第144話 知識と工夫次第で食べ物は美味しくなる! その3
「へぇ~そうなのか。色んな理由があるもんだな! でも……じゃあ昼間は何でこれを出せなかったんだ? 聞けば工程が多くて面倒くさそうだけど、そんなに難しい技術は必要ないよな?」
少しの手間をかけることで、石のように硬かったあのパンがこのように見違え、尚且つこれほど柔らかくなったのだ。
「その工夫を知っているのに、何で昼間は普通のパンを出したのか?」っと疑問がわきジャスミンに聞いてみたのだ。
「あ~っ……あははははっ。じ、実はね。これ……ボクのアイディアじゃないんだよ。僧侶のお姉さんが『一工夫する事で、今のパンがより美味しくなりますよ♪』って教えてくれて、それで……」
ジャスミンはやや乾いた笑いを浮かべたその後、バツが悪いのか顔をやや俯かせ指と指とをくっ付けたり、離したりを繰り返しながら上目遣いで申し訳なさそうにしていた。
「えっ? じゃあこの工夫は静音さんが教えてくれたのか!?」
ジャスミンの視線を追うように静音を見てしまう。
「…………」
静音さんはオレとジャスミンの会話が聞こえているにも関わらず、我関せず精神で黙々とただパンを千切り食べていた。
「そっか……静音さんが教えてくれたのか」
「うん! ボクもこのことは知らなかったから、明日にでも街の人にも教えようと思うんだ♪ きっと街の人も大喜びしてくれるはずだよ! 何せ日を置いたパンは硬かったもんねぇ~」
ジャスミンは「これでみんな、明日から美味しいパンが食べられるよ♪」っと喜びつつも、「街の人にも教えていいよね?」と何故だかオレにお伺いを立ててきたので、「ああ、もちろんだ!」っと答えてしまった。
「(もしかして静音さんはオレの為に、ジャスミンにパンの一工夫を教えたのかな?)」
そう思いオレは静音さんの様子を見たのだが、
「(スーッ)」
だが当の静音さん本人は目を瞑り、礼儀正しく音もなくスープを飲んでいるだけだった。その様子と表情からは真相が読み取れはしない。直接話して聞こうかととも思ったが、なんてゆうか……気恥ずかしいので心の中で静音さんに感謝することにした。
「(静音さん……ありがとう。感謝してるよ)」
「(カチャッ)いえいえ、それほどでもありませんよ」
……何故だか静音さんはスプーンを置き、ナプキンで口元を拭きながらにそう呟いた。それはまるでオレの心が読み取れるよう……いや、本当にオレの心の声を読み取ったのだろうなっ!! それほど的確な応対で、しかもしっかりとした独り言だったもんね!
「あっ、お兄さん冷めちゃうよ! 温かいうちに食べちゃいなよ♪ みんなもう終わってるんだよ!」
ジャスミンにそう促され、オレは一口食べる度の感想を止めて急いで食べることにした。
「ゴクゴクゴク……ふぅ~っ。こんなに美味いメシは初めてだったかもしれないなぁ~。ジャスミン、美味かったぞ! ご馳走様!!」
オレは最後に水を飲み、ようやく一息をつきジャスミンに感謝の言葉を示す。
「はははっ。それは良かったよぉ~♪ ボクもこんなに綺麗に食べてくれて嬉しい限りだよ♪」
ジャスミンはソースが一滴も残されて無いオレの皿を片付けながら、嬉しそうにしていた。
文字通り一滴も残されておらず、まるで使う前と同じような白い皿のままだった。さすがに皿に残ったソースを口をつけて舐めるわけにもいかないので、そこはパンで残ったソースを付けるように食したのだ。確か何かのマナーで見た覚えがあって、それを真似しただけなのだが。
「肉もすっげぇ柔らかくて美味かったぞ! 脂身もない赤身だけなのに、こんなに柔らかくなるもんなのか? やっぱり鮮度が関係してるのか?」
さっき出されたステーキは脂肪が一切ない赤身肉だった。なのにスッっと音もなく切れるほど柔らかかったのだ。
「そうだね! この辺の牛は牧草だけを食べさせて育ててるからね。他の地域だと牛をより肥えさせる為に、コーンなんかの穀物類を食べさせるとこもあったみたいだけど、そうなると肉質がマーブルになっちゃうから、ボクはあんまり好きじゃないかなぁ~」
「ま、マーブル? なんだそれ? もしかして肉のランクか何かなのか?」
オレは聞きなれない単語にそう聞き返してしまう。
「あれ? お兄さん達マーブル知らないの? マーブルっていうのは、元々『大理石』とか『大理石の模様』って意味なんだけど、肉の赤身部分に脂肪がまばらに入ってるのを総じて『マーブル』って言うんだよ。マーブルが入ると、肉らしい歯ごたえが無くなるんだ」
「へぇ~。オレ達の世界ではそうゆうのを『霜降り』って言って呼んでたな。こっちでは人気ないのか……文化の違いなのかな?」
元の世界、現代の日本では肉に脂肪が入ってると重宝されるのだが、この世界ではどうも逆のようだ。
「へぇ~そうなんだ! うーんどうなんだろうね? でもさ、お兄さん考えてみてよ。適度に運動した牛の赤身と、運動をさせないで肥えさせて肉に脂肪が入ってる肉。どちらが健康的かな? 人間で例えるとより理解できないかな?」
「人間で、か。確かに言われて見れば適度に運動して筋肉がある健康な人と、まったく運動しなくて脂肪ばかりで不健康な人。例えは悪いけど、どちらが美味しいかは簡単に分かるもんな!」
ジャスミンの説明と例え話に納得し、頷いてしまう。
「でもまぁほんとは、切り落としたてのお肉よりも、切り落としてから数日経って熟成させた肉の方が、より柔らかくなって味に深みも出てきて更に美味しいんだよ♪」
「そうなのか! 切り立ての方が柔らかいイメージだけど、時間が経つ方が柔らかくて美味くもなるのか!?」
「熟成されると、たんぱく質とか脂質が分解されるから美味しくなるのかな?」っと思いながら、ジャスミンの説明に耳を傾けた。
「ちなみにこのスープなんだけど。この世界では塩だけ……いや、塩とコンソメと野菜のみで味付けるのか? トマトとかは使わねぇのか? 使えばトマトスープになって美味しいと思うぞ」
オレは何気なくそう聞いてみたのだったが、ジャスミンの反応は予想外な言葉を口にする。
「げげっ!? と、トマトぉ~っ!? お、お兄さん……死にたいの?」
「はぁ~~~っ!? な、何でトマトで死ななきゃなんねぇんだよ!?」
ジャスミンから「死にたいの?」などと突拍子もない事を言われ、オレは本気で驚いてしまった。
「だってだって、トマトって『毒』あるでしょ? それにアレって食用じゃなくて、観賞用なんだよ。食べれるわけないよ!!!」
「ど、毒ぅ~っ!? トマトにか!? う、嘘だぁ~」
オレは「冗談だろ……」っと、ただジャスミンにからかわれているだけかとと思ったのだが、当のジャスミン本人にふざけてる様子は見えない。
むしろ本当にトマトに毒があると思いこんでいる表情をしていた。
「(アナタ様アナタ様。昔はトマトには『毒がある』と信じられ、元々は観賞用の植物だったのですよ。それにトマトは同じナス科の『ベラドンナ(美しい女性)』とよく似ているので、『トマトには毒がある』と間違われていたと聞いたことがあります)」
「(えっ? そ、そうだったの? マジかよ……)」
食べ物によって改めて「ここは異世界なんだ!」と自覚させられてしまう。
第145話へつづく