第128話 現実《リアル》はやはりゲームのように、簡単にはいかない……
「ああ、ああ分かったよ。底に降りてATMで金下ろしてくりゃいいんでしょ? もうそれはたんまりっと、全財産下ろしてきてやらからねっ!!」
オレは「どうせ抵抗しても、井戸に放り込まれるんだろ?」との諦めから自暴自棄となり、自ら井戸の中に入ろうとする。
「…………」
「アナタ様? どうかなさったのですか?」
オレは「いざっ! 井戸の中へ!!」っと井戸の土台部分に片足をかけ、そのまま停止してしまった。
そしてそっとほの暗い井戸の中を覗き込むと、ピカピカ「いらっしゃいませ。ありがとうございました」っとATMの光と声が聞こえてくる。その光のおかげか、何気に井戸の底が結構深いことに気付いてしまう。
「……静音さん。……これどうやって下まで降りるのさ?」
井戸の中に入ろうとしたのだったが、その肝心の井戸の降り方が分からないのだ。
「あ~…………ボトンって♪」
満面の笑みで「そのまま足を踏み外して、落ちればいいんですよ♪」そう言わんばかりに、静音さんは右親指をグッと上げると、今度はそのままビッ! っと下に落ちるような仕草をする。
それはまるで「地獄へ落ちろよ」っと示唆しているようにも見えた。たぶん静音さんが笑っているから余計そう思ってしまうのだろう。
「……いや、落ちたら普通に死ねるからね。しかもそれだとさ、ATMの金下ろせなくなるんだよ……いいの?」
オレは必死にそう言って抵抗してみせる。
「……あっ! そ、それもそうでしたね。う、うーん。ならこの滑車と汲み桶を利用して降りるのはどうですかね?」
静音さんもオレが言っているその意味に気付くと、ようやくアドバイスらしきアドバイスをしてくれた。
「うん。……それしかないよね」
(このクソメイドがっ!! オレが死んだら金が得られないと分かったら、平然と逆の態度取りやがったぞ!? ほんと仲間なのかよ。あっいや……静音さんは『魔王』だったんだよな?)
オレはそんなことを考えつつ、静音さんのアドバイスで滑車とロープ、それと汲み桶を利用しながら井戸の底まで降りる事となった。
井戸の台座に座り、桶に両足を入れ、両手でロープに捕まる。
「(……これ、下手しなくても死ぬ可能性高いよな? 大丈夫なのかよ……ほんと)」
RPGなどではひゅーん♪ とか間抜けな音ともに、いとも簡単に井戸の中に入れるのだが、それはゲームの中だけの話なのだ。
実際にはオレみたく汲み桶に両足を突っ込んで、ロープをしっかりと掴み、井戸の外から仲間がゆっくりとロープを緩めて井戸の底まで降りていく必要があった。
「やっぱゲームは楽だよなぁ~。現実だとこんな苦労しながらも、井戸の中に入るんだぜ……」と、ゲーム中の主人公達を羨ましがりながらも、オレは「今は静音さんに頼る以外方法はない」そう思い井戸の底に降りることを決意したのだった。
決意はしたのだったが、それ以上に不安の方が大きかった。その不安とは……
「ちなみにだけど……静音さん1人でさ、オレの体重を支えられる?」
そう静音さんは1人で、ロープを持ち支えようとしていたのだ。
いくら普段からあのクソ重いモーニングスターをぶん回しているからといって、女の子1人ではとても支えることができない。
いや、下手をすれば、オレの重さによって静音さんも引きずられてしまい、オレと一緒に井戸の底まで真っ逆さまに落ちてしまうだろう。
「……それもそうですね。では、お嬢様達にも手伝ってもらいましょうかね? 天音お嬢様ぁ~、葵お嬢様ぁ~、少しよろしいですかぁ~?」
静音さんは少し離れている、天音と葵ちゃんを呼び寄せ助けを求めた。
「うん? 何かあったのか? 井戸の中の魔物は倒したのか?」
「ええ、先程は光と恐ろしい声が響き渡っていましたわよね? 大丈夫なんですの?」
「もきゅぅ?」
二人は恐る恐ると言った感じで、井戸付近まで来た。
そしてもきゅ子までも葵ちゃんに抱きかかえられ、不思議そうな顔をしている。
「ええ、アナタ様が『オレが井戸の中に単身乗り込んで、井戸に住む魔物を倒してやるわっ! くわっははははぁ~っ』っと、馬鹿みたいに笑いながら仰るものですから……」
「…………」
(静音さんには、オレが言った事がそう聞こえてんのか? その耳大丈夫なのかよ……)
「そ、そうなのか!? キミは勇者の私よりも『勇敢』なのだな! それで私達は何をすればいいのだ? 何でも手伝うから、遠慮せずに言ってくれっ!!」
「そうですわよお兄様!! ワタクシ達はお兄様に協力いたしますわ!!」
「もきゅもきゅ!」
「…………あ、ありがとう。みんな……」
だが、そんな静音さんの妄言を三馬鹿ヒロインズは、疑う素振りすら見せず騙されてしまったのだ。
オレはそんな三馬鹿共に若干引きつつ、乾いた笑みを浮かべ感謝した。
「それではお嬢様方、今からアナタ様が井戸の中に降りて行きますので、このロープをしっかりとお持ちくださいね! アナタ様の体重がかかると、いきなりガツン! っとロープが引っ張られると思いますので、一緒に引きずり込まれないよう、そこだけはお気をつけ下さいませね!」
静音さんはそう簡単に説明すると、天音達にロープをしっかり握るように指示をした。
「これを引っ張ってキミを支えればよいのだな? それくらい任せておけ!」
「ワタクシも頑張りますわ!」
「もきゅもきゅ!」
天音や葵ちゃんだけでなく、もきゅ子も最後尾でロープを引っ張るのを手伝ってくれるようだ。
「それでは準備の方が整いましたので……アナタ様」
準備を終えると、静音さんが声をかけてくれた。
そして何を思ったか、オレにキスでもするように寄り添い肩に手をかけ、耳元で天音達には聞こえないような小声で「(どうかお気をつけてくださいね、アナタ様)」っと言葉をかけてくれた。
「あ、ああ……ありがとう静音さん。じゃあ行って来るからね、みんな」
オレはこれから入る井戸の中の不安と、その静音さんの行動に違和感を覚えつつも、みんなの助けに報いるよう桶に足を入れ、両手でロープを握りなおし、少しずつほの暗い井戸の中に入って行く。
「それでは、お嬢様方! そろそろアナタ様の体重がモロにかかってきますので、決して気を抜かぬようロープをお持ちくださいね! まずは強く引っ張り、徐々に徐々に、ゆっくり、ゆっくりっとロープを緩めていきますよ!!」
静音さんがそう指示をすると、天音達は従いオレを支えるロープを引っ張りなら、少しずつ少しずつロープを緩めていった。
「(……それにしてもどうして静音さん、最後だけ天音達に聞こえないような小声だったんだろう? もしかしてツンデレとかヤンデレ属性でも付けたいのかな?)」
そんなどうでもいい事を思いながらオレは、ほの暗く、時折明るい井戸の中へと降りて行った。
第129話へつづく