ、お兄様! 罰としてこのソーセージは1本ワタクシがもらいますからね!!」
どうやら葵ちゃんはオレのソーセージが欲しいようだ。
「葵ちゃん。そんなモノなら夜いつでもあげるのに!!」……とは心の中で思っても、セクハラで訴えられるのを恐れ言えないままオレは席へと着いた。
「もきゅもきゅ♪」
今日ももきゅ子はもきゅもきゅ鳴きながら元気そうだ。
「……アナタ様。随分遅かったですね」
そして静音さんがオレへと声をかけてくる。
「あ、ああ……サタナキアさんと一緒に顔を洗ってたからね。それで遅くなったんだよ……」
オレはまるで言い訳するように、遅くなった理由を静音さんに報告した。
「……そうでしたか」
静音さんは一言そう口にすると、興味を無くしたように正面を向いてしまう。
「(……やっぱり朝のことがあったから、何だか静音さんとは話づらい感じだよなぁ~)」
「さて! 朝食は何なのじゃ? おおっ~♪ 『茹でたじゃがいも』がたくさんあるのぉ~♪ それに『目玉焼きにソーセージ添え』と『コーンスープ』とは、なんとも朝から豪勢じゃのぉ~♪」
見るとテーブルの上には既に全員分の朝食が準備され、温かそうな湯気が立ち上っていた。
<茹でたてのじゃがいも>
素朴な味で腹を満たすのにはちょうどよい。また腹持ちが良さそう
<目玉焼きにソーセージ添え>
ハムも良いが、ソーセージが添えてあると豪華に感じてしまう。脇にあるコーンも◎
<コーンスープ>
その温かさは冷えた体の芯から温めることができるだろう
「おっほんとだな! こりゃ朝から美味そうだわ~♪」
「あっ、お兄さんとサタナキアさんもようやく起きたんだね! じゃあみんな揃ったことだし、朝食にしようか♪」
ジャスミンは自分の分であろう朝食もテーブルに上に置き、オレ達と一緒に朝食を取るようだ。
「ふむ。ジャスミンも来たことだし、食べるとするか!」
天音の言葉を皮切りにオレ達は朝食を取る事となった。正直言うとパンが欲しいところだったが、ジャスミンの手前、そんな贅沢は口が裂けても言えない。何故ならジャスミンは……
「おいおい……ジャスミンはそれしか食べないのかよ? そんなじゃがいもだけで体持つのか?」
そうジャスミンの目の前には目玉焼きもスープも何も無く、茹でたじゃがいもが3つほどあるだけだったのだ。
「うにゃ? あ~……にゃははっ。え、え~っと、ほらボクって体が小さいでしょ? だからこれだけでも十分保つんだよ♪ そ、それに!! お兄さん達の分を作りながら、味見がてらお腹いっぱい食べたから……」
そんなジャスミンの言葉を遮るように、タイミング良くその小さなお腹からぐぅ~♪ っと空腹を知らせる音が鳴ってしまったのだ。それにこのあたりは十二分な食料を自給できているようにも思えなかった。きっとジャスミンは自分の分を減らして、オレ達に食事を作ってくれたのだろう。
オレはそんなジャスミンの皿に、自分の皿に乗せてあったソーセージを一本入れてやる。
「お兄……さ……ん?」
一瞬呆けた顔で「これは何?」っと、いきなり自分の皿にソーセージを1本入れられ、ジャスミンは不思議そうな顔でオレの顔を見ていた。
オレはジャスミンにじっと見られ、気恥ずかしさを誤魔化すようにこう口にした。
「いやなに、その……実はオレさ。ソーセージ苦手なんだわ。だからジャスミンが1本だけでも食ってくれねぇかな? 頼むよ……」
それがオレに出来る唯一の嘘だったのだ。
きっとジャスミンに「オレの分を……」っと言ったとしても、彼女はそれを拒絶するだろう。そうでなければ、自分の分を減らしてオレ達に朝食を用意するわけがない。またそれが客であるオレ達の配慮であると同時に、彼女の優しさでもあると思う。
そんなオレの嘘を既に見抜いているであろうジャスミンは、少しだけ笑いながらこう言葉を口にした。
「ふふっ。お兄さんってさ、ほんと……優しいよね♪」
「そ、そんなことねぇってばっ! 嫌いなソーセージお前に押し付けただけだぞ!! ほ、ほんとなんだからな!」
オレは精一杯の虚勢のつもりで、強がりを言ってみせる。
「あはは~っ♪ お兄さん、ソーセージ苦手なのにちゃんと食べてるよ♪」
「ぷくくくっ。ほ、ほんとだな♪ そうゆうジャスミンだって、お腹いっぱいとか言ってどんどん食べてるだろうが~♪」
お互い言ってる事が嘘だと理解しているのに、そんな道化を演じてしまう。何だかそれがおかしくなってジャスミン共々笑ってしまったのだ。
これからツライ旅に出るというのに、何だかホッコリっとした和やかな朝食の時間を過ごし、何だかオレの心は温かさに満ち溢れていくような気がした。
「…………」
そんなオレ達を静音さんは食事も取らず、ただ無言のまま見つめているのだった……
第157話へつづく