第150話 温泉は疲れを癒す場所
「もういいや……。サタナキアさんなら別に一緒に入ってもいいよな?」
オレはサタナキアさんの了解を得ないまま、まずは最低限のマナーとして温泉に入る前に体と頭を洗うと、サタナキアさんの隣に座りゆっくりと湯に浸かる。
「こ、小僧も一緒に入るのかえ!? 妾はまだ未開通娘故、この責任は取ってもらぞえ!」
「…………」
(そ、そんなの知らねぇよ。何かサタナキアさんが好き勝手言ってるけど、この際無視することにしようぜ! ……ってその歳で未開通娘だったのかよ!? まぁサタナキアさんの年齢なんか知らないんだけどね)
無視しようとしつつも、ツッコミ処が満載なので心の中でツッコミを入れるだけにした。
「ふぅ~。うーん、っと! サタナキアさんじゃないけど、ほんとこの温泉の温かさは疲れた身に沁みるよなぁ~」
オレは縮こまり体中をほぐす様に背を伸ばす。そして足を広々と伸ばしながら手で湯を掬うと、疲れ硬く強張った肩を気遣うよう湯をかけながら、マッサージをするように擦る。
「そうじゃろうに。このような温かい湯に肩まで浸かれば、疲れが流れ出るような感覚になるであろう? 妾も『うぇいとれす』なるモノをやらされて、本当に疲れたわ」
そう言いながらもサタナキアさんは、湯に浮かびオレが動くたびに形成する湯波に揺れ動いていた。
オレはそこで気になった事をサタナキアさんに質問してみた。
「……そういやさ、何でサタナキアさんは酒場で働いてたんだ?」
「んっ? これもお主達の為なんぞ。ア……いや、静音に『ワタシ達は借金があるので、サナも協力してください! とりあえず給仕の仕事でも……』っと、言われてしもうてのぉ。泣く泣く聖剣であるこの妾も働く事になったのじゃ」
(さっき酒場で聞いたとおりの答えだな。静音さんがサタナキアさん騙して働かせてるのかよ! しかもその給料はオレ達ではなく、静音さんの懐に入るのかよ!?)
そんなオレの心情を知って知らずか、サタナキアさんはぷかぷか♪ っと湯に浮かびながら言葉を続ける。
「だが、こうして汗水垂らして働くのもそんなに悪いものではないのぉ~」
「えっ? サタナキアさんは働くのが嬉しいのか? オレだったら仕事なんかしないで、楽して暮らしたいもんだけどなぁ~」
オレはサタナキアさんの言葉に安易に答えてしまう。
「ふふっ。小僧の言いたい事も分かるわ。だがな、妾の本来の役割は人や魔物を切り捨て、その命を奪うことしかできんのじゃ。だからのぉ~、このように普通の人間達と同じように労働に勤しみ、人から感謝までされるとは思わんかったわ。初めは妾もその何とも摩訶不思議な感覚に若干戸惑っておったのじゃが、こうして温泉で労働の疲れを取りながら色々な事をしみじみ考えると、このような生活も悪くはないっと思ってしまうのじゃ」
「…………」
(そうだよな。サタナキアさんは魔神とはいえ、今は『剣』なんだ。使命というか役割は『モノの命を奪うこと』しかないんだよな。だから余計人から感謝される事なんてないだろうし、労働って概念もあるわけがない)
サタナキアさんのその重い言葉と、そしてその心情に当てられ何も口にすることができなくなる。
「どうしたのじゃ小僧? さっきから黙りおって。……んっ? ああ、妾の話が少し重すぎたからのぉ~」
「あ、いや……」
オレはいきなり話を振られ、言い淀み言葉を上手く返せない。
「よいよい、よいのじゃ。別に無理に言葉を繕わんでもな。今はただ湯に浸かり、疲れを癒せ! そうせねば、良い考えも生まれぬであろうに」
サタナキアさんはまるで、オレの心を見透かすようにそう言った。
きっと静音さん……魔王の事を言っているのだろう。実はオレ自身も静音さんこと魔王を倒さずに、どうにか平和的に解決できないものかと模索していたのだ。だがしかし、未だ何のアイディアが浮かばず一人思い悩んでいたのだ。
「そうだな……今はただゆ~っくりと、休むのが一番だよな」
サタナキアさんの言葉に同調するようにバシャッバシャッ。っと顔に湯をかけ、今は何も考えずただ疲れを癒すことに専念する事にした。
「…………」
「…………」
お互い喋らず、ただ無言で温泉に浸かっている。
こんなとき沈黙を嫌って、体でも洗うため湯から出れればよかったのだが、既にオレは湯に入る前に全部洗っていた為、何もすることが出来ずにいた。
「もう1回体を洗うか?」とも思ったのだが、それも何だか変な話なのでとりあえず何もせずにサタナキアさんの隣で湯に浸かっている。
「さて、もうそろそろ妾はあがるとするかのぉ~。時に……小僧。お主、明日は今日以上に大変な目に遭うぞ。覚悟をしておくのじゃぞ……」
「えっ? それはどうゆう意味なんだ?」
そんな沈黙を破るようなサタナキアさんの意味深な言葉。
オレはその言葉の真意が理解できず、聞き返そうとしたのだが「ふぅ~。長湯でのぼせたのぉ~♪ 妾は眠くなってきたゆえ、先に休ませてもらうとしようかのぉ~」っと、サタナキアさんはまるでオレの問いかけを無視するかのように「ファ~ン♪ ファ~ン♪」と口ずさみながら温泉から上がってしまった。
「何なんだよ、今のサタナキアさんの言葉は?」
まるで既に未来の結末を知っているかのようなサタナキアさんの言葉。
オレは疑問を持ちながらも、一人静かになった温泉でその言葉の意味を考えてしまうのだった。
第151話へつづく