第142話 知識と工夫次第で食べ物は美味しくなる! その1
「ほら、もきゅ子。貸してみ」
「きゅ~っ?」
もきゅ子が持っているフォークと置いてあったナイフを受け取ると、オレはもきゅ子が食べ易い大きさにステーキを少しずつ切り分け食べさせてやる。
「どうだもきゅ子、美味いか?」
「もきゅもきゅ♪」
ドラゴンにステーキの味が理解できるかは知らないが、もきゅ子は美味しそうにステーキを食べてくれている。
パンの時のような失敗をせぬよう、細かくステーキ肉を切ったおかげか、もきゅ子は食べ易そうに咀嚼していた。
「(オレ達が何気なく食べれている物でも、もきゅ子のような子供だと大きすぎたり固かったりして、そのまま食べれないこともあるんだよなぁ~)」
もきゅ子を見ていると何故だか母性本能がかきたてられるっというか、まるで自分の子供のように放って置けない感じで世話をしてしまう。
「(まぁそこらにいる女性人共が、もきゅ子の世話しないってのが一番の原因なんだけどね)」
そうしてオレはもきゅ子に、ステーキや詰まらせないようスープを飲ませながらにウチのヒロイン共に苦言の思いを懐いていると、
「はい、お兄さんもお待たせ! ご注文の『ステーキ・ウェルダン』が焼きあがったよ♪」
ジャスミンがパンとスープ片手に、焼きあがったばかりのステーキを運んで来てくれた。
「おっ! わりぃなジャスミン。難しい注文しちまってな!」
オレはもきゅ子に食べさせつつも、一番難しい焼き方を注文した事を謝る。
「ふふっ。いいよお兄さん。ボクもウェルダンはあまり焼いた事がないから、良い練習になったしさ♪」
ジャスミンはソースが入ったフライパンを持ちながら、軽い感じでそうフォローしてくれる。
「……ジャスミンって、ほんと良いヤツだよな」
オレがポツリとそう言うと、ジャスミンは「そ、そんなことないよぉ~」っと照れながらステーキにソースをかけてくれた。
ジョバ~ッジョバ~ッ♪
ジャスミンはオレの目の前に置かれたステーキの上に、フライパンを傾け液体のようなモノを一気に入れていた。
バチバチバチバチッ♪
熱せられた鉄皿から、ソースの良い匂いと脂が飛び跳ねる心地よい音が聞こえ空腹のお腹を刺激してくる。
そしてジャスミンは先程と同じように、素早くそのステーキの上にナプキンのような薄い紙を被せる。
「ちなみにさ。この上に被せた紙みたいなヤツは、ソースと脂が飛び跳ねるのを防ぐだけじゃないんだろ? 肉にソースを馴染ませると同時に肉を蒸し焼きにするのが目的なんだよな?」
オレは興味本位で自分が知ってる限りの知識を思い出しながら、ジャスミンにそう質問をしてみた。
「おっ! お兄さんよく知ってるね♪ そのとおりだよ! 本来は風味を壊さないよう冷温で作られたソースを温める目的だったんだけどね。まぁ結果としてステーキが程好い感じに蒸しあがるって工夫になったワケだよ♪」
ジャスミンはオレがそれを知ってる事に感心するように、補足説明をしてくれる。
「じゃあさっき、ステーキ焼いてる最後に振りかけたのもワインを入れたのか? 確か……『フランベ』って言うんだっけか? 香り付けにワインを入れる事を言うんだよな?」
「お兄さん詳しいんだね! でもフランベをするのは香りだけが目的じゃないんだよ♪ 実はワインに含まれる成分はお肉を柔らかくしてくれる働きもあるんだ♪ ボクがステーキを焼く場合フランベには白ワインを、そしてソースには赤ワインを使って両方のワインを入れてるんだよ♪ それにフランベするとワインに含まれるアルコールが飛んで、例え子供でも食べれるようになるしね! おっと、もうちょうど良い頃合いみたいだよお兄さん! さぁどうぞ、召し上がれ♪」
そう言うとジャスミンは、ステーキ上に被せていた薄手のナプキンを外してくれる。
するとステーキから熱い蒸気とともに、とても香りの良いワインの匂いが立ちこめてきた。
オレはより香りを確かめるように、自分の前に置かれたステーキ上を手で扇ぎ、その匂いを嗅いでみた。
「う~んっ!! ワインの香りがとってもいいな♪」
ジリジリジリッ。ステーキから出てくる脂が奏でる音、ブワッ! っと立ちこめる熱い蒸気とワインの良い香り、そして美味そうにデーン! と真ん中に居座った大きいステーキと、ちょこんっと上に乗せられ半分溶けているバター。サイドに彩りとして乗せられた人参・ジャガイモ・ブロッコリー。これで美味しくないわけがないだろう!
オレは堪らず「もきゅ子、ちょっとだけごめんなぁ~」っと謝りを入れ、いよいよ自分の分を食べることにした。そんなオレを見兼ねてか、「ボクがこの子の面倒見てるからいいよ♪」とジャスミンがもきゅ子の食べる世話を引き受けてくれた。
「さぁこれで他の事を気に病む必要はなくなったぞ!」っと覚悟を決めて左手にフォークを持ち、右手にナイフを持つとようやく準備は整った。そして……いざ食事の戦場へ!
ステーキの右端から切ることにした。肉をフォークで抑え、右手で持ったナイフで切っていく。 スーッ。っと何の抵抗もなくナイフが入り、分厚いステーキがいとも簡単に切れてしまう。そしておもむろに左手に持ったフォークで切ったステーキの真ん中を突き刺すと、あとはそのまま口の中に入れるだけだった。
「もむもむもむ……っ!?」
(んっ!? んんっ!? こ、これは……)
そんな事を思っているのも束の間、ステーキから染み出た脂とかけられたソースとが一体となって口いっぱいに広がり、鼻腔から入る空気と相成ってより複雑な味わいを演出してくれる。歯で噛むと肉の弾力を得られ、そこから更に肉自体の旨みと脂がまるで洪水のように口の中で広がりをみせる。またそれらがソースの甘味、そしてワインの良い香りと交わるとより美味しさを強調してくれる。
「……う、美味い! この肉柔らかくて、すっっっげぇ美味いぞ!! 噛めば噛むほど『旨み』と『脂』が出てより美味いしくなるし、何より肉がこんなに柔らかいにも関わらず、肉本来の『弾力』がちゃんと残ってる! あとあと、このソースだ! 何だよこれ? 果物みたいな甘味があんのに、ちゃんと『旨み』も負けずに入ってるな!!」
第143話へつづく