第139話 肉はただ焼くだけ、されど焼くだけ
たぶん静音さんにサタナキアさんが働いている事の原因を問いただしたとしても、のらりくらりと言い包められてしまい、ただ丸められゴミ箱に捨てられるだけだろう。そこで剣の所有者である天音へと声をかけた。
「天音あれはいいのかよ? お前の剣……魔王を倒せるって話の『聖剣フラガラッハ』が給仕の真似事させられてんぞ!? あれは勇者として、何より所有者としても止めた方がいいんじゃないか?」
「うむ。……よいのではないか? ただ私の腰に携え遊ばせて置くのも勿体話だし、使ってこその武器であろう。それに私達の為に日銭を稼いでくれているのだぞ? 何よりジャスミンの役に経っているではないか。キミは何が不満なのだ?」
天音は「オレの方がおかしい」っというような顔をして、そう反論してきた。
「ま、マジかよ。……こんなんでオレ達、魔王倒せんのかよ?」
(そもそも剣の使い方間違ってんだろうがっ! いくら戦闘以外では使いどころがないからと言って、剣に給仕させて金稼ぐのかよ!?)
そう言いながらも、オレ達が倒すべき魔王の方をちらりっと盗み見た。
「うんうん。サナ……私の為に働いているのですね! もっともっと金を稼ぐのですよ!!」
何故だか魔王こと静音さんは、サタナキアさんが働き稼いだ給金を自分だけの懐に入れるつもりらしい。
「(もうバリ守銭奴一直線だよな、静音さん……ヒロインなのにさっ!!)」
オレがそんなことを考えていると、仕事が一段落したのかジャスミンがオレ達のテーブルに来てくれた。
「おっ! ちゃ~んと片付けてあるねぇ~♪ お兄さんのお連れのヒトもよく働いてくれてるよぉ~♪」
ジャスミンはサタナキアさんの働きぶりを評価するように褒めてくれた。
「……ああ、そうだな」
関与したくないオレは生返事をするだけで精一杯。
「……で、お兄さん達は何を食べたいのかな? 今日は昼と違って豪勢な料理を作れるよ♪ 実はね、さっき久々に新鮮なお肉が届いたんだよ♪」
「もちろんその御代も、さっきの依頼の報酬に含んであげるからね♪」っとウインクしながら、ジャスミンは豪勢な食事とやらをオレ達に振舞ってくれるらしい。
「おっほぉ~っ! 肉だとぉーっ!? それはありがたく頂くしかないよな! なぁ葵っ!」
「ええ、そうですわよ! 『お肉を見かけたら、生でも食べろ!』っというような諺も存在しますのよ! なら食べるしか道はありませんわよねお姉様♪」
「き、きゅ~っ?」
お肉と聞いてハイテンションになりつつある天音と葵ちゃん。
「(何気にもきゅ子が怖がっているのは、諺の部分だろうな。ふ、二人ともマジで、もきゅ子の事を『生』で食べる気だったのかよ……。あとそんな諺は初めて聞いたぞ葵ちゃん!!)」
「報酬ですか……っということは無料なのですね! 無料のモノなら何でも頂きましょうか! ね、アナタ様♪」
守銭奴の静音さんは『無料』という言葉のマジックをえらく気に入っているのか、その言葉に脊髄的反射速度で『何でも寄こせ! すぐ寄こせ!! さぁ寄こせ!!!』っと傍若無人っぷりを発揮し、両手がクレクレっと手招きさせていた。
「あ、ああ。……わ、わりぃなジャスミン」
オレは無礼極まりないヒロイン共を代表して、ジャスミンへと謝った。
「あ、あははははっ。いいよいいよ♪ 元々お兄さん達には依頼の報酬渡さなきゃいけなかったんだもん。その代わりとしての食事代なら安いもんだよ♪」
ジャスミンは天音達の態度と言葉に対して若干引き気味になりつつも、オレの顔を立ててそう言ってくれたのだろう。
「じゃあ、みんなお肉でいいよね? なら調理法は……ステーキでいいかな? それが1番美味しいし、調理時間が短いから早く出せるしね!! それで焼き方の指定とかあるのかな?」
ジャスミンは新鮮なお肉でステーキを焼いてくれるとのこと。しかも焼き方の指定までできるという。
「うむ。私は……レアで頼む! 葵はどうするレアにするか?」
「はい♪ ワタクシもお姉様と一緒でよろしいですわ♪」
天音と葵ちゃんはレアの焼き方を注文したようだ。ステーキの焼き加減で難しいのが『レア』である。
ちなみにこれはよく間違われることないのだが、ステーキのレアは外側だけを焼き『中が生のまま』の意味では決してない。正式には肉の中心部まで火が通った生を指す言葉なのだ。
一見するとそれは矛盾しているようだが、一般的に牛などの獣の脂は人の体温ではまず溶けない。
口に入れても脂の味、端的には蝋や溶けたプラスチックの味と言っても過言ではない。
これが例えばマグロの大トロのような魚の脂なら、人の体温ほどで容易に溶けるため口の中に入れても美味しく甘味を感じることできる。
これは獣と魚の違い。互いの脂の融点(脂が溶ける温度)が違う為にそのような違いが起きてしまうのだ。
だからステーキのレアとは、『火が通った生』を指す言葉である。でなければ中心部が冷たいし、まるでロウソクを食べてる感覚に陥ることになるだろう。
「それでは私は……ミディアムでお願いできますか? もきゅ子もそれでいいですか?」
「もきゅもきゅ♪」
静音さんともきゅ子は程よい焼き加減の『ミディアム』を選択した。
『ミディアム』の焼き方はレアよりも中に火を入れることで、より肉の脂を引き出す焼き方である。
レアよりは焼くのが難しくは無いのだが、焼きすぎると中の脂がフライパンに触れ熱せられ、必要以上に蒸発してしまうので注意が必要である。
「うんうん。レア2にミディアムも2っと。……で、お兄さんはどうするの?」
ジャスミンは注文を確認するように繰り返すと、最後にオレに焼き方を聞いてきた。
「オレは……ウェルダンにしようかな」
「えっ!? う、ウェルダンなの!? お兄さん……な、何気に一番難しいの注文するんだね」
ジャスミンは驚いたように、言葉を繰り返していた。若干顔が引き攣っているようにも見える。
『ステーキ・ウェルダン』とは、ステーキの中で一番簡単だと思われている焼き方なのだ。ほとんどの人が「ウェルダンはただ焼けば良い、楽な焼き方だ!」っと思っているが、そこには大きな落とし穴が存在している。
レアのように中心部が生でも、ミディアムのように脂の加減を注意することなく、肉の中心部まで火を通せばいい。……っと誰しもが思うだろうが、実は焼き方で一番ウェルダンが難しく、調理人泣かせの調理法である。
何故なら、肉の中心部まで完全に火を通しつつも、表面を焦がさぬようにし、尚且つ肉の中の脂も肉の外に出しすぎないよう細心の注意が必要になってくる。
当然中心部まで火を通すとなれば、肉を火にかける時間が長くなるために当然表面のお肉がコゲてしまう。また中の脂も焼きすぎると全部外に出てしまうので蒸発し、肉は干乾びてより固くなってしまうのだ。
だから『ステーキ・ウェルダン』を焼くときには調理人はずっとフライパンの前にいて、肉の焼き加減・脂の出方に常に気をつけ見極めなくてはならず、一番難しい焼き方になるのである。
第140話へつづく