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恋愛ホリック  作者: 葉月希与
第二章 小さな異変
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2

 十二月十七日、火曜日。

 嫌な予感がする……。今日は朝からそんな風なことを感じた。

 別によくあるような予兆があったわけではない。ただ何となく、そんな感じがしたのだ。

 だが、だからと言って何があるわけでもないだろう。普通に生きていればそれなりに嫌な雰囲気がすることだってたぶんあるはずなのだ。きっとそうだろう。と、自分に言い聞かせながら俺は学校へと向かう。

「よっ、晃仁」

 通学路を歩いていると同級生で、中学からの知り合いの梶沼が声を掛けてきた。

「あぁ、梶沼か」

「なんだよ、その反応……、ノリわりぃな」

 梶沼は少し不機嫌な表情になる。

「悪い、少し考え事してたから」

「へぇ、美樹と喧嘩でもしたのか?」

 なんだそのさも珍しいと言わんばかりの相づちは。俺だって考え事の一つや二つすることだってあるんだぞ……たまにだけど。

 それよりも、だ。

「なんでそうなるんだよ」

「へへへ、いや、いつもお前ら一緒にいるのに今日は一人だからさ」

 なるほど、男子高校生ならではの悪ふざけというやつか。

「俺だって一人で登校することだってあるぞ」

「そうか? 少なくとも今までそんなの見た覚えないけどな」

 梶沼は少しからかうように言う。

「確かに滅多にないかもな。でも、今日はそういう日なんだよ」

「なるほどな。喧嘩したわけじゃないんだな」

「当たり前だ。だいたい、俺があいつに勝てるわけないだろ」

 まったく、こいつは俺と美樹の関係をどう思っているんだ? 夫婦漫才コンビかなにかとでも思っているのか?

「実際、そんなとこじゃねぇか」

 梶沼は相変わらずからかうように言う。

 俺は否定の意味を込めて顔を顰める。まったくもって失礼である。俺と美樹がなんて考えられるはずがないだろう。いや、ここまで否定するのもどうかと思うが、少なくとも俺と美樹は幼馴染であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。

「そうブスッとすんなよ。仲がいいってことでいいじゃねぇか」

「そりゃそうだろうが、変な勘違いをされるのがいやなんだよ」

「ははは、わりぃわりぃ」

 絶対悪いと思ってないだろ。ま、別にいいのだけど……ん?

 校門を通過する瞬間、何か幕のようなものを通り抜けた感覚がした。振り返って確認してみるも、そこにあるのは普段どおり、たくさんの学生が通っており、幕のようなものは一切見えなかった。

「どうした?」

 見ると、梶沼が不思議そうにこちらを見てきている。

「なぁ、今、幕みたいなの無かったよな?」

「はぁ? 何言ってんだ? そんなものあるわけないだろ」

「……そうだよな。あるわけないよな」

 自分に言い聞かせるようにそう言って俺たちは昇降口へと入っていった。


 校門での違和感を引きずりながらも教室への廊下を歩いていく。歩を進めるたびに何故か違和感は払拭されていった。別に不吉な感じがしたわけではない。そんな気持ちが膨れ上がっていったのだ。だからと言って安心できるわけでもないのだが……。

 そんな風に考えているうちに教室の扉を開ける。すると視線は俺の席の後方にいる美樹へと向かった。どうやら先に来ていたようだ。

「……先に来てたんだな」

 俺は自分の席に鞄を置くと、後方の美樹に話しかけた。

「……陰と陽との調和のもと……」

 美樹は机に一枚の短冊状の紙を置き、その上に小さな御守の袋のような巾着袋を置いて、何かをブツブツと呟いている。短冊状の紙には『護』と上部に書いてある以外は何が書いてあるのか読み取れないような模様が書いてあることから、何かの呪文だろう。

「……護り賜え」

 そう言うと、美樹は閉じていた目を開くと、短冊を丁寧に畳み、それを巾着袋に入れた。

「……封せよ」

 巾着の口を縛るとそう小さく言い、空で小さい五方星を切る。

「……」

 俺は呆然とそれを眺めていた。完全に言葉を失っていた。美樹がこういうことをすることは知っている。いや、彼女には事実そういう力があるわけだが、教室で、しかも多くの生徒の目がある場所でそういうことをすることに驚いていたのだ。昔は何度か見た光景だが最近は彼女自身、自粛していた。理由はよく解らない。

「あ……、晃仁来てたんだ」

 そう言った美樹の表情には、少し疲労のようなものが見えたものの、それと同時に安堵のような不安が晴れたというようなそんなものも見えた気がした。

「久しぶりだな。お前が学校で御守を作るなんて」

「……うん。まぁね」

「……なんか大分疲れてるように見えるけど大丈夫か?」

「え? あぁ、うん。大丈夫。ちょっと力使い過ぎただけだから。午前中の授業で居眠りすれば治るから」

 美樹はふざけるようにケラケラと笑う。だが、そこには確実な疲労の色が見える。まったく大丈夫には見えない。

「あぁ、そうだ。これ、晃仁に」

 美樹はそう言ってさっきの御守を俺へと差し出す。

「え? 俺に?」

「うん。気休めにしかならないかもだけど」

「え?」

 いつもと違う美樹の気弱な発言に少しキョトンとしてしまう。

「な、何よ、その鳩が豆鉄砲を見たような顔は」

 どんな顔だよ。まぁ、驚いた表情になっていたのかもしれないけど……。

「いや、なんかお前にしては弱気な発言だなぁって」

「そう? 私だって自信が無い時だってあるわよ」

 美樹は少しムッとした表情をする。

「そうなのか? いっつもお前自信たっぷりだったりするから信じらんないな」

 俺は冗談めかすように言う。

「えー。晃仁の中の私ってどんな子なのよ」

「そうだなぁ。自分に自信を持ってて、何をするにも積極的で、逆にそういうところが頼りになったりする、やつかな」

 少し大げさに言いはしたが、真実には違いない。しかも、霊的な、ファンタジーのようなことに関しては俺よりも知識は多い上に、比較的冷静に判断することができる。という部分はかなり頼りになると言えるだろう。だが、その一方で、猪突猛進的な部分もあり、そう言ったことによって振り回されることもある。まぁ、それについてはさすがに言うまい。

「なにそれ……。私ってそんな子じゃないと思うけどなぁ」

「そうか? 少なくとも俺はそう思っているし、お前のそういうとこは気に入っていたりするけどな」

「……そう、ありがとう。とにかく、それは失くしたりしないように気をつけてね」

「あ、あぁ」

 美樹はそう言うと机の上に一時限目の教科書一式を取り出した。それで話が終わりだというふうに。

「……」

 俺は数秒ほどその切り替えに唖然としてしまうものの、予鈴が鳴ったこともあり自分の机へと向き直る。そして、美樹からもらった御守を鞄の中へと押し込んだ。


 四時限目の終了を告げるチャイムが鳴り響く。瞬間、教室中をざわめきが包み込み、生徒達は思い思いに昼食の時間を過ごすために席を立ち始める。

「じゃぁ、俺、購買でパン買ってくるけど何がいい?」

 俺は鞄から財布を取り出し、美樹に向かって尋ねる。

「待って、私も行く」

 美樹はそう言って鞄から財布を出して立ち上がった。

「……っ」

 美樹が立ち上がり一歩踏み出した瞬間、彼女の体勢が一気に傾き、そのまま床に倒れこんでしまった。

「おい、どうした美樹」

 俺は急いで美樹の傍にしゃがみ込む。美樹の顔は青白く、まるで貧血でも起こしたそれのようだった。

「はぁ……はぁ……」

 美樹は息苦しそうに荒い呼吸を繰り返していて、かなり具合が悪いことが容易に理解できた。俺は少し止まってしまっていた思考をフル回転させ、今取るべき最善の行動を考えた。その結果、美樹を抱き上げて保健室へと疾走することにした。


「疲労から来る症状……って考えた方がいいのかしらね」

 美樹を保健室へと担ぎこんだ後、保険医から言われた言葉だ。

「なんか、曖昧な言い方ですね」

「しょうがないでしょ、もし本当に疲労から来ているものだとしたら何日も徹夜しないといけないはずなのよ。なのに、目元にクマとか無いし、だいぶ納得はいかないんだけどねぇ……」

「はぁ……」

 保険医は本気で納得がいっていないらしく、かなり怪訝そうな表情で俺を見てきている。

「お前は何か知らないのか? 隣同士なんだろ」

「いえ、何にも……。少なくとも昨日は元気だったと思うんですけど」

 それを言うと保険医はさらに怪訝そうな顔になるが「まぁ、いいか」と呟き、机に向き直り、書類にペンを走らせた。

「ほら、いつまでここにいるつもり? 昼飯食べてる時間なくなっちゃうよ」

 保険医は書類に向き合ったままそんなことを言った。

「あ、はい。……あの、美樹は」

「帰らせるわ。こんな状態でここに置いていたって意味は無いでしょうし、私自身もこんな状態の子を看病している余裕がないのよ」

「そう、ですか」

 俺はそのまま保健室を後にした。

 教室へと戻る途中、昨日から今朝にかけての美樹の様子について考えてみた。だが、いくら考えても美樹がこんな風に体調を崩す理由も予兆も解らない。それに美樹は今まで風邪なども含めて体調を崩したことはないはずだ。だが、それは今回初めて崩した。よほど何かがあったのかもしれない。

「あ、晃仁さんっ!」

 俺がそんなことを思案していると廊下の奥から金髪を揺らしながらこちらに駆け寄って呼びかけてくる影があった。

「サユリっ!? なんでお前ここに」

 俺が驚くのも無理のないことだ。現在サユリとユリエの二人は放課後までの日中は部室から外に出ることが出来ないはずだからだ。

「あぁ、それについてなんですけど……。美樹さんに何かありました?」

 サユリは真剣そのものという表情をこちらへと向ける。

 俺は美樹が突然倒れたことと、今保健室へと運んだことを伝えた。するとサユリは「なるほど」と小さく頷き。

「晃仁さん、一時的ではあるのでしょうが、美樹さんの力が弱まっています」

「ん? どういうことだ?」

「まず、私やユリエが日中部室から出ることができないのは、美樹さんによって印を打たれているからです。でも、今この印は限りなく弱くなっていて、ちょっとした力で敗れるほどになっています。なので、今こうしてここにいるんです」

「そうなのか。でも、なんでその印とやらが弱くなったんだ?」

 俺がそれを尋ねるとサユリは少し首を傾げて

「美樹さんの力が弱まったから、なんですけど……。それにしては軟すぎるんですよ」

「軟すぎる……?」

「えぇ、その……、ちょっと障っただけで壊れたんです。いくらなんでもいきなりこんなになるのは可笑しすぎるかなぁって……」

「じゃぁ、やっぱり昨日の夜にでもなんかあったのか?」

「……というと?」

「いや、倒れる前兆っていうのかな? その、今日さっきになっていきなりこれだったからさ、昨日の夜にでも何かあったのかなぁって」

「そうですね。考えられるとしたら昨夜でしょうね。とにかく、学校に応急処置のような結界が張られています。なので、できるだけ早く帰宅してくださいね」

 サユリはこれでもかというほど真剣な表情で見てくる。

「えっと……、それって、アレってことか」

「えぇ、そうです」

 サユリはそう返答すると「では、明日」と挨拶してその場から姿を消した。

 俺は今朝感じた不吉な予感というのがこれのことかと納得しつつ、教室へと戻る。その直後購買で昼飯を買っていないのを思い出すも時既に遅く、昼休みが終わる予鈴が無情にも鳴り響いてしまい、俺は午後の授業を飯抜きという最悪の状態で受けることとなってしまった。


 というわけで、空腹の状態で授業を受けるというのは非常に辛く、新手の拷問ではないかと疑ってしまうほどのものがある。なので、居眠りで時間潰しをしようと試みてみた。しかし、こういう時に限って睡魔というものはやってこない。さらに言えば空腹という状態がより明確に認識されてしまい、余計に空腹になってしまう。つまり、眠れない。なので、空腹というのを紛らわし、睡魔を効率よく呼び寄せるためにこれまでのことを考えてみることにする。

 だがまぁ、考えるといっても、俺が想像しえることなど高が知れている。少なくとも美樹が今朝早く来ていたのは、自分の体調が芳しくないことがわかっていたからかもしれない。それと、サユリが学校に応急処置のような結界が張られていると言っていたことから察するに美樹はこの学校に結界を張るというのも今朝していたのだろう。そしてそれが俺が校門を通る時に感じた幕のようなものだろう。

 また、昨日は特に何があったということはなかったはずだ。あったとしても、それは俺に謎のメールが送られてきたことぐらいで、それが美樹と関係があるとは思えない。だが、一つ言えることは、美樹が幼馴染の俺に何も相談してこないというのがかなり意外で、かなり信じられなかった。

 こういう結論が出せないであろう思考をループさせていると、空腹が少し気にならなくなった。ただ、そのためか睡魔すらもよってこなくなり、俺は思考をループさせたまま放課後へと到達したのだった。

「って……今何時だ?」

 気がつくと教室には誰もおらず、外は完全な暗闇に包まれていた。おそらく五時半は過ぎているだろう。そう思いながら俺は自分のスマホを取り出し、時間を確認した。

「……え?」

 見た瞬間、俺は唖然としてしまう。そこに記されていた時間それは……。

「六時っていくらなんでもおかしいだろ!!」

 誰も居ない空間へと思いっきり叫んでしまう。その声は無情に響くだけで、よりそこに自分ひとりしかいないことを実感させる。

「と、とにかく帰るとしよう」

 俺はそう呟いて鞄を取り立ち上がる。

「ん?」

 ふと、何かの気配を感じた気がした。あたりを見渡してみるもそこにあるのは誰も居ない教室の光景だけで、何かがいる様子はない。

「気のせい、だよな」

 そう思い俺は廊下へと歩き出す。暗がりの廊下はやはり不気味だ。だが、それと同時に少し懐かしいようにも思える。

 半年ほど前の五月、俺は美樹と一緒に学校の怪談を調査するということで、夜の学校の廊下を歩いていたのだ。そこで俺たちが見たのは黒い塊としか表現のしようがないモノで、その後ユリエとサユリに出会うわけだが、その話はここで話すことではない。

 だが、その時とは違い、明らかにこちらに敵意を剥き出しにしたような気配があった。だが、やはり何度見渡しても姿は見えないし、気配もすぐに消えてしまう。

『六時ぐらいまでには帰宅してください』

 突然サユリが発したそんな台詞を思い出す。気付けば時間は既にそれを過ぎている。つまり、この気配もアレというわけだ。


 階段を降り、昇降口から外に出る。さらに、そのまま校門を抜け、通学路へと行く。普段ならそんなに急ぐことのない道のりだが、この時ばかりはそう悠長なことは言っていられず、少し早足程度で、アレに違和感を与えない程度に少し早めの速度を保ちつつ歩いていた。

 そして、校門を通るときに、幕のようなものに触れなかったことを思い出す。どうやら美樹が応急処置として張った結界はとうに消えてしまっているということなのだろう。

 だが、問題はここからだ。学校の敷地内ならそれなりに清浄に保たれているはずなので襲われることはないのだが、こと通学路となると話は別だ。神社や寺の参道ならともかく、普通の一般道は清浄には保たれにくい。そのため、アレは終始万全の態勢ということになる。

「こんなこと考えるのも、久々だな」

 そういえばここ最近滅多に襲われないためにこんなことを考えることはなかった。それだけ美樹の力が強大だということなのか、それとも、アレがたまたま俺以外の餌を見つけていただけなのか。どちらにせよ、今俺は限りなく危険な状態にあるというわけだ。

「……? あれ?」

 ふと、いくら歩いても同じ場所にいるような気がした。それを確かめようと付近の様子を確認する。そして、近くの電柱に貼られた番地名を確認し、そこにペンで小さな点を付ける。

「……」

 そこから再び歩き出す。付近の様子を逐一、小石の一つさえ逃さないとばかりに確認しつつ進む。

「……。はぁ……」

 数分するとさきほど点を付けた電柱が目に入る。付けた点の大きさとその位置、それと書かれている番地名が同じだろうと思えたので、大きめの溜息が出てしまう。どうやら、同じ場所をループしているようだ。確実に。

「ってことは……」

 考えられるのはただ一つ、アレが俺を包み込むように結界のようなものを張り、俺を閉じ込めたということだろう。

「そろそろか」

「えぇー、もうちょっと遊ぼうよ」

「そうよ、折角久しぶりにご馳走を捕まえられたのよ」

「だが、いつまでもこうするわけにはいかないだろう」

「えぇ、大丈夫だよぉ。あの女の子の気配とか全然しないもん」

「そうそう、あの小娘は今いないみたいだし、邪魔をするような奴なんているわけないわ」

 そんな会話が耳に飛び込んできた。一つは野太い感じの男声。さらに、幼げな印象を受ける少年の声、そして、甲高い女声だ。

 これがアレの正体だ。俺は何故かこういう『人ならざるもの(アヤカシ)』という存在に狙われやすい。そしてこいつらに対抗する手段を俺は持ち合わせてはいない。だが、ここで簡単にやられるのは癪に障る。なので、

「おい! 姿を見せろ! 俺が浄化してやる!」

 と、声を振り絞り、挑発してみた。

「あらあら、聞いた? あの子今わたし達を浄化するとか言ったわよ」

「バカらしいな。あいつにそんなことができるとは到底思えん」

「うんうん。いつも、あの女の子の尻に敷かれてるのにねぇ」

 三つの声はそれぞれに嘲ったように言う。特に最後のはカチンと来た。

「誰が敷かれてんだよ! いいから出てこい化け物ども!」

 俺の挑発もさらに怒気がこもる。さすがに尻に敷かれているはないだろう。確かにいつも美樹に助けてはもらっているけど。

「真実のようだな。まったく情けない」

「ホントホントぉ、だからあれだけなら弱っちいんだよぉ」

「ですが、わたしに向かって化物というのは聞き捨てなりませんわ」

 女声がそんなことを言うと場に殺気が満ちた。

「さぁ、わたし達の姿を見てその場に屈するがいいわ」

「ったく、こいつはこれだから」

「しょうがないよぉ、このヒトはこういうのだもん」

 三つの声がそんな事を言っている間に、場に満ちていた殺気は一点、俺の眼前に集束し、黒い煙の塊のようなものを形成していく。

「さて、俺になんとか出来ればいいんだが……」

 その煙の中から幾本もの触手が伸びだし、それに引かれるように下半身が触手の塊で出来、上半身がゴスロリ服姿の女性という異様な物体が現れた。さらに言えば、下半身の触手の塊の中央付近には赤い瞳が二つ光った顔のようなものがついていて、上半身の女性は紅い髪に紫の瞳を湛え、体に一匹の蛇を巻きつかせているという状態だ。

「さぁ、お望み通り出てきてあげましたわ」

 紅い髪の女性がこちらを睨みつけて言う。

 情けない話だが、瞬間、ヤバイと思った。アレの纏っている妖気とか邪気とか言うものは異常で、俺の両足は完全に震えてしまっている。思考さえうまく働かず、どうすればこの状況を脱せるのか、どうすればアレにそれなりの対抗ができるのかなどということは全く考えられなかった。

「あれぇ、あんなに大口叩いてたのに、へっぴり腰になってるー」

 女性に巻きついている蛇が可笑しそうにケラケラと笑いながらそんなことを言ってくる。悔しいかな事実である。

「それに、さっきまで強かった気も大分小さくなっているように感じる」

 触手の塊のようなものからそんな声がする。

「あらあら、折角全てを圧し折って頭を垂れさせるつもりでしたのに。でも……私を化物などと呼んだ罰は受けていただきましょう」

 女性は怪しい笑みを浮かべてこちらを見据える。

 俺は何かできるものはないかと鞄の中をかき回す。すると、指先に小さいものが触れる。

「これは……」

「では、私に平伏し、あなた自身の霊気から何からを全て私に捧げ、その身が朽ちるまで私の下僕として尽くしてからその魂を私に渡すか、この場でグチャグチャになるまで引き裂いてから魂を渡すか、どちらかを選びなさい」

「なんだそれ、どっちにしろ魂を渡すんじゃねぇか!」

 俺はそんなツッコミをしながら鞄から先ほど発見したものを取り出す。それは今朝美樹に渡された御守だ。

「ん? 何かしらその汚らしい袋は」

「ボロボロだぁ」

「そんなものがなんだというのか」

「……え?」

 三つの声に言われてその手に取った御守を見てみる。するとそれは、渡されたのが何年も前のことであるかのように黒ずんだ御守があった。

「なんで……」

「どうやら悪足掻きにすらならなかったようですわね」

 そう言った後、女性は軽く手を前に払うようにすると後方でウヨウヨと蠢いていた触手が一気にこちらへと伸びてくる。

「くっ……」

 俺は思わず御守を握り締めて手で顔を庇うように前に出して目を閉じてしまう。

 ズバッ、バシャッ。

 突然前方で何かが切れるような音が複数した。

「やっと見つけましたよ」

「ホント手間がかかる……」

 そんな二つの声に、俺はゆっくりと目を開ける。するとそこにいたのはユリエとサユリだった。

「お前達、なんで……」

「なんでって、晃仁さんの気配が大分前に消失して、それで探し回ってやっと見つけたから、お助けしてあげようかと……」

「結構ピンチっぽいし」

 そう言うと二人は再び前方へと向き直る。

「新手か……しかも、俺達と似た存在のようだ」

「でもぉ、味方っぽくないよぉ」

「フンッ、敵だとしても、わたくし達に勝てるわけがありませんわ」

 目の前の化物がそう口々に言う。

「似た存在って、私たちは少なくともあんたらみたいな化物より高等の存在なんだけど」

 ユリエが苦々しげに言う。

「全くです。あちらは魔物と妖怪の中間のような存在で、こちらは概念と妖怪の中間みたいなものなのですから全然違いますよ」

 サユリがそれに答える。

 俺としても、確かにこの二人とあの化物は違うものだと認識はしている。だが、その明確な違いのようなものは全く解らない。だが、邪念の塊だった頃のユリエ達はあの化物ほどではないにしろ、異様な姿だったはずだ。

「そんなことはどうでもいいですわ! 消えてしまいなさい!」

 そう言って女性の背後の触手が数本俺達に向かって伸びてきた。

「サユリ、補助と晃仁をお願い。私はあの中途半端な化物を倒してくるから」

「えぇ、了解っ」

 そう言ってユリエは高く跳びあがり一気に化物との間合いに入り、一方でサユリはその場に留まりユリエの方を見据えている。それもまるで人形のように視線以外全く動かない。

「くっ、来るんじゃありませんわ!」

 触手の一本が途中で方向を変えてユリエに向かっていく。また、その触手に先導されるように他の触手もユリエに向かっていく。

「……」

 ユリエは無言のまま向かってきた一本の触手を手刀で斬るようなジェスチャーをした。すると、その触手は途中で千切れる。さらにその触手は千切れた場所から光の粉のようになって消えていき、それは根元まで行き、女性に巻きついている蛇から「うわぁっ」という声がした。さらにユリエはその手刀の動作を向かってきた幾本もの触手に行い、それらは例外なく、千切れ、光の粉となって根元へと行き、その度に蛇から「ぎゃっ」やら「いたっ」などと言った声が漏れる。

「な、なんなんですの!?」

 女性は目をキョロキョロさせながら怯えるようにユリエへとそんな言葉を発する。そして、さらに触手がユリエへと向かう。

「……単調……」

 ユリエは向かってきた触手を同じ動作で処理しながらポツリとそんなことを呟いた。ふと見えたその瞳には少し苛立ちがあるように見えた。

「っ! 晃仁さん下がって下さい!」

 いきなりサユリが俺に向かって叫ぶ。

「え……、っ!」

 俺はそう言われて一歩後ろに下がろうとするが、突然地面の一部が競り上がってきた。

「っ!」「うわっ」

 すると、サユリが俺を突き飛ばすようにしてさらに後方に押しやる。その瞬間俺がいたところに、一本の巨大な刃が飛び出してきた。

「うぐっ!」

 刃はそこにちょうどいたサユリを体の中心から貫き、すぐにサユリを残して地中へと消えていった。

「サユリっ!」

「だ、大丈夫……です。こんなのすぐに治りますから」

 サユリは刃があった場所でよろめきながら立ち上がる。体からは血がポタポタと垂れ堕ちてきているが、その顔は、苦痛を感じさせないようにたどたどしいような微笑を浮かべている。

「……ほ、ホントに大丈夫なのか?」

「えぇ、問題ありません」

 そう言ってサユリは再び前へと向き直る。その背中もやはり血が滴っていてかなり痛々しい。

「ユリエっ! 決着をつけちゃってください!」

「うんっ!」

 サユリが叫ぶとそれに応えるようにユリエが反応し、返事とともに近くに迫っていた触手を斬り、一気に間合いをつめる。

「うぇっ」「ひっ!」「ぐっ」

 ユリエが間合いをつめると三つの声がそんな風に反応を返す。そして、ユリエは下半身の触手の塊と女の体の中心部にそれぞれ大振りの手刀を一つずつ与えた。

「ぐ、ぐゎぁぁ」

「うわぁぁっ!」

 すると、触手の塊と蛇からそんな断絶魔の叫びが聞こえ、それと同時にその二つは光の粉のように消えていき、最後には、脚もしっかりとついたゴスロリ姿の女性がその場で尻餅をついていた。

「え……、え? な、何? なんで」

 女性は現状が把握しきれていないのか、目をキョロキョロさせながらそんな文章にならない単語を呟いている。

「あれが、あの化物の核です」

 痛みからなのか、膝を付いて座り込んだサユリが淡々とこちらに説明する。

「さてと、じゃぁ、あんたの生気貰うね」

 ユリエはことあかるげにそう言うが、おそらく顔は邪悪そのものになっていることだろう。その証拠に目の前の女性は青ざめた怯えきった表情をしている。

「な、なんで、わ、わたし……」

「だって、他の二つは完全に魔物の類だから美味しくなさそうだったんだもん。あなたはまだ妖怪に近いからそれなりに美味しそうかなぁって思って」

「い、いや、このまま、消して」

「えぇー、それじゃつまんないよ。元々戦闘向きじゃないのに戦ったんだからその報酬として生気の一つや二つ吸うぐらいの権利はあると思うよ?」

 こちらからは見えないがさぞかし邪悪な笑みを浮かべていることだろう。あの女性には申し訳ないがこれも化物の末路と思ってもらおう。

「ユリエにとっては久々のことですし、あれぐらいの生気を吸っても晃仁さん達に悪影響が及ぶことはないでしょうから、許してやってくださいね」

 サユリがこちらに顔だけをむけて申し訳無さそうに言う。

「あ、あぁ。許すも何もあいつ俺の意見とか聞かないだろ」

「あ、それもそうですね」

 俺とサユリがそんなことを言っている間にユリエは、女性の首筋に自分の牙を突き立てた。

「あぁぁぁぁぁっ!」

 女性から耳を劈くような悲鳴が聞こえてきた。見ると女性の顔は徐々に肉の落ちた骸骨のようになっていき、さらに、黒い粒のようになってユリエの中へと入っていった。一種のホラー映像にしか見えない。

「うぅ、まじー。やっぱ、魔物寄りの生気は美味しくないよ」

 ユリエは後悔するような表情でこちらへと歩いてくる。そして、化物の気配が完全に消滅すると、辺りが一瞬歪むような感じになり、元の空間へと戻った。

「これで今日は大丈夫だと思います」

 サユリはユリエに抱き上げられながら俺にそう告げた。

「悪かったな。サユリも俺を守ってくれてありがとな」

「え? そんな、私は美樹さんとの契約のもと当たり前のことをしただけですよ。。それに傷ももうほとんど塞がりましたから」

「それよりも、サユリが折角忠告したのにそれを守らないとかどうなの?」

 ユリエが俺を睨んでくる。

「わ、悪かったって、いつの間にかあんな時間だったんだよ」

「そうですよ、ユリエ。あのアヤカシがそういう風に仕向けてたんですから」

「それはそうだけど……。とにかく、今後はちゃんと気をつけなよ!」

 そう吐き捨てるように言うとユリエはサユリを引きずるように姿を消した。俺はその場で一度嘆息してから再び家路へと戻った。だが、このまま直に帰るつもりはない。美樹の家に行かなければならないだろう。そう思ったので、美樹の家へと向かった。


 そこから数分後、俺は自分の家の隣にある美樹の家の前にいる。美樹の家は神社をやっており、この二階建ての様式家屋の裏側にその神社が直結しているかたちになっている。俺は玄関のインターホンを押す。

 ピンポーン。

 ありがちな電子音が鳴り響く。すると、少ししてガチャという鍵の開く音がした。

「あら、晃仁君」

 ドアが開き、中から美樹の母親が出てきてそう言った。

「こんばんは」

 俺はそれに軽く会釈を返す。

「美樹のお見舞い?」

「え、あぁ、まぁ」

「そう。さ、入って」

 俺は母親に招きいれられるまま家の中へと入っていく。そして、そのまま二階にある美樹の部屋へと案内される。

「美樹、晃仁君が来たわよ」

 部屋のドアの前で美樹の母親がそう仲に声を掛ける。そして、その後すぐにこちらに向いて「どうぞ」と手で示してくる。俺はそのいつもの微妙に不思議な光景を流して部屋のドアノブを回して中へと入る。

 美樹の部屋は女の子の部屋というには少し簡素にも見えるほどで、本棚には少女漫画よりは少年漫画が、さらに言えば漫画よりはラノベが多く収められている。また、ぬいぐるみも数点置かれてはいるものの、それが全て部屋の一ヶ所に固められている。だが、それ以外に装飾品の類といえるものは存在しておらず、カーテンでさえ、クリーム色の無地である。

 そんな部屋の片隅、ベッドの上に美樹が布団すら掛けずに横たわっている。

「……美樹?」

 俺はその少し不気味にも感じる雰囲気に少したじろぎながらも美樹に声を掛ける。

「……ごめん」

 突然美樹がか細い声で言ってくる。

 意味が解らない。何故俺は美樹に謝罪されなければならないのだろう。

「……今日、晃仁がアヤカシに襲われたのは……、私の、せい」

 その声はとても暗く小さいものになっていた。だが……。

「どういうことだよ……」

「昨日の夜中から、その……力が弱くなってるの……」

 衝撃、というほどではないにしろ、意外な台詞だった。美樹に元々どれほどの力があったのかはよく解らない。少なくともかなり強いことは確かだ。だが、やはりそれにしても納得がいかない。

「いや、お前の力とは関係ないだろ」

「関係大有りなの。今まで晃仁がアヤカシに襲われずに済んでいたのは、晃仁が行くであろう範囲に結界や魔除けをしてあるからなの。だけど、今日はその力が弱くなってて、その影響で、ここ以外の結界や魔除けの効果が薄れちゃったのよ。だから……」

「関係ねぇよ……」

 そう言った俺の語気は少し強くなっていたかもしれない。

「お前の力が弱まっていようがなんだろうが、あいつらはきっと襲ってくるし、それに今日襲われたのだって、偶然力が弱まっていたときに偶然あいつらが襲ってきただけだろ」

「偶然……かな?」

 美樹の声は相変わらず暗い。

「この世に偶然なんてものはないのよ。あるのは必然だけなの……」

 完全に失念していた美樹がずっと言っている考え方がこれなのだ。

「だとしても、お前のせいじゃねぇよ。そういう悪い必然が重なったのだってただただ運が悪かったってだけだろう。そんなこと気にしなくていいんだよ。それに、俺なら大丈夫だよ。今日はユリエ達が助けてくれたし、お前だって御守くれただろ」

「……」

「それで充分だろ。第一人間なんだから不調になるときだってあるさ。そんなことに一々凹んでたらきりがないだろ。それにそんな辛そうに沈んでるのはお前らしくねぇよ」

 俺は満面の笑みで精一杯明るく言った。

「フッ。らしくないって何よ。私だって落ち込むことぐらいあるんだから」

 美樹はベッドから起き上がり俺に顔を向けて言った。その時の顔は少し辛そうではあったものの、その中に彼女らしいとても明るい表情が見えたし、声も大分明るくなったように思える。

「じゃ、早朝の私の頑張りも褒めてくれる?」

「は? 早朝?」

「そう、朝早く学校に行って簡易的な結界を張ったんだから」

「そうだったのか。それは大変だったな」

 お互い冗談めかすようにそんな会話をする。そこには既に先ほどまでの暗い雰囲気は微塵も感じられなかった。心の底から思う。これでこそ美樹であると。

 その後俺は美樹と数分ほど話し、美樹の家を後にした。家に帰った俺は食事もそこそこにすぐにベッドへと倒れこんでしまう。


 昨夜の晩、倒れこむようにしてベッドに入り、そのまま意識が海底にでも埋没するかのようにゆっくりとした眠りに就いた……はずだ。なのに、なぜ俺はこんなところにいるのだろう。

 そこは、神社の神木がある小高い丘の頂上。だが、それは有り得ないことだ。まず、俺の家からそこまでは徒歩で三十分ほどかかる。その道を意識の無いまま、眠ったままで進めるはずがない。さらに、丘には遊歩道が敷かれているのだが、冬場は立ち入り禁止になっている上に、除雪などしないため雪が軽く二メートルは積もっているというのに、俺は今その雪の上に立っている。霜が張っていたとしても、この積雪で、埋もれずに立っているなんてことはできない。なにせ、俺の足ははっきりと雪の上に露出し、その雪は沈んですらいないのだから。では、夢なのかと現実逃避してみたくなるが、それも許されない。まず、体が感じている夜風の感触や足の裏の雪を踏みしめる感覚はどう考えても実際のものだ。だが、かといって現実というのも疑念が残る。なぜなら、夜風や雪の感触はあるものの寒さや冷たさは全く感じない。そんな現実とも夢ともつかないような状態に置かれているのが現在の俺である。

 ただ、何故か次にとるべき行動は推測できた。あからさまに怪しく光り輝いている目の前の神木。勿論、ライトアップなんて洒落たことをするような場所でないのは前述した現状から推察できるだろう。なら何故光っているのか、答えは簡単だ。俺にそこに行けと、そういうことを直球で要求しているのだろう。因みに、俺が意外にもこんな不可思議な状況をすんなりと受け入れ、やるべきことと思うことを想像できるのかというと、あの光る神木を一度見たことがあるからだ。見たのは小学校低学年の夏ごろ。俺や美樹、後他二人の友達とともにこの場所に来たときだ。ただ、見たことは覚えているものの、それが何のためだったのかは微妙に覚えていない。

 とにかく、ここで呆けていても意味は無い。俺はそう思い一歩足を踏み出し、そのまま神木の間近にまで到達した。間近までくるとその光が優しいこと、とても神秘的で美しいことに気付く。そのまま俺は導かれるようにゆっくりと片手を木の幹に付ける。

「……うわっ」

 その瞬間、一気にその中に引き込まれる感覚に襲われる。だが、その感覚はほぼ一瞬で消え、一定の安定した位置に立っている感覚が出てくる。その空間は全体が青系統で埋め尽くされている。細かく言えば天井に行けば行くほど白っぽい水色になり、床に行けば行くほど群青色というグラデーションになっている。そして、その空間の中央付近に鏡と思しき部分が波紋している姿見ほどの大きさのものが置かれている。

「なんだ、これ……?」

 俺はそれを訝しく思いながらも覗き込むように眺める。だが、それは鏡面にはなっておらず、無限に広がる波紋が現れ続けるだけだ。

「おう、やっと来たか」

 突然、その姿見から声がしたかと思うと波紋の中心部からぬっと銀髪を腰まで伸ばした男性が出てきて、姿見の前に立った。その男性は銀髪に青い瞳の流麗な顔立ちで、白い羽織に水色の袴を履いているという古風な服装をしていた。

「どうした、少年。そんなアホそうな顔して」

 いきなり酷いなこいつ。

「あぁ、そっか、ろくに説明せずここに呼び寄せたんだったな。そりゃ、状況が理解できないのも無理ねぇか」

 その男は先ほどから軽率そうな表情と口調で話し続けてくる。

「とりあえず、簡単に言うと、俺はここの土地神。で、少年に話があったからここに呼んだってわけだ」

 これが土地神? なんと軽薄そうな態度の土地神だろうか。これに賽銭をしていたと思うと少し嫌悪感を感じる。

「いやぁ、悪かったな。事前にある程度説明しようとすると、あの巫女を介さないといけなくなるんだが、今回ばっかしはあの巫女にそういうのを知らせるのはちぃーとまじぃんだわ」

 巫女というのは恐らく美樹のことだろう。どうやらこの軽薄な神は俺に直々に何か話があるらしい。

「とりあえず、単刀直入に言うぞ」そこで神は一度話を区切り、今までの軽薄そうな表情を消し、真剣そうな表情になり口を開く「よくやった! 礼を言うぞ!」

 そう言いながら顔を一気に綻ばせてこちらに飛びついてくる。

「うおっ! な、なんなんだ」

「あぁ、悪い。俺も巫女には手を焼いているんだよ。特に今回は酷い。まぁ、事態はまだ完全に快方に向かっているわけではないが、それでも前進していることは確かだからな。少年に礼を言いたいと思っていたんだ」

「と、とにかく、離れてくれません?」

 一応神には違いないので敬語を使っておく。ただ、語調は確実にウザいという感情が混じっていたはずだ。

「ん? あぁ、そうだな。だが、ほんとよくやってくれたよ」

「で、何なんですか? そんな礼を言うために呼び寄せたわけじゃないんでしょ?」

 神がその程度の用件で呼び寄せるはずがない。

「当然だ。少年、お前は今回のことがこれで解決したと思っているか?」

「え? どういう……」

「いや、深い意味はない。ただ、忠告をしておきたかっただけだ。頭の隅にでも置いておけばいい」

「はぁ……。そういえば、美樹の力が弱くなったのって何か原因が……?」

「それは俺が言うことじゃないな。とにかく忠告はしたからな。くれぐれも気をつけてくれよな」

 そう言うと神は先ほどの姿見の中へと戻っていった。さらに俺の意識も一瞬途絶える。

「……」

 途絶えてからすぐ後、意識が戻り目を開けると自分の部屋の天井が見える。どうやら部屋に戻ってきたらしい。

「……帰ってきたのか」

 しみじみと思う。現実だったのだと。

 俺はそのまま、再び目を閉じ眠りに就くことにした。

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