第114話 これが茶番の極み!!
「ダン、ダン♪ ダンダン♪ ダン、ダン♪ ダンダン♪」
「…………」
オレの目の前にいたはずの静音さんが正体を明かし、魔王の姿であらわれた。しかも何気に静音さん自らボス戦みたいなBGMを口ずさんで、だ。「これもアニメ化した際の経費削減の一環なんだろうなぁ~」と静音さんが魔王だった驚きよりも、そっちの方に気がいってしまうイケない子。
「うん? どうしたんだキミ? 早く来ないか……って魔王が何故ここにいるのだ!?」
「そ、そんな! 魔王が単身1人で攻めて来るなんて……単身赴任でこの街に攻め入ってきたのですか!?」
前を歩いていた天音が逸早く異変を察知し、走ってオレの隣に、つまりは魔王の目の前まで来た。さすがの葵ちゃんも魔王の姿を見て動揺を隠せない様子。……いや、こんな状況下でもいつもの天然ボケだけは健在だったわ。
「もきゅ~?」
ただ一匹、もきゅ子だけは「何が?」っという表情を浮かべ首を傾げていた。それはまるで魔王の正体を知っているかのように落ち着いていた。
「(まぁ見た目は魔王っぽいけど、まんま静音さんだもんな! もきゅ子が正体に気付いてもおかしくねぇよ。むしろこんなことに気付けない、天音と葵ちゃんの将来が心配になってくるわ!)」
「くくくっ。勇者よ、ワタシの姿を見て驚いているのか? ワタシはこの世界の魔王『アイギス』だ! かぁ~っはっ、はっ、はっ、はっ、は~っ」
魔王はそう名乗り上げると高笑いしだした。何気に腹式呼吸を意識しているのか、とても良い発音で笑い声を区切りまくってやがる。
そしてただ魔王が笑っている。それだけの事なのに、オレ達は一歩も動けなくなってしまう。いきなり目の前に魔王があらわれたプレッシャーもあるだろうが、もしかすると魔王の体から出ている闇のようなオーラが関係しているのかもしれない。
だが天音はそのプレッシャーに耐え忍び、まるで激流に逆らうように前にいるオレのことを押しのけると、こう宣言した。
「ぐっ!? わ、私は『勇者』なんだぞ! いきなり『魔王』が現れたら、そんなの驚くに決まってるじゃないかっ! 今後はちゃんと面会予約を取ってからちゃんと登場したまえっ!!」
「…………」
(ごめん天音さん。ここ笑わせるところじゃないんだよ。何その開き直り方? しかも何で逆ギレっなんすかね? そもそも相手魔王なんだから、事前にアポとか取るわけねぇだろうがっ!!)
「くくくっ。この愚か者がっ! 魔王がアポなど取るものかっ!! ……だが、勇者が言うことにも一理あるな。では、オマエ達の前にいきなり現れたことは謝ろう。……ごめんなさい(ぺこり)」
そう言うと魔王は丁寧にお辞儀をして、オレ達に頭を下げ謝罪をした。
「う、うむ。魔王なのに意外と礼儀正しいヤツなのだな……」
勇者である天音もさすがにいきなり謝られてしまっては、戸惑いを隠し切れない様子。
「…………」
傍にいたオレは、まるでコントを見ているような錯覚に陥ってしまい、頭痛と眩暈がしてよろけてしまう。そして右手で目と額を隠すような中二病っぽい動作で誤魔化すが、内心この茶番に心底呆れ果ててしまったのだ。
「あ、あなたの目的はなんですの!?」
今度は葵ちゃんが意を決して前に出て、そう魔王に問いただす。
「目的だと? そんなものは決まっているだろうがっ! この世界を支配するため、お前達勇者一行を殺しに来たのだ!!」
「…………」
(魔王なのに、こっちの質問にあっさりと答えちゃったよ。いいのかよ、そんなので?)
「この世界を支配するだと!? 私が……この勇者天音がそんなことは決してさせないからな!! そもそもこんな大事な時に、静音のヤツは一体どこに行っているのだ!?」
「(いやいや、その静音さんが『魔王』なんだよ、天音さんや!! いいかげんそれに気付いてくれよ!!)」
確かに目の前の魔王は髪の色とか服装は変わっていたが、声は静音さんそのものだったのだ。人ではないもきゅ子ですら魔王の正体に気付いているのに、このバカ双子姉妹共ときたら……。
「おい静音、いたら返事をしろっ! 静音っ!!」
「(いや、天音。そんなので釣られるわけ……)」
「返事をしたら、金をくれてやるぞっ!!」
「あっはい! ……あっ」
「(おいぃぃぃ~っ!? 今普通に静音さん素で返事しやがったぞ、この魔王が!? しかも何気に『(返事をして)しまった!』って表情しながら可愛らしく右手を口に当てて、ワザとらしく可愛さアピールしやがるなよ!?)」
金の魔力に負けたのか、静音さんこと魔王は天音の問いかけに答えてしまったのだ。だが、天音は愚か葵ちゃんまでその返事にすら気付いた素振りはなかった。
「もきゅ~?」
葵ちゃんが前に出るため、抱きかかえていたもきゅ子を下ろしたのだろう。もきゅ子は「何この茶番?」と言った感じに、オレのズボンの裾を掴んでいた。
「(もきゅ子、オマエの言いたいことは理解できるよ。オレだって同じ気持ちなんだもん)」
そんなオレ達をお構いなしに、物語はどんどん進んでいく。
「くくくっ。はあぁ~っはははははっ。ごほっごほっ。……ゆ、勇者達よ。少しだけ待つがいい! い、今息整えるから……」
無理な笑いな為か、魔王は笑いの途中で咳き込んでしまう。そして何気に魔王から勇者であるオレ達へと『待った宣言』までしてきやがった。
「うむ。待ってやるからちゃんと息を整えててから、間違わず言葉を言うのだぞ!」
「これは勇者なりの慈悲なのだろうか? はたまたアニメ化した際の声優さんへの配慮?」そんな無粋なことを思ってしまう俺がいた。
「す、すみません……」っと魔王は一言断わりを入れると、スカートのポケットからペットボトルを取り出し、中の水を一口飲むとこう言い放った。
「はーっははははっ。甘い、甘いぞ勇者一行よっ!! いくら言葉途中で、咳き込み『待て!』と言われてバカ正直に待つとはな!! それでは礼にオマエ達を倒してくれるわっ!!」
「何ぃ~っ!? それは『お礼』には当てはまらないではないのか!?」
「そ、そんな……ワタクシ達を倒すだなんて!? 魔王ならまず最初に勇者一行を倒すのが筋ではありませんの!! 何故魔王である貴方はワタクシ達を狙うのですか!?」
「き、きゅ~っ?」
「(天音、ここは正論を言う場でもねぇよ。あと葵ちゃんさ……オレ達がその勇者一行なんだぜ! もしかして設定すら忘れてやがるのか? ……ってかオマエら真面目にやれや、コラッ!! まともなのはオレともきゅ子だけなのかよ!?)」
もうこの場がカオス化していたが、もう少しだけこの茶番は続くようだ。
「ならオマエ達には痛みを感じる暇も与えぬまま、灰にしてくれようぞ!!」
そう言うと魔王は右手に持っていた本のような物を掲げた。すると頭上に大きな火の玉が出現し、次第に大きくなっていった。
「あ、あれは……火の玉なのか!? まるで線香花火のようだ……」
「(ごめん。だからさ、天音さん。その表現のなさは、どうにかできないわけ? しかも線香花火ってあなた……あっいや、今から火の玉が落ちてくるからそんな表現をしたのか?)」
「あ、あんなモノを受けたらワタクシ達……一瞬で灰になってしまいますわよ!?」
「もきゅもきゅ♪」
葵ちゃんは殺されることに恐れ戦いていたが、もきゅ子は何やら楽しそうにしていた。
「(もきゅ子。ついにオマエまでもか……)」
そんな「線香花火、下から見上げてるの? そしてその後、灰になっちゃうの?」などと最先端のトレンドを突っ走るオレ達だったのだが、そのときタイミングよくぷるるる~♪ ぷるるる~♪ っと電話の着信音が鳴ったのだった。
「(えっ? 何でこのタイミングで??? ま、まさか……このパッ・ティーン(パターンの最上級系)は!?)」
オレがそう勘繰ったのも束の間、
「はーい、もしもし静音ですけどぉ~……」
あろうことか目の前にいる魔王がどこから取り出したのか、スマホ片手に電話に出てしまったのだ。
「(おい、何このシリアスな場面で電話に出てやがるんだよ!? しかも今まで散々『魔王』で通してたのに、ご丁寧にも電話口で『静音』って、しっかりと名乗っちゃってるしさぁっ!! もう隠す気ねぇだろうクソメイドが!!)」
そんなツッコミ真っ盛りのオレを無視するかのように、魔王こと静音さんは通話を続けている。
「ええ……はい。あ~……そうでしたか。はい、はい。分かりました。そのように致しますので……」
どうやら短い電話が終わったようだ。
「(相手はきっと……例の如く作者からの電話なんだろうなぁ~)」
オレの心の声に同調するように、魔王が補足説明してくれる。
「くくくっ。どうやらとんだ邪魔が入ってしまい、もう時間のようだな!!あーあれはなんだぁー?」
いきなり間抜けな声で魔王は空を指差し、オレ達の注意を背けようとしていた。
「(いや、今時誰がそんなのに引っ掛かるんだよ……)」
そうオレは思ったのだが……、
「何!? 何かあったのか!? ドラゴンでも飛んでいるのか!?」
「な、なんですの? 食べ物ですの!? お肉なんですの!?」
「きゅ~?」
目の前にいる三馬鹿共はそれに釣られ、魔王が指差した方角を見ていた。だがオレはそんなのには引っ掛からず、じ~っと魔王から目を逸らさない。
「(いやいや、アナタ様。アナタ様も天音お嬢様達と一緒にアホ面下げながら、あっち向いててくださいよ! そんなに見られていたら、着替えられないじゃないですか!! あっち見ないと、またモーニングスターでぶち回しますよ!!)」
などと静音さんこと魔王に武力で脅されてしまい、結局はオレも天音達同様アホ面を下げながら明後日の方向を向くことに。
「ほげらぁ~」
「見られていたら着替えられない??? じゃあ、さっきはどうやって着替えたんだよ?」などと無粋なことは思っても口にせず、オレはアホな子のようにお口をアングリと開け放ち、静音さんが着替えを終えるのをただ待つことしかできなかった。
着替えを覗きたい気持ちを抑えつつ、第115話へつづく