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◇ ◇ ◇
昔の記憶――。
子供の頃にあった些細な、忘却の果てに消えてしまってもおかしくないようなそんな小さな記憶――。
嵯峨美樹。隣の家に住む神社の娘で、俺の幼馴染であり腐れ縁というべき存在だ。
家が隣同士だったこと、お互い年が同じことなどから親ぐるみでの付き合いがあり、俺も毎週ではないにしろ、お互いの家に遊びに行くことが多々あった。
この状況だけなら、普通の状態と何ら変わらない。だが、決定的に違うのだ。それを象徴する出来事がある。
両家は毎年、元日の夜に新年会のようなことをする。会と言ってもただ、互いがどちらかの家に集まり、ワイワイにぎやかに過ごすというものだ。そして、五歳の時のことになる。
酒も入り、大人たちは大人たちで楽しみだしてしまうので、必然的に子供同士でいることになるそんな時、
「ねぇ、晃仁くん」
美樹が楽しそうな笑顔を浮かべながら言ってくる。
「なに? 美樹ちゃん」
俺はおせちに入れられていた伊達巻を頬張りながら聞き返す。
「あのね、私、昨日すごい夢視たんだ」
「へぇ、どんな夢?」
子供ながらに初夢の意味は何となく理解してはいた。だが、一富士二鷹三茄子など知らないので、ただ、縁起がいいということだけしか解ってはいないのだが。
「えっとね、私と晃仁くんってずっと一緒にいるって夢」
美樹は満面の笑顔で言う。
「ずっと…?」
この疑問は単純なものだ。受験や就職などという進路というものを知らない子供にとって、すぐ隣に住んでいる人間に「ずっと」と言われてもピンとは来ないだろう。それが故の疑問なのだ。
「そう、ずっと。ずーっと」
俺の反応からあまり理解できていないということを悟ったのか、美樹は少し困ったような表情になりながら言ってくる。
「…?」
だが、進路というものを理解できていない子供にはどんなに「ずっと」と言ってもそう通じるものではない。
「…、美樹ちゃんは晃仁くんと一緒にパパやママみたいになるって言ってるのよ」
二人の会話を見守っていた房代がそういうふうに言ってきた。
「パパやママみたい?」
俺はその部分を反芻した。何となく「一緒にいる」という意味がおぼろげながら理解できたような表情になる。
「そう、パパとママみたいに、ずっと一緒にいるんだって」
俺の表情を理解できたと判断した美樹の顔は晴れやかな笑顔に戻っていた。