第121話 これがほんとの異世界メシの神髄《しんずい》!!その1
「は~い♪ お待ちかねのパンを持って来たよ♪」
厨房からジャスミンが皿に乗せたパンを5つ持ってきてくれた。それも器用にも5皿まとめて、両手に乗せ歩いてくる姿に感心してしまう。
「おっほぉ~っ!! これでようやく腹が満たせるな♪」
「あら? パンは1人1つだけですの?」
天音は喜び、葵ちゃんは1つしか配られないことにややご不満の様子。
「ご、ごめんね。前もってお客さんが来ることが分かってれば、もっと焼いておけたんだけど……普段昼間にはあんまり人来なくて、ね」
っとジャスミンは葵ちゃんの言葉を気にして、歯切れ悪く済まなそうに謝ると天音と葵ちゃんの前にパンを置いた。
「はい。お兄さんもどうぞ♪」
ジャスミンがオレの目の前にパンを置いてくれた。するとオレはそこで尽かさず、ジャスミンにあることをお願いした。
「あ~その……な、ジャスミン。こんなこと言ったらわりぃんだけどさ、……塩か胡椒ねぇかな? このスープ……オレには味が薄いんだわ」
オレはそれとな~く、ジャスミンにそう伝える。
本来なら醤油か味噌を頼みたいところなんだが、この世界はどこをどう見ても『西洋』がモチーフとされた世界観なのだ。しかも何百年単位も古い時代を参考にしているんだと思う。
そんなところに醤油や味噌があるわけがないと思い、無難な『塩』と『胡椒』を頼んだのだ。
「(確証はねぇけどさ、電気も電話もねぇんだもん。少なくとも近代西洋ではないよな? 時代を知れる何かしらヒントでもあればいいんだけど、それもなさそうだし年代が予測できねぇもん)」
「えぇっ!? スープの味、薄かったの!? ご、ごめんなさいお兄さん!! 胡椒は……ちょ、ちょっとごめんなさいだけど、今塩持って来るからね!!」
ジャスミンは慌てて厨房に戻り、塩を取りに行ってしまう。
「(胡椒はごめんなさい? 何で胡椒に頼むと謝られるんだ?)」
そんなジャスミンの言葉に疑問を思っていると、正面にいる天音から声をかけられてしまう。
「なんだキミは、このスープの味が薄いっていうのか? 私にはちょうどよい味だがな。しかも寄りにも寄って『胡椒』を要求するだなんて、キミはどうかしているのか?」
「はっ? え~っと、……何が???」
オレは何故天音から『胡椒』で怒られているのか、よく分からなかった。だが補足するように、隣にいる葵ちゃんが説明してくれる。
「お兄さま。胡椒は超が付く高級品ですのよ」
「えっ??? こ、胡椒が超高級品???」
聞けば胡椒とはこの辺では収穫できず、遠くの国に行かなければ入手できないらしい。
しかもこの世界では、既にこの街しか残っていないのだ。もう入手ができないため、その価格は天井知らずとの話。
「……マジかよ。ち、ちなみに胡椒って今いくらぐらいするものなんだ? ここの支払いくらいなのか?」
自分で言ってて「そういえばジャスミンに食事代を聞いていなかった」ことに今頃気付いたのだが、どんなに高くても宿屋代と同じくらいの25シルバーだろうと高をくくり、胡椒もそれくらいなのかと聞いてみた。
「はぁ~……そんなわけないだろう」
天音はため息をつきながら、否定する。
「だ、だよな! いくら胡椒が高くてこのも食事代よりも高いわけがな……」
「今はこの食事の100回分以上は軽くするはずだぞ」
「……くもなかったぁ~!?!?!? うへっそんなバカ高いのかよっ!?」
どうやらオレの予想を軽々と超えてしまうほど、胡椒は超高級品らしい。
「(100回分以上って!? 胡椒ってそんなレアアイテム的存在なのかよ!?)」
オレは天音達に担がれてる(=からかわれている)と思い、もう1度聞き直すことにしたのだが、
「今の話さ……じょ、冗談だよな?」
「うん? 冗談ではないぞ。もしかするともっと価格が上がっているかもしれんしな!」
天音は真顔でそう言うと、胡椒の話に興味を無くしたのかパンを食べ始めた。
「お兄さん待たせちゃってごめんね! 塩持って来たよ!!」
「あ、ああ……わりぃな」
っとそこへ、タイミングよくもジャスミンが塩を持って来てくれた。先程の胡椒の話に驚き、生返事をして受け答える。
「はい、パッパッっと。どうぞ召し上がれ♪」
「へっ?」
あろうことかジャスミンは指先に摘んでいた1粒2粒の塩をオレのスープの上から入れてくれたのだ。
「え、え~っと……」
オレはその塩の量の少なさに驚きを隠せない。対するジャスミンはというと「うにゃ? 何で食べないのお兄さん?」っと不安そうな表情でオレを見ていた。
何だかその視線が居た堪れなくなり、スプーンでスープを一口分だけすくい口に含んだ。
「…………う、美味いよジャスミン。あ、ありがとう……」
オレはジャスミンの手前顔を引き攣らせながら、感謝の言葉を口にした。
「そう? 良かったぁ~♪」
不安そうだったのが嘘のように笑顔を見せてくれるジャスミン。
「(こんな笑顔のジャスミンに言えるわけねぇよ!! まだ味が薄いからマズイよなんてさぁ……)」
オレはスープのマズさを誤魔化すため、パンに手を伸ばした。「まぁ例えスープがまずくてもさ、パンなら大丈夫だよね?」……っと思い込んでいた数秒前のオレがそこにはいた。
なんでこんな表現をしているかというと、パンを握った右手の感触は「かったっ!? これほんとにパンなのかよ? 岩とかじゃなくて?」だったからだ。
グッ。握ってる右手に力を入れても、まったくパンの形を変えることができない。それほどに握っているパンは硬かったのだ。
「こ、こんなの食べるのかよ……」っと思い、再び周りにいるヒロイン達に目を向けた。
ブッ……チッ! 見れば天音がパンに食らいつき、まるで固い干し肉を噛み千切る、いやゴムを千切るような音を立てて食べていた。それはとてもパンが千切れる音ではないと感じてしまう。
「もむもむもむ……ごくんっ。ふぅ~ジャスミンのヤツめ、これはおごったな! このように軟らかくて美味いパンを店で出しているとはなっ!!」
天音は口に入れたパンを何度も咀嚼するとようやく飲み込み、そう言葉を発した。
「ですわね。このパンはあまり固くないようですし、きっと数日前に焼いたものなのですわよ」
天音同様に葵ちゃんも何食わぬ顔でパンに食らいつくともにゅもにゅっと、音を立てながら硬いパンを食べていた。
「…………」
(えええええっ!? 何でコイツら普通にパンに食らいついていやがるんだよ!?!? 硬くねぇのかよ!? しかもこれでやわらけぇってなんだよ!? それに数日前のなのかよ!? そりゃ……硬いに決まってるよ。もはやこのパンは武器だぜ武器。パンde鈍器のようなものだわ)
そのパンがほんとに『鈍器』かどうか確かめるように叩いてみたのだがコンコンコン、コ~ンコン♪ ……っと、まるで歌うかのようにドアをノックするような音が返ってきたのだ。
「…………」
(オレさ……そんなに回数叩いてねぇんだぞ。…………なにこれ? 中に妖精でも生息していらっしゃるの? あと何で、どこぞのディスカウントショップみたいなリズムで反響してんだよ)
そんな反響音を不思議に思い、食べてる最中の葵ちゃんを見てみると、いつまでも「もにゅもにゅ」っと音を立てている咀嚼を止めようとしない。……いやそれどころか、葵ちゃんは飲み込む素振りすらみせない。
「(……きっと飲み込めないんだよな……葵ちゃんもさ。これ飲み込むのに喉の力要りそうだもんね)」
そう思いながら、葵ちゃんに聞いてみた。
「葵ちゃん……このパン硬くねぇの? 見てると何か、すっげえ食べづらそうなんだけどさ」
「ほにいさま、ふぁんですの? ふぇつにふぁべづらいこてゃわふぁりませずわ」
※訳:お兄様、何ですの? 別に食べづらくはありませんですわ
「……いや、何言ってるか全然分かんねぇし。もう喋れてねぇじゃねぇかよ……」
オレは呆れながらに「これアニメ化したら声優さん大変だろうなぁ……」っと思ってしまうだけだった。
「もにゅもにゅ……ごくんっ! は、はぁ~。も~うお兄様!! お口に食べ物が入ってる時に話しかけないでくださいませ!」
そう葵ちゃんから食事中のマナー違反を注意されてしまう。
「(いや、なら口にモノが入ったまま喋るのはマナー違反じゃねぇのかよ? 自分だけ棚上げすんじゃねぇよ……)」とは一応義理の妹(予定)なので、あえては言わない。そして気を取り直したように、今度は口にパンを入れず葵ちゃんが質問を聞き返してきた。
「それでなんですのお兄様?」
「あっ、いやパン……硬くない? って聞いただけなんだけどさ。……このパンすっげぇ硬いよね?」
改めて葵ちゃんに質問をしてみることにした。
「ふぇそうですの? これはまだ数日前のですから、やわらかい方ですわよ。もにゅもにゅ……ふぉ~ら、こんなに♪」
葵ちゃんはブッチっとパンを引き千切ると、再び口いっぱいに頬張りリスかハムスターのように頬を膨らませ、オレにパンのやわらかさをアピールしてくれる。
「そ、そうなんだ……と、とてもやわらかそうだね」
オレができる受け答えはそれだけだった。だが心の中では、「だから全然やわらかそうに見えねぇんだよ!! またそうやって、ずーっと咀嚼してからようやく飲み込むんだろ? それのどこがやわらかいパンなんだよ……」っと思ってしまう。
「あれーっ? お兄さんパン食べないの? もしかして……嫌いなの?」
そうして握ったパンを食べるか食べないかで迷っているタイミングで、ジャスミンが声をかけてきた。さすがのオレでも「こんなクッソ硬いパン食えねぇよ!!」とは言えない。例え心の中でそう思っていても言えるはずがない。だってさ……オレはそう思いながら、そっとジャスミンに目を向けた。
「うるうる(ちらっ)うるうる(ちらっ)」
ジャスミンは今にも泣き出しそうな顔でオレを、そして握られたパンを交互に見ていたのだ。
「(言えるわけねぇよ!! そんなこと言ったらジャスミン泣いちまうもんよぉ~っ!! どうする? どうすればいいんだ?)」
『ジャスミンになんと答えますか? 以下よりお選びください』
『こんな硬いパンなんか食べれねぇよ』ジャスミンを泣かせる
『これ観賞用なんだろ?』はっ?
『オレさ、コレ持って魔王倒すための旅に出るわ!』パンを武器として装備できるようになりますよ♪
「…………」
(ほんとクソ選択肢しか出ねぇのかよ。大体観賞用のパンって何だよ? 絵描き御用達でもねぇのかよ!! しかも説明補足に『はっ?』は、ねぇだろ『はっ?』ってのは!! もう説明の体を成していないよね? あとさ……3つ目の選択肢。確かにこのパン硬いよ。そりゃ~将来は、鈍器のように武器的ポジションを得られるかもしんないよ。でも……でもな、肝心要その魔王(静音さん)がオレの隣にいやがるんだよ!! 何気にオレが3つ目の選択肢に目を向けると、隣から『ジャラリッ』ってモーニングスターの鎖の音がすんだぜ! そんなの選べるわけねぇだろうがっ!! そもそもこのクッソ硬いパンでどうやって攻撃すんだよ!? あれか? 口に突っ込んで相手窒息させるとかそんな効果があるってのか?)
そうしてオレは無駄な選択肢と補足説明を無視するかのように、この場を誤魔化すため出来うる限りの言葉を並べ立てることにした。
「いや、な。……う、美味そうなパンだなぁ~って見てたんだよ。それにほら、ひ、1つしかパンねぇだろ? だからさ、大事に食べようと思って……それで食べ倦ねてたんだよ」
正直自分でも何を言ってるか分からなかったが、口から出たのがそれだった。
「(お、オレにこれ以上の嘘の言葉を求めるな! オレには無理だよ。無理むりムリっっ!! そんな芸達者でもねぇし、上手い事言ってかわす知識もねぇんだよ!!)」
オレの心の叫びが届いたのか、泣きそうになっていたのが嘘のようにジャスミンは笑顔になり、
「あ~っ、そうだったんだぁ~っ!! ごめんねお兄さん。パン……1人1つしかなくて……」
どうやら誤魔化すことに成功したようだった……。
第122話へつづく
※倦ねる=食べることを躊躇する
※硬い=パンの固さを岩などとかけている。比喩的表現で誤字ではない。
※おごった=奢り高ぶり良い格好をする。この場合ジャスミンは普段口にするパンではなく、良いパンを出した意味になる。