第126話 サブクエスト『井戸の中から聞こえてくる、謎の光とその声の正体を突き止めろ!!』
「……で、どうかなお兄さん。ボクの依頼を引き受けてくれるかな?」
ジャスミンはやや不安そうな顔で、オレの回答を待っていた。きっとジャスミンは不安で不安で堪らないのだ。
何せ場所が井戸ということは水を汲めないことになる。料理を提供するには水は必需だし、飲料水としても困る事になるのだ。ジャスミンの反応は当然といえば当然なのことだろう。
ましてや、魔物かもしれないとなると商人のジャスミンでは荷が重いはず。
まぁオレ達にも荷は重いけど、ジャスミンの手前そんなことは口が裂けても言える筈ない。
一応腐ってもこちらは『勇者様ご一行』なのだから、余計にな。
「(ジャスミンには剣の動力源の話で色々世話になってるし、それにこれからも酒場で食事することを考えたら、ジャスミンを助けるのはメリットが大きいよな? メシも食えなくなるし、何よりオレ達は依頼を受けるのは初めてだし、たぶんこれは初めてなんだから『チュートリアル』のように優しいはずだもん。オマケに報酬までもらえるなんて、これは……これは受ける以外の選択肢はないだろう!!)」
オレは色々と考えた結果、ジャスミンの依頼を受けようと椅子から立ち上がった。
「ああ、いいぜ! 他ならぬジャスミンの頼みだしな! オマエには色々と世話になってるから、これくらいの依頼はお安い御用だぜ♪」
オレはジャスミンの不安そうな顔を吹き飛ばすように、わざと明るく言葉を口にした。
「お兄さん…………。依頼を引き受けてくれて、ほんとにありがとうね♪」
ジャスミンは依頼を引き受けてくれたのが嬉しいのか、オレの両手を手に取ると自らの手で大切そうに包み込んでくれた。
「じゃ、ジャスミン!?」
いきなり手を取られたことにも驚いたが、優しく握られたことには更に驚いてしまう。
それほどまでに依頼を引き受けてくれたのが嬉しいのだろう。
「…………」
「…………」
オレとジャスミンは手を握り合ったまま、見つめ合ってしまう。
「(もしかしたらこのまま……ジャスミンとキッスを……)」
「「「こほんっ」」」
そんな二人の雰囲気を壊すかのように、傍にいた天音達がワザとらしい咳きをして邪魔をする。
「あっいや……ははっ。こ、これはその……」
「あはははっ……」
邪魔をされたオレとジャスミンは誤魔化すかのように、笑い視線から逃れようとする。
「もきゅ~っ?」
もきゅ子は「どうかしたの?」っと不思議そうな顔でオレ達を見ていた。
そして雰囲気を変えようと、天音が声をかけてきた。
「こほんっ。んんっ。……で、キミはジャスミンからの依頼を受けることでいいのかな?」
天音は確認する意味でも、オレに依頼を受けるのかと聞いてきた。
「あっ……そ、そういえばみんなで相談せずに、オレ一人で勝手に決めちまったよな!?」
オレは独断で依頼を受けてしまってことに今頃気づいてしまった。
「……まぁワタシ達も、アナタ様が受けずともジャスミンにはお世話になってましたし、引き受けるつもりでしたけどね」
静音さんが補足するように、オレの思ってることをフォローしてくれた。
「(そうだよな。オレ一人じゃないんだもんな。オレ達は仲間なんだ。それにオレはこの物語の主人公でも、『勇者』は天音なんだ。最後に決めるのは、やっぱり天音なんだよなぁ……)」っと反省し、オレはみんなに『一人で決めちまって悪かったな。今後は相談するから許してくれ!』っと謝罪すると、『まったく……』っというような感じで、みんなにはどうにか納得してもらえた。
「それで、その問題の井戸とやらはどこにあるのですかね、ジャスミン?」
静音さんはさっそく、そのおかしな井戸の場所を聞いていた。
「あっ、うん。この宿屋の裏手の方だよ。行けばすぐ分かると思うよ。ボクが言うのも何だけど……お兄さん達気をつけてね! 危ないって思ったら、逃げて来ても大丈夫だからねっ!! 変に遠慮してお兄さん達が怪我でもしちゃったら、ボク……」
オレ達が依頼を引き受けたとはいえ、依頼人のジャスミンは心配してくれている。オレはそんなジャスミンの心配を吹き飛ばすように、こう答えた。
「ははっ。そんな心配そうな顔するなってジャスミン! オレ達だって怪我なんかしたくねぇもん。もし井戸の中から魔物が現われて、オレ達だけで手に負えないようだったら、逃げ帰ってくるから安心しな!! 逃げ足には定評があるんだぜオレは♪ なぁみんなもそうだろ?」
っとワザと明るく振舞い、冗談を言ってみせジャスミンを安心させる。
「はっはっはぁ~っ♪ 私は勇者だからな!! 魔物の1匹や2匹どうってことはないさっ!!」
「お姉様の言うとおりですわ!」
「もきゅもきゅ♪」
どうやら天音と葵ちゃん、それにもきゅ子はやる気満々のようだ。
「……まぁいざとなれば、アナタ様を犠牲にしてでも生き延びてやりますよ♪」
「静音さん……相変わらずオレを犠牲にする気なのかよ!?」
そして静音さんもいつものようにオレを殺る気に満ち溢れているようだった。
そうしてオレ達は宿屋の裏手にあるという、井戸がある場所までやってきた。
「ここがそうなのか?」
街の表側はレンガなどがしっかりと敷き詰められていて、ちゃんと道として整備されているのだが、裏手は普通に野原と言った感じになっていた。
「まぁ畑あるくらいだもんね。それも仕方が無いのかもしれないよな」
宿屋の裏庭は自分の土地を示すかのように木で出来た柵で覆われ、一応隣の家とを区切られている。
「ふむ。どうやらアレが例の井戸らしいな」
天音は庭の真ん中に設置されている井戸を指差しながら、確認をする。
「どうする? 一応いつ戦闘になってもいいように事前に武器、出しておくか?」
オレは井戸の中を調査する前に、もしも魔物だった場合に備えようと提案してみた。そしてみんな頷くように各々の武器を取り出し、戦闘に備える。
天音は札束を、葵ちゃんはハンディカメラを、静音さんはモーニングスターを、そしてオレは右手にゲームのコントローラーを握り締めながらもきゅ子までも抱いていた。
「…………そういえば、もきゅ子置いてくるの忘れてた」
そう、オレはずっともきゅ子を抱きぱっなしだったのだ。
正直この重みに何故か癒やしを感じつつあって、まったくもって違和感がなかったのだ。時折もきゅ子が「もきゅ~♪」と鳴きながらスリスリっと甘えるよう子猫のように顔を擦りつけ、ヤバイくらいにカワイイっと思ってしまうくらいだ!!
だがさすがに戦闘になっては抱いたまま戦えないし、そもそももきゅ子が危険に晒されてしまう。
オレは抱いているもきゅ子を井戸から少し離れている地面に降ろした。
「もきゅ子、危険かもしれないからさ、ここで待ってるんだぞ。いいな?」
「もきゅもきゅ♪」
もきゅ子はまるでオレの言葉を理解したかのように頷くと、チョコンっと愛らしくも大人しく地面に座りオレ達を見守ってくれている。
「よしっと。…………ごめんなみんな!」
オレはもきゅ子を安全なところに避難させ、みんながいる所へ謝りながら集まる。
「なに、別に構わないさ」
「ですわよ、お兄様」
「まぁもきゅ子も大切ですしね」
そう納得してくれてオレも戦闘準備をする。
「……で、井戸の様子はどうなんだ? 声とか光見えたのか?」
オレは離れていた間に何かなかったかと仲間に聞いてみた。
「いえ、特にこれといって変化はありませんでしたね」
隣に居る静音さんが何も変化がなかったことを伝えてくれた。
「うーむ。こんなことは言いたくないのだが、ジャスミンの勘違いなどの可能性もあるからな! まぁでも慎重になるに越した事はないだろう」
「ええ。何もなければ、本当に良いことですしね。ですが、警戒するに越した事はありませんわ!」
天音も葵ちゃんも緊張は緩めていなかった。
「……とりあえず、近づいてみましょうか? 近づいて見なければ、井戸の様子も判りませんしね」
静音さんは近くに行かなければ何も始まらないっと、もう少し歩み寄って調べてみようと提案してきた。
「そうだね。遠くから眺めてても、変化ないもんね」
オレ達はゆっくり一歩一歩、慎重に井戸の方へと近づき歩んで行く。
正直井戸を実際にこの目で見るのは初めてだったが、その大きさにあまり大きくはなかった。人一人がようやく入れるほどの大きさだろうか。
そんなことを思いながら井戸に近づいてみると……
ピカピカ、ピカピカ。
「…………(ませ。)…………(した)」
いきなり井戸から光が溢れ出し、中からは女の人のような声が響き渡ってきた。
「……おいおい、マジかよ。ほんとに光と声みたいなのが聞こえてきやがってるよ」
オレは事前にジャスミンから聞いていたとおりだったのであまり驚かなかったが、天音と葵ちゃんは違っていた。
「わぁっ!? び、ビックリしたぁ~っ!! ジャスミンの言っていたことは本当だったのか!?」
「何なんですのコレは一体っ!? 光に女の人のような声が聞こえてきましたわ!?」
天音も葵ちゃんもいきなりの光と声に驚きを隠せず、井戸から離れてしまう。
「……どうやらこれは、本当に何かいるようですね」
だが、静音さんだけは冷静に状況を分析していた。
そしてオレは静音さんの隣に行くとアドバイスを受けることにした。
「静音さんどうする? マジで魔物なのかな? オレ達だけでやれんのかな?」
天音も葵ちゃんも怖がって近づいて来ない。いや、それどころかもきゅ子の後ろの隠れるように怖がっていた。正直アレでは使い物にはならいないだろう。
「そうですね。とりあえずもう少し近づいてみませんと……」
っと静音さんはオレを盾にするよように「さっさと井戸の中を調べやがれ!」と背中を押しまくってきていた。
「うおっ、っとと!? 静音さん、そんな押さないでよ!? ……ってかこのまま井戸に突き落とす気じゃないだろうな!?」
「…………ちっ」
オレは半分冗談のつもりで「もしかして井戸に落とすの?」っと聞いたのだが、静音さん本人は「マジかよ……。何で気づきやがっただよコイツ!?」というような顔をして、舌打ちをすると背中を押すのを止めてくれた。
「(静音さん、マジでオレを突き落とす気だったのかよ!? 怖すぎんだろうがっ!!)」
オレは静音さんに抗議したかったが、何だかまた背中を押される口実になりそうなので止めておく。
ピカピカ、ピカピカ。
「(いら)…………(ませ。)(あり)…………(した)」
再び井戸の中から、光と声が聞こえてきた。先ほどよりも近づいたせいか、より多くの声が聞こえてくる。
「日本語? 日本人の女性の声なのか? ……あっいや、ジャスミンやアリッサも日本語喋ってたよな」
井戸の中から漏れている声は、女性の日本語に聞こえた気がした。まぁこの世界の人も何故か日本語を話してるから日本人とは限らないだろうが。
そしてオレは勇気を振り絞り、その絞りたての勇気でその光と声の正体を突き止めるべく、そっと井戸の中を覗いて見る事にした。
「…………ごめん。何でこんなもんが井戸の中に入ってんだよ……」
すると井戸の奥底には、誰もが想像を絶するモノがあったのだ。
そのモノとは…………
ピカピカ、ピカピカ。
「いらっしゃいませ。ありがとうございました」
「…………」
そう、みなさんこの音声と姿を見ればもう正体は分かっただろう?
なんと井戸から漏れる光と声の正体は、コンビニや銀行などで重宝されている現金自動預け払い機の光と声だったのだ。
「(おい作者っ!! 誰がこんなもん井戸の中に入ってるって予想できるんだよ!? ……ってか機械を水の中に入れるんじゃねぇよっ!! 馬鹿かよ!? 意味分かんねぇよっ!!)」
オレは居もしない作者にツッコミを入れながら、絶対にこれの正体を知っていたあの人へと詰め寄る。
「静音さん!! アンタぜってぇ井戸の中のATMの正体知ってただろう!?」
「あっ、はい。知ってましたけど。えっと、その……それが何か?」
っと、相も変わらずにしれっと言いやがるクソメイドに怒りを覚えつつ、更に詰め寄った。
「いやいや、正体知ってたなら話そうよ!! 何で言わなかったのさ!!」
オレは怒りに満ちて静音さんに何で言ってくれなかったのか問うたのだが、当の静音さんはというと……、
「へっ? ああ……アナタ様から『正体は何?』とかって聞かれませんでしたし。それにこれは依頼のチュートリアルも兼ねてましたので、必然だったから言いませんでしたよ☆(*・ω<)ヾてへりっ」
静音さんはそう開き直ると頭をぽん♪ っと軽く叩き、可愛さアピールをしていた。
あざとさと可愛さを兼ね備えたクソメイド、略して『あざかわメイド』を可愛いなぁチクショーめっ!! っと思いつつ、お話は第127話へとつづく