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◇ ◇ ◇
話は少し前に遡る――。
『これから美樹んちに行くね』
午前十時前、いきなり雪音からそんな電話がかかってきた。まったく、親友といえど礼は弁えるべきだと思うのだけど……。
とにかく、そんな電話に断る理由は特に無かったからこっちも、
「わかった」
とだけ返して電話を切る。そして、そのまま、私の部屋のぬいぐるみを手に取り、何やらジッと見つめているサユリへと視線を向かわせる。
「…何やってんの?」
「……この中のが私にいろいろ言ってくるから……」
「ガン飛ばすな」
私はサユリが持っているぬいぐるみを引ったくりながらそうツッコんだ。たぶん、守護霊が邪念に何かを言っているのだろう。で、ユリエはそれを心底ウザいと思ってあんな行動を取っているのだろう。
「フン…、昔の私なら吸収してた、命拾いしたな」
サユリは私が取り上げたぬいぐるみを見ながらそんなまるで悪役のような台詞を吐いてくる。
「いや、むしろ、浄化されるから。消滅するからね、あんた」
「うーん。そうかも」
「そんなことより、これからちょっと人が来るからサユリは晃仁の家にでも行ってて」
「え? いいの?」
サユリは不思議そうな顔をしてこちらを見てくる。
「うん、大丈夫」
「……」
サユリは私の目をまじまじと見つめてくる。その瞳は昔の邪気に満ちたものでも、現在の柔らかいものでもなく、何かを見透かそうとするようなそんなもので、深海のように深い青がキラリと光っているようだった。
「…何かあったらすぐ言って、悔しいけど、美樹の支配下にいるんだから」
「…支配下って…、まぁ確かにあなたたちの力を封じたのは私だけど……。でも、ありがと」
「うん。じゃ」
ユリエはそう言って、その場で姿を消した。
ユリエが晃仁の家に行き、この部屋には私しかいなくなった。とりあえず、部屋を片付けていると玄関の方からピンポーンとチャイムの音がした。
「美樹―! 雪音ちゃんよー!」
階下から母親の声がした。私は短く「はーいっ」と返事をして玄関へと降りていく。玄関に降りると母親と雪音が世間話をしていた。
「―ほんと久しぶりね、元気だった?」
「えぇ、この通り元気です」
「今はご両親もこっちに来てるのよね?」
「はい。三学期が始まるまでこっちにいるつもりです」
雪音は昔と全く変わらない、屈託がなく、人懐っこい笑顔をする。それを見るとかなり懐かしくなった。
「あ、美樹―」
私が懐かしさに浸っていると雪音がこちらを発見し、手を思いっきり振ってくる。
「あ、じゃぁ、ゆっくりしていってね」
そう言うと母親はそそくさとその場を後にする。
「久しぶり雪音」
「うん。でも、ラインとか電話でたまに話してたからあんま久しぶりって感じがしないね」
「そうかもね。ま、とりあえず上がって」
私はそう雪音を自分の部屋へと促した。雪音は脱いだ靴を礼儀作法の本で見るような動作で直し、私の後について階段を昇ってくる。こういうところは昔と違うところだ。
「――一昨日はなんか変な電話してごめんね」
部屋に入り、私はベッドに腰掛け、雪音はベッドを背もたれにして座り、部屋にあるマンガ本を読んでいると唐突に雪音がそんなことを言い出した。
「…え?」
私はその突然の謝罪に咄嗟に反応できず、そんな返しをしてしまった。
「いいよ、別に。私もちょっとびっくりしただけだし」
事実ではあるけど、真実ではない。
「な、なんかさ、友達と昔のコイバナみたいなことになっちゃってさ…、それで、その…」
「そんなこと言ったら私の方こそ謝らないといけなくなっちゃうじゃん。雪音との約束が全然無碍になってるんだから…」
「…しょうがないよ。アッキーって鈍感だもん…」
「…そうなのよ。ラブコメの主人公並に鈍感なんだから…」
「……。……、…あのね、私…、アッキーの事――」
「だ、大丈夫だから…」
私は、雪音の言葉を遮った。続きが聞きたくない。ただそれだけ…。
「え?」
雪音は私が遮って発した台詞に少し驚いたようにこちらを見る。
「今はまだ…だけど、きっと大丈夫だから。ほら、恋愛マンガだっていっくら主人公が鈍感でも、必ず結ばれるじゃん」
私は満面の笑みを作りそう言う。もしかしたら少し引きつったりしていたかもしれない。その証拠に雪音は、
「そ、そうだよね。…うん、応援してるから」
こちらから視線を外してそう言った。
「あ、えっと…、私そろそろ帰るね」
それから数分ほど、私と雪音はそれぞれ本を読んで過ごした。別にお互い話したりするのが気まずくなったからではないと思う。
「…もう?」
社交辞令のつもりはない。心からそう思ったはずだ。親友との時間なのだ。それなりに長く過ごしたいと思うのは当然のこと。
「うん。アッキーの家にも寄りたいしさ」
何かが心に圧し掛かったようなそんな気分になった。どうやら私は雪音の行動を邪推してしまっているようだ。そんな自分が酷く醜く感じてしまう。
「そっか…。じゃ、また、今度ね」
「うん。……あ、そうだ。クリスマスパーティって来てもいい?」
まただ。ほんと自分が嫌になってくる。
「いいよ、雪音が来たほうが楽しいと思うし」
「…ありがと」
雪音は柔和な笑みを浮かべる。そして、雪音はそのまま、晃仁の家へと向かった。
「……。……ユリエを呼び戻すには…、ちょっとマズいかな」
私は雪音が帰り、一人となった自室で小さくそう呟いた。なぜなら、ユリエを戻してもこの溜まった醜いものを吸い過ぎて、最悪の事態に対応できなくなりそうだったからだ。




