表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋愛ホリック  作者: 葉月希与
第一章 静かな前兆
3/18

1

 暖冬などという言葉に騙されたと痛感するほどに寒いある冬の日のことになる。全くもって暖冬などというものではなくいつも通りに凍えるように寒い。当たり前といえば当たり前なのだが。

 十二月十六日、月曜日。

 一ヶ月ほど前に文化祭が終わり、その後すぐに期末テストが行われるという一年の中で最も起伏の激しい学期がようやく終わりを迎えようとしている。

 ホームルームが終わり、俺は部室へと向かっている。部室と言っても正式な部ではなく、俺の幼馴染が勝手に居座ることにしただけのものだ。

「晃仁くん!」

 廊下を歩いていると後ろから声を掛けられた。その聞き覚えのある声に振り向く。

(あずさ)さん」

 二年生の先輩・高柳(たかやなぎ)梓がニコニコとした笑顔でこちらを向いていた。

「今から部活?」

 猫耳のような形をした髪の毛をふわふわさせながら聞いてきた。

「えぇ、そうですけど」

「そうなんだぁ、学期末なのに大変ねぇ。そういえば、美樹ちゃんたちは元気?」

 突然話が変わったがこの人のそういうところにも少しは慣れてきた。

「えぇ、むしろ、あいつが元気無いとか想像できないですよ」

 冗談めかすように笑いながら言う。まぁ、強ち冗談でもないのだけれど。

「フフ。確かにそうかもね。そうだ、あの時の事でお礼したいんだけれど、美樹ちゃんは何がいいと思う?」

「いや、そういうのはいいですよ。美樹本人もそういうのはいらないって言うと思いますよ」

「そう? じゃぁ、お礼だけでも言っておいてくれる?」

 言動に連動するように梓さんの猫耳も細かく動き回る。ただの髪の毛のはずなんだが……。

「あぁ、別にそれならいいですよ」

「よかった。じゃ、お願いねぇー」

 そんな間延びした台詞を残して梓さんは去っていく。しかも、あの猫耳は相変わらずふわふわと歩く際の微細な上下運動に合わせるように動いている。何度も言うが、ただの髪の毛のはずだ。……多分。


 階段を登り、四階へ、そこからさらに進んで使用されていない空き部室に到着する。ここが俺たちの部室ということになっている。

 ガチャっ。

 部室のドアを何の気なしに開ける。

「あ、こんにちは、晃仁さん」

 部室に入ると、例えなどではなく、実際に少し透明な少女がこちらを向いて微笑んでくる。

()()()、だけか?」

「えぇ、他の方はまだいらっしゃっていません」

 眞梨亜はストーブに近い椅子に腰掛けている。俺はそれと対角線になる位置へと着席する。特に意味は無い。ただ、近かったからそこに座っただけだ。

 椅子に座り、厚めの文庫本を読む眞梨亜を眺める。別にいやらしい意味は無い。相変わらずの半透明。色はついているものの、それもどこか薄い。まぁ、これでも最初の頃とは大分変わってきているのだ。何せ、初めてあった時は、半透明というよりは水並みに透明に近く、色もただただ青白いだけだった。まぁ、幽霊だから半透明だったりするのは当然なのだ。ただ、俺が気になったのは透明度の変化や、色が付いたことだ。美樹の語るところによると、それは関係性が変化してきているからだという。確かに俺と眞梨亜との関係は、最初の幽霊と人というものから、友人あるいは、仲間というものに変わってはきている。それがここまでの変化を及ぼすのだろうか?

「……? どうかされましたか?」

 俺が眺めていたのに気付いた眞梨亜が不思議そうにこちらを向いて問いかけてくる。

「え? あぁ、いや……。……えっと、幽霊でも寒さって感じるのかなぁ、って思って……」

 咄嗟に思いついた疑問ではあるが、気になっていたのは確かだ。以前、俺の家にいる幽霊の房代に「幽霊は暑さとかを感じるのか」ということを聞いたことがある。その時、房代は「あまり感じない」と言っていたからだ。

「あぁ、特にそういうのは感じないですよ」

「……そうなのか」

「ただ、生前の私は極度の寒がりだったのでその時の癖ですかね」

 眞梨亜はそう言いながらクスリと微笑む。

「真冬のときなんてブレザーの下にカーディガン着て、制服のあらゆるポケットにカイロも入れて、登下校の時はニットの帽子に耳あてに、マフラーしてたし、ジャンバーのポケットにもカイロ入れて、厚手の手袋までしてたんですよ」

 いくらなんでも、それはやり過ぎだろ。俺も寒がりなほうだとは思うがさすがにそこまでするほどではない。

「……なんか、お前の生きてる時の話って聞いたの始めてかもな」

 確かにそうなのだ。そもそも、眞梨亜と会ったのは彼女の死後ということもあってなのか、彼女の生前の話を聞こうとはあまり思わなかった。

「そういえば、そうですね。でも、私が生前の時なんてたいしたものじゃないですよ?」

 眞梨亜は少し苦笑するような表情になった。

「いや、別にどっかのドキュメンタリーみたいなのを期待してるわけじゃないし、ただ、お前がどういう人生を送ったのか少し気になっただけだよ」

「……そうですねぇ、もう、死んでからずいぶん年数が経っちゃってるので、うろ覚えな部分も多いんですけど……」そこで一旦話を区切り「……かなり暗い地味な子でしたね」

 眞梨亜がそうして話しだそうとした時だった。

「あんたたち何やってんの?」

 ドアの向こうから美樹の声がしてきた。

「え? あ、えっとですね……」

「もう、いい雰囲気だったのに……」

 さらに二人分の声がした。

「なにがよ……」

「ユリエ、しーっ、しーっ!」

「……? はっ! 口が滑った」

「もう、漫才はいいから早く入りなさいよ」

 そう言うと、ドアが開き、美樹が中へと入ってきた。その後ろから金髪を腰まで伸ばした少女と、金髪をツインテールにした少女がつまらなそうに入ってきた。

「ん? 晃仁来てたんだ」

 美樹が俺の方へと向きながら言う。俺は「おう」と返す。

「……反応が薄い?」

 金髪をツインテールにした方・ユリエがボソッと言う。

「長年の慣れってやつじゃないですか?」

 金髪を腰まで伸ばした方・サユリがそれに答える。

「つまらない」

「そうですねぇ、ま、この二人に過度の期待をするのは酷なのでは?」

「そうかも」

「そうです」

「お前らはいったい何がしたいんだ?」

「うーん? 冷やかし?」

「リア充爆発しろ的なやつですよ」

「……は?」あまりの発言に呆然としてしまう俺。

「変なことやってんじゃないわよ」

 そして美樹が冷めた目で言う。

 この二人についても説明せねばなるまい。サユリとユリエは人ではない。かといって幽霊でもない。ではなんなのかというと、邪気の塊だ。ただ、邪気の塊と言っても常に悪巧みをしているようなそんな感じのものではなく、無邪気な子供のようなそんな雰囲気のあるやつだ。最初は無邪気な邪気というには度が過ぎるほどの事を仕出かしていたが、俺と美樹でその事態を解決した。本来ならそのまま浄化されて消滅してもおかしくなかったらしいのだが、美樹になにか考えがあるらしく消滅せずにこの場に存在している。性格的には昔ほどではないが、未だに酷い。ユリエはかなり毒舌で、ことあらば何か黒い事を考えている節がある。サユリは口調こそ丁寧ではあるが、その実、人を見下したような雰囲気を持っているように感じる。因みに美樹が言うにはユリエよりサユリのほうが危ないらしい。

「それより、今年もやるから、よろしく」

 美樹は俺の方を向いて楽しそうに言う。

「え? あぁ、今年もか」

 一方で俺は少しうんざりした感じで言った。

「ん? 何かあるんですか?」

 サユリが小首を傾げて尋ねる。

「クリスマスよ。毎年うちでパーティーみたいなことをしてるの。で、晃仁にはその準備をしてほしいわけ」

「クリスマス……なんか、美樹さんの家を知っているとすごく不思議ですね」

 とは眞梨亜の弁。確かに、神社の娘がクリスマスを祝うというのはかなり不思議に思うものだろう。だが。

「え? そんなことないわよ。別に普通よ」

 と美樹は言ってのける。何度聞かれても、誰に言われようとも美樹の返答は常にこれだ。ここまでブレず、それなりに反論を消してしまう意見もそうそうないだろう。

「そうなんですか。……でもいいですね、クリスマス」

 そう言う眞梨亜は少し寂しげに感じる。

「さすがに私はお邪魔できませんが、楽しんでくださいね」

 ニッコリと笑う眞梨亜。そうか、彼女は自縛霊だから学校から出ることができないのだ。完全にここで話すべき話題では無かったように思える。

「あ、ごめん。でも、彼氏と一緒に過ごすほうがいいと思うけど」

 美樹は申し訳なさそうにそう言う。だが、後半は少し楽しそうにも見える。

「あぁ、晋助(しんすけ)さんとは少し前にお別れしたんですよ」

 白貴院(しらきいん)晋助、今年の初めに眞梨亜が一目ぼれし、そのまま付き合うことになった自縛霊だ。……ん? なにか今、予想外の言葉が聞こえたような。

「え、別れたの?!」

 美樹が信じられないとばかりに声を張り上げる。

「えぇ、今年の文化祭が終わった頃に成仏されてました」

 そう言う眞梨亜の顔はあまり悲しそうには見えなかった。もしかして既に吹っ切れていると言ったところなのだろうか。

「へ、へぇ、それは、しょうがないわね……」

 美樹のその言葉と共に室内の空気が少しばかり重くなる。いくら本人が気にしていないようでいたとしても、それを聞かされる側はそうはいかない。さらに、先ほどの話題がより場違いだったのではないかと思えてきてしまう。

「? みなさん、何故深刻そうな顔をなされているんですか? 別に悲しいことではないですよ。むしろ、喜んであげるべきことですよ」

「……」

 いくら眞梨亜がそんなことを言ったところで、場違いな話をしたのではという空気を払拭できるわけもなく、思い沈黙が圧し掛かってしまう。

 まぁ、成仏したのは良い事なのかもしれないけどな……。


「ねぇ、眞梨亜ってもしかして天然だったのかな……」

 その重苦しい部室からの帰り道、横に並んで歩いている美樹がボソッと尋ねてくる。

「いや、どうなんだろう。そんな雰囲気がなかったわけじゃないけど、今回ほどそう思うことはないな」

「そうよね、一応、彼女なりの優しさなのよね……多分」

「だとしたら、完全に空転してるな」

 俺のその言葉に美樹は小さく頷く。

 十二月も半ば、道には雪が降り積もり、今なお、振り続けている。車道は消雪パイプから出る水と走行する車で雪が掻き消えているが、歩道は真っ白に雪で覆われている。しかも、車道と歩道の境目は除雪車が押し退けた雪が一メートルほどの雪壁を形成しているため、身長がこの壁より小さい子供なんかには、上下左右全てが真っ白になり、道というより巨大迷路のように感じるだろう。これらは豪雪地帯ならではの光景だ。ま、田舎ということを象徴する光景でもあるのだが。

 そんな田舎道を歩いていくと、大通りへとぶつかる。そこで、雪壁は途切れ、雪も道端に数センチ程度積もっているだけになる。水に溶けかけたようなビシャビシャの雪を踏みしめながら歩いていると、眼前に全身が真っ白の女性が現れた。

「あ、雪女」

 それを見て美樹が呟く。それが聞こえたのかその全身真っ白な少女は顔を一気にピンク色に染めてこちらへと駆け寄ってくる。

「もうっ! ちゃんと名前で呼んでくださいって言ったじゃないですかっ!」

「あぁ、ごめんごめん。久しぶりに見たものだからつい……」

 掴みかからんばかりに迫る少女に対して美樹はそれを宥めるように言う。

「でも、ほんと久しぶりだよな」

 俺はそう感想を述べる。この雪女に会ったのは夏以来だ。

「だからって、名前忘れます? 普通」

 プウッと頬を膨らませる雪女。肌がアルビノ並みに白いため、まるで餅のように見えてしまう。

「いやいや、忘れてはいないわよ」

「本当ですか?」

「えぇ……。冷雪(めゆき)冬那(ふゆな)

「一瞬忘れかけてたでしょ」

 冬那が今度はジト目でこちらを見てくる。

「いいじゃない、思い出せたんだから」

 開き直った。ま、苗字が思い出せなかった俺が突っ込むことでもないが。

「やっぱり、覚えにくいのかなぁ? この名前……」

 苗字が完全な当て字だしな……。

「大丈夫よ、半年も会ってないから忘れてただけだから」

 フォローになっているのか?

「うぅ……。やっぱ、変えたほうがいいのかな……?」

 冬那はボソッと呟く。つまり、本人も覚えにくいのではと思っていたわけか。というか、そうそう簡単に変えていいものなのか名前って。

「あ、え、えっと。久しぶりに見たけど、随分と厚着ね」

 少し雲行きが怪しくなった会話を切断するように美樹が会話を振る。

 確かに言われてみれば……。淡い水色のセミロングの髪には白い毛糸の耳当て付き帽子を被り、ビスクドールの肌のように純白の肌と同化してしまいそうな白いマフラーに白いロングコートを着込み。さらには、白い手袋とベージュ色のローファーまで身につけている。その姿は到底、昔話に出てくる雪女と同じ種類とは思えないほどだった。

「そりゃ、寒いですもの」

 冬那はさも当たり前だというように言う。

「いやぁ、前に会った時もそうだったけど、イメージと違うなぁって思って」

「? ……あぁ、白い着物ですか?」そう言うと冬那は小さく溜息を吐く「そんなの私の曾祖母とかの時代ですよ。さすがに、冬場にあんな格好で出歩いたら霜焼けになって大変なことになりますよ」

「なんか、イメージを一気に壊された気分だな。まぁ、今更だけど」

「それに、この時代にそんな格好で現れたら一発で不審者扱いされますよ?」

 言っている意味は解らなくもないが……。さすがに不審者は言い過ぎじゃないかと。

「……時代に馴染むってことね」

「えぇ、そうです。今もこうして散歩してるんです」

「そういえば、夏のときはスケート場にいたけど、今はどこにいるんだ?」

「公園」

 端的な単語が飛んできた。それにしても公園って、貧乏少年かこいつは。

「公園って、住めるようなとこってあったっけ?」

「うん。公園に置かれたSLの中」

「……」

 二人して唖然とする。確かに、この近くの公園には蒸気機関車の実物が置かれている。先頭車両だけだが、それでも、子供の遊び場になっている。

「特に石炭車、あれそれなりに広いからいい寝床になるのよ。しかも、あのSLのところは屋根があるから雨や雪に当たることも無いしね」

 なんという満面の笑みか。

「……あれ? 二人ともなんで黙っちゃってるの?」

 先ほどから唖然として言葉を失った俺たちに冬那が不思議そうな顔を向ける。

「……いやさ、なんか似合うなぁって思って」

 美樹が少したどたどしい感じに言う。

「そうですか? じゃ、私そろそろ帰りますね」

 そう言うと冬那はその場を後にした。


 その夜、順調に気温が一桁になっていることを体感しつつ廊下を歩き、帰宅直後にストーブを点けておいた自室へと入る。入浴直後なので、体温はとても冷めやすく、既に入る前とあまり変わっていないぐらいにまでなっている。

「ん?」

 ふと机の上を見るとスマホのランプが点滅し、着信があったことを知らせている。画面を見るとメールが来ていたらしい。

遥華(はるか)か…」

 見ると美樹の従姉妹の盲目霊感少女こと、宮前(みやまえ)遥華からだった。

『晃仁さん、こんにちは。

 そろそろ冬休みですね。

年末には美樹ちゃんの家にお泊りすることになっているので、またみんなで遊びたいですね』

俺はそのメールに返信し、もう一つの新着メールを呼び出す。

「……?」

 しかし、そのメールを開くと何故か文字化けのようになっていて、内容はおろか、差出人さえわからない状態になっていた。

「アプリの故障……じゃないよな」

 さいほどの遥華からのメール以外の他のメールを開いてみるが、どれも普通に読むことができた。どうやらこのメールだけがおかしいらしい。

「ウィルスとかじゃないみたいだし……。悪戯とかか?」

 俺は不審に思いながらもメールアプリを閉じ、そのままベッドへと入った

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ