0-1
とある冬の日。私は少し気になることがあり、家のおみくじを引いてみようと社務所へと向かった。私の家は由緒あるとまではいかないものの、そこそこ古めの神社で、地元周辺ではかなり有名なところだ。
別にこんな事務的に作られ、専門の業者から販売されてくるようなものを心の底から信じているなんてことはない。だいたい、あまり当たらないし……。
それでも、今日私がそれを引きたいと思い立ったのは『ユメ』があまりよくなかったので、それの気晴らしのためだ。
別にひけらかすつもりも、自慢するつもりもないが、私には霊感ともいうべき力が存在する。幼少期から幽霊や、妖怪めいたものの類はたくさん見えていた。その能力の派生というわけではないのだが、私の夢にはそれなりの『力』が存在する。簡単に言うならファンタジー漫画の巫女や、魔術師なんかが使う『夢視』というのに近いだろう。別に未来が見えるわけではないけれど、未来を暗示するようなものが見えるのだ。
つまり、それが悪かったのだ。悪夢というわけではないものの、不安感や、焦燥感というようなものを抱えずにはいられないような夢だったのだ。
「……」
雪の積もった短い参道を歩く。地方都市の小さな神社なので、境内にしか参道は存在しない上に、本道と鳥居、そして社務所の三ヶ所を結ぶぐらいしか道がない。しかも、冬場は参拝客など滅多に来ないのでろくに除雪もされておらず、スノーブーツのような雪道専用の靴でないと、容易く染み込んできてしまう。
そして誰もいない社務所に到着する。受付の窓は閉め切られ、内側にカーテンも閉められている。当然外に迫り出している棚にも何も置かれてはいない。ま、冬だし、滅多に参拝客も来ないような神社なので当然と言えば当然なのだ。私は社務所の裏口へと向かう。本来は鍵が閉められているのだけれど、今日はここに鍵があるので問題はない。まぁ、本来は父親の部屋にあるのだけれど、少しの間だけ拝借したのだ。
ガチャっ。
私は鍵を開け、社務所の中へと入る。社務所には大きく分けて二つ部屋がある。一つは外に向いている受付を伴う部屋。もう一つは倉庫兼休憩スペースとなる部屋だ。裏口手前が後者で、奥が前者だ。おみくじは前者のほうに置かれている。
「えっとぉ……、おみくじの箱は……」
私は一番奥にある部屋に入る。部屋の電気を点け、受付とは反対側にある棚を見る。棚は賽の目上に区切られ、その全てに番号の付いた札が貼られている。そして、その棚の下、床と面しているところに、八角柱の形をした箱がかなり無造作に置かれている。
「よし……、……」
穴の開いた部分を下に向け、軽く振る。すると、細い木の棒が一本、十数センチほど出てくる。そこには『十三』というローマ数字が書かれている。和洋折衷も甚だしいと思いつつ、木の棒を押し込み、箱を元の位置に戻す。
「十三って……、西洋だったら凶事の数字じゃない……」
私はそう呟きながら棚から十三と書かれた札の貼られた棚を探す。棚はすんなりと見つかり、その棚を引き出す。何枚も入っている細い短冊状に折られた紙の中から一枚を取り出す。
「……」
瞬間、様々なものが圧し掛かってきた。気休めでもいいから良い結果が出て欲しいと思う一方で、例えそうなったとしても、当たるはずがないとか、こんなことをしても無駄でしかないとか、そんな思いが時間とともに重さを増していった。
「……っ」
おみくじを一気に開く。瞬間的に目を瞑ってしまう。そこからゆっくりと瞼を開ける。こんなに瞼を上に押し上げることが重労働とは思えなかった。それはまるで、錆び付いたシャッターを上げるように重く、そしてゆっくりと開いていく。
「……」
最初に目に飛び込んできたのはおみくじの上部に書かれた『凶』という文字。この神社のおみくじは『大吉』から『凶』までの六種類ある。そして、その中で最悪なのがこの凶なのだ。
存外、落ち込みは無かった。どこかでこうなることを予期していたからかもしれない。それでも、辛いと、苦しいと思った。
「……やっぱり、か」
ふとそんな言葉が口をついて出た。
「……はぁ」一つ大きな息を吐く「よし! うじうじしててもしょうがないよね。やれるだけのことはしておかないと」
私はそう自分に言い聞かせ、その場に凍りつきそうになっていた足を動かす。社務所を出て、自分の部屋へと戻る。その道中涙が一筋頬を垂れた。