第138話 酒場にゃ色んな人やモノが集まるわけよ……
「「「ガヤガヤ、ガヤガヤ」」」
「夜に人が集まるって、ジャスミンの話はほんとだったんだなぁ」
酒場に近づくにつれ、大勢の人々の声が階段を降りているオレ達にまで伝わってきていた。
そうして、人々と灯りがたくさんある酒場に着いた。
「へぇ~、マジで人多いよな! これだけの人がこの街に居たって言うのか!?」
酒場を見渡すと、昼間とは違い空いている席がないほど人で埋め尽くされた光景が広がり、オレはその人の多さに驚きを隠せない。
昼間外を歩いてみても、ちらほらっと疎らに人を見かける程度だったのに、この酒場にはまるで街の人全員が集まってる、そんな感覚に陥ってしまうほどに人がいるのだ。
「お~っ! ほんとだな!! まるでこの世界すべての人が集まってる感じだな!!」
天音もオレと同じ感想を述べて、その人の多さに驚き何故だか楽しそうにしていた。
「きゃっ!」
「おっと、す、すみませんオレ達、道塞いじゃってて……」
人が多く、酒場の入り口を塞ぐように広がっていたオレにぶつかる人も出てきた。
ぶつかって来たのは女性だった。一見すると魔法使いのようだったが、杖は持っていない。
静音さんのように「これぞまさに魔法使い!」っというような帽子を被り、肩と谷間を「これでもかっ!」と強調するような開けた服を着て、スカートも「いつでも夜の準備はできてます!」っと言ったように短い超ミニを履いていた。
髪はやや薄い赤毛ロングのクセっ毛で、目は左右の色が違う虹彩異色症の瞳をしていた。その瞳を見つめいていると、何故だか吸い込まれそうな感覚を懐いてしまう……魅力があった。
やや口元を上げて笑い、両手を腰に当て自分に自信があるのか、とても挑戦的な態度を取っていた。
「…………」
「あ、あの……何か?」
そのお姉さんにまるで観察するようにじーっと見られ、居た堪れなくなり声をかけてしまう。
「…………いや、ドラゴンの子供が珍しいなぁ~。って思ってね」
「あ、ああ……そうなんですか?」
魔法使いのお姉さんはもきゅ子の事が珍しいのか、オレの方をずっと見ていたが、すぐさま踵を返すとそのまま立ち去ってしまった。
「きゅ~っ」
もきゅ子は人見知りなのか、抱いているオレの胸にその顔を隠すように埋めて「きゅ~きゅ~っ」っと恐れるように鳴いていた。
きっとこれほどの人を見たのは初めてなのだろう。人間のオレでさえ、たじろぐのだから魔物の子供なら尚の事「怖い」と感じてしまうことだろう。
「もきゅ子、大丈夫だぞ~大丈夫だからなぁ~」
もきゅ子を抱きなおすようにあやしながら、バーカウンターにいるジャスミンの元へ向かうことにした。
「よっジャスミン! また来たぜ」
「あれぇ~っ、お兄さん達来てたの? あっもしかして座れるところなかった? ごめんねぇ~今混雑してるから席埋まってて座れないでしょ」
ジャスミンは布でグラスを磨きながら、申し訳なさそう顔をみせるとオレ達に頭を少し下げた。
「いや、いいって別に。これだけの人がいるんだもん、仕方ねぇさ。それに遅れてきたオレ達が悪いってもんだ」
そう言いながらも空いている席がないかと見回したが、モノの見事にテーブル席は満席となっていて、空いていると言ったらバーカウンターのイスが所々空いているくらいだった。
カウンターは横に細長かったがグラスと瓶を置くほどの幅しかなく、この上で食事をするには不便すぎるだろう。それに何よりオレはもきゅ子を抱きかかえているのだ。とてもじゃないが、メシを食える体制にない。
そんなオレを見てジャスミンが察したように、話かけてくる。
「お兄さん達はご飯が目的でしょ? もうちょっとだけ待っててね! あそこのテーブルの人たち、たぶんすぐに空けてくれると思うんだ……」
ジャスミンが言ったのも束の間「勘定はここに置いておくから……」っと、暖炉近くのテーブル席に座っていた兵士がタイミングよく席を空けてくれた。
「……ははっ。そこの席空いたみたいだね。ちょ、ちょっと待っててね! 今テーブルの上片付けるからね!!」
ジャスミンはオレ達の為に慌てて、瓶やらグラスやらが乗ったテーブルの上を片付けようとするのだが「同じのグラスでもらえる?」っと、カウンターで飲んでいた客にお替りを催促されてしまっていた。
「あっこっちはオレが片付けるからさ、ジャスミンはそっちの仕事しててくれ」
慌てるジャスミンを手を前に上げて静止させて、オレは乗っている酒瓶やグラス、そして皿を片付けてやることにした。
……したのだったが、
「あっ、お兄さんが片付けなくても大丈夫だよ! 今日は臨時のお手伝いさんがいるからね!」
「臨時? お手伝いさん? そんなのがいたのか?」
っと、手伝いをするのを止められてしまった。
昼間ジャスミンは他に従業員はおらず、自分一人で運営をしていると言っていたのだが、今日はその臨時のお手伝いって人がいるらしい。
「へぇ~、そうなん……」
オレは感心するように言葉を口にしたのだったが、その臨時のお手伝いさんらしきモノが宙に浮いてお皿を片付けて光景を目にしてしまい、言葉を詰まらせてしまう。
「ちょっいと、そこを通らせてなのじゃ~」
「…………」
それはオレがよく知る聖剣フラガラッハに封印されし魔神、サタナキアさんそのものだった。
サタナキアさんは器用にも剣先にお皿を乗せて、酒場の片付けの手伝いをしていたのだ。
それを見た俺は堪らず、片付けを一身にしているそれへと声をかけてしまう。
「あの……サタナキアさん。サタナキアさんだよね?」
「おおう!? 誰かと思えば小僧ではないか! どうしたのじゃ? 妾に何か用なのかえ?」
そう言いながらもサタナキアさんは黙々と皿を片付ける。
「……そこで何してんの?」
「うん? おかしなことを言う小僧じゃな! 妾のこの姿を見て分からぬのか? 給仕の真似事で日銭を稼いでおるのじゃぞ。お主ら、あのアリッサとか言う小娘に金を借りて、返済に困っておるのじゃろうに? だから妾が少しでも助けになればっと働いておるのじゃぞ!」
どうやらサタナキアさんはオレ達の為に働き、財政を助けようとしてくれているようだ。
そしてオレはすぐさま、その原因たる人間の方を見た。
「…………」
「ささっ」
静音さんはオレが顔見るとすぐさま顔を背け、明後日の方向を見て視線から逃れようとしていた。
「(何気に自覚あんのかよクソメイドがっ!! しかもいつもどおり口で効果音言いやがってるしな!! ほぼ確信的じゃねぇかよ……)」
第139話へつづく