第129話 抗議と講義は紙一重?
「アナタ様ぁー! 大丈夫ですかぁー? 生きておられますかぁー?」
ロープで降りている途中、静音さんから何度も安否確認をされた。
「うおっとと!! あ、あーだいじょーぶ、だよー! ちょっとバランス取るのが難しいけどねー!!」
オレは桶に両足を突っ込み、ロープを必死になって捕まっていた。
実際は見栄を張って静音さんにそう受け答えをしたのだが、正直少しでも気を緩めると、バランスを崩してそのまま井戸の底まで真っ逆さまに落ちていってしまうだろう。
「何でこんなバランス取るの難しいんだよ!? あっいや、まぁ汲み桶は人が乗ること前提で作られてないから、仕方ないんだけどさ」
オレは井戸の底に降り去って行く途中でも、いつもどおりの独り言を呟いていた。
読者から見たら、さぞ頭のおかしいヤツだと思われるかもしれないが、こんな暗い井戸の中でいつ落下するか分からない恐怖と不安から、何か喋らないと正気を保てないのだ。
「アナタ様ぁー! 大丈夫なのですかぁー?」
もう何度目か分からない静音さんの声が聞こえてきた。
「あー! だいじょうぶだよー、静音さーん!」
もうそろそろ半分くらいは降りたのかもしれない。
正直井戸の底まで、どれくらい深さがあるのかは分からないけれども、軽く30メートルはあるのかもしれない。
「そうですかぁー! なら、このナイフでロープ切ってもよろしいですかねぇー?」
静音さんは井戸の中にいるオレに対して、ワザと持っているナイフをギラリっと光を反射させ見せ付けると、そんなこと言い放ちやがっていた。
「ふっざっけんなよ、このクソメイドがーっ!! 何でロープ切る気満々で、そんなナイフなんか用意しやがってんだよ!?」
「ちょっとした冗談ですよ。ジョークジョーク♪」
そう言いながらも、静音さんはロープにナイフの刃を当てようとしていた。
「ど、どこが冗談なんだよ!? 毎度毎度、言ってる事と行動とがまったく噛み合ってないよアンタぁっ!!」
「おやおや、これはこれはしっかりと間違えてしまいましたねー。しっかりんりん♪」
いつものおふざけなのか、または本気なのか分からない静音さんの行動。
「(マジ危ねぇよあのクソメイド。しかも『しっかり』って、もう完全に確信犯じゃねぇかよ)」
そこでオレは気付いた事があった。それは……
「(何気に静音さんさ、今手にロープ持っていなかったよな? 天音達だけで大丈……ぶ、うわぁっっっ!?)」
まだセリフ途中にも関わらず、オレの言葉を証明するように、いきなりロープが緩められてしまいオレはその身に感じる重力を失うと、そのまま井戸の底まで落下してしまう。
……いや、落下し水面に叩きつけられる寸前でグン! っとロープが引っ張られ、どうにか助かり体に重力を感じることができた。
「ああああああ、あぶねーなっ!! 冗談抜きに死ぬとこだったぞ!? しかも手にロープが食い込んで死ぬほど痛ぇしなぁっ!!」
あと1秒。あと1秒、もしもロープが引っ張られるのが遅かったら水面ダイブどころか、そのまま井戸の底まで叩きつけられ死んでしまっても全然おかしくは状況だったのだ。
しかも落ちぬようにと、しっかりとロープを絡ませていた為にモロに重力とオレの体重が、容赦なくロープを巻きつけてあったオレの手に食い込んでいたのだ。
だが、そのおかげで水面に落下し「ちょっ(笑)。あの人さぁ~、井戸の底にあるATM利用しようとして落下して死んだらしいよー」「マジかよー。超ダサーッ(笑)」などと言う汚名を被らなくて済んだのは幸いと言えよう。
「(コラ静音! ロープを放すやつがあるか!! 私だってロープを手放したい気持ちを抑えていたのだぞ!!)」
「(そうですわよ! 手放す時には必ず『1・2の3!』っと掛け声をかけて、みんな一斉に手放すべきですわよ!!)」
「(もきゅもきゅ!!)」
どうやら上の方ではいきなりロープを手放した静音さんに対して、天音達が抗議をしているようだ。
「(あー確かにそうかもしれませんね。ですが、こうゆう事はゲリラ的にサプライズとしてする方が、より効果的で恐怖を与えられませんかね?)」
「(なるほど~、確かにそれはあるかもしれないな! それならもう面倒だからロープを放すとするか?)」
「(ワタクシ、勉強になりましたわ! みんなで一緒にロープを手放しましょう♪)」
「(きゅ~!)」
何故かクソメイドの静音さんは天音達の抗議に対して自分なりの矜持を示し、逆にこの場合「何が良いのか?」とみんなに講義をしていたのだ。
「(あれはさ、抗議なんだよな? 何かみんなしてロープ手放す気満々に聞こえるのは、気のせいなんだよな?)」
「やっぱりオレが井戸に入ったのは間違いだったのか……」っと思い悩んでいると、
ピカピカ。
「いらっしゃいませ。ありがとうございました」
ついにATMがある水面近くまで辿り着くことができた。ATMは水面より少しだけ浮いてる形になっていた。
「どうなってるんだ?」とATMの下を見ると、井戸の壁に木で出来た板のような物が台座となって支える形になり、ATMの機械を支えていたのだった。
「ああ、いらっしゃいましたともさ! 礼を言うには早ぇぇっての!!」
オレはまるでATMと会話するように、受け答えをしながら財布からキャッシュカードを取り出し入れた。
ピココン♪
「……カードを認証いたしました。暗証番号を入力してください」
っと言われ、オレは右にある数字が並んでいるテンキーを操作して4桁の番号を入力した。
「0・7・2・1……っと、これでどうだ!」
何故かオレは番号を入れるだけで誇ってしまう。たぶん酸素が少なく場所が狭くて暗いため強がっていたのかもしれない。
「……金額を入力してください」
「おおう!? 金額か……。とりあえず、30万キッカリでいいよな?」
誰に問うでもなく自問自答しながらもオレは30万なにがしの貯金、そのすべてを下ろすことにした。
「高校生のクセに金持ってんなぁ~」とか思われるかもしんないけど、これは両親がマレーシアに出張する間、半年間すべての生活費なのだ。
正直「月あたり5万もかよ!?」っと、今の読者のようにオレも最初はぬか喜びしたのだったが、食費も含めてなのだ。
だから1食あたりで換算してしまうと500円ちょいにしかならない。実際にはそれで他のモノも賄わなければならないのだから、考えているよりも多くはない額になるだろう。
通帳には消費税にも満たない額しか残らなかったが、とりあえずこの世界から現実世界へと戻るのが先決なのだ。それにケチケチしてまた殺されるのも嫌だしな。
ピココン♪ ガチャガチャ……ピーッ。
「カードのお取り忘れにご注意ください。……ご利用ありがとうございました♪」
その音声と共に、お札のところが開きオレは金を取り出し、ポケットにそのまま仕舞い込んだ。
ブゥーン。
まるで自分の役目を終えたようにATMは光とその声を失い、もう二度と起動することはなかったのだった……。
第130話へつづく