008 リモーヨの村での戦闘1
日が落ち、数時間、就寝を始める村民がちらほらと出始めたころ合いにそれは始まった。
『カン! カン! カン!』
緊急事態発生を知らせる村の警鐘が鳴り響く。村人が飛び起き、何事だと家から次々と飛び出してきた。
村の東口にある櫓で鐘を叩いていた村役場の当直職員が慌ててその場から声を張り上げる。
「ゴブリンだ! ゴブリンの集団がこっちにやってくるぞ!」
その声を聞いた村人は一瞬理解が追いつかずに固まるが、一人二人と正気に戻った人々がオロオロと周囲の様子を窺いだす。魔物の襲撃など受けたことのない村だ。どうして良いのか解らずに周りと同じ行動を取ろうとするも、すぐに適切な行動がとれる人が少なく、動けない人が多くいた。
「ゴブリンの集団とは本当ですか!?」
櫓まで慌てて走ってきた男が櫓によじ登り、当直の職員に詰め寄る。
「アレを見て下さい!」
村の西、100メートル程先に煌々と光る松明を持った集団がこちらに向かって進んでくる。その数は約50程。赤い光に照らされたその形相は正に魔物。悪鬼のごとく醜悪な見た目に、ガチャガチャと錆びた鎧や剣を装備してゆっくりとこちらに向かってくる。まるでこちらを怖がらせて楽しむようにゆっくりと奴らは村に向かって来ていた。
「なんてことだ……昼間の奴らが言ってたことは本当だったのか」
走ってきた男はその場で顔を真っ青にして膝をつく。彼は昼間逢真たちを対応した役場の職員であった。少々頭が固いがそれなりに仕事ができ、人望もあったため、村の些事については村長に伺いを立てずに専決する権限を与えられていた。そのため、逢真達の訴えも悪戯として処理し、救援要請や村人への注意喚起はもちろん村長へも報告はしていなかった。
「そ、村長に今から報告して、村人に避難勧告を!」
青ざめながらも男は見張りの職員に指示を出す。慌てて職員が村長宅を目指して駆け出した。
村長の指揮のもと、職員が村人の避難誘導を始めるも、ゴブリン襲来の報を受けた村人はパニックを起こし、避難は難航した。このままではゴブリンが村へ到達し、蹂躙されるのは時間の問題だった。その時、救世主は現れる。
「皆の者! 落ち着けいっ!」
西口にあるもう一つの櫓の上に立つ一人の騎士が叫んだ。その声には人の意識を引きつける不思議な力が籠っており、民衆は直前のパニックを忘れたかのように静まり、彼女へと視線を向けた。
「我が名はシルフィ・ワーグテイル! ワーグテイル王国第三王女! シルフィ・ワーグテイルである!」
民衆に一瞬のざわめきが起こる。そこかしこから「あの噂の姫騎士様か!?」「本物?」「助けてくださるのか?」などと声があがった。
「今! 村の東からゴブリンの集団が攻めてきている! 数分もすればここへ辿り着くだろう!」
ざわめきが大きくなる。村人は魔物などと戦ったことのない者ばかりだ。その情報に絶望を覚える者も多い。
「鎮まれ!」
再び静寂。シルフィの声は場を鎮めるだけの存在感があった。これは王家の血がなせるものなのだろう。パニックを起こしていた民衆は再びシルフィへと意識を向ける。
「安心しろ! 私がいる! これから私が討って出る! 奴らを殲滅することは難しいが! 皆が逃げる時間は稼げるだろう! 西の街道を進み! 街へと撤退するのだ! 大丈夫! 必ず助かる!」
村人は、その言葉に歓声をあげた。冷静さを取り戻し、村役場の職員の指示のもと、隊列を組んで避難を始めた。
その様子を確認した後、シルフィは村の反対側へと走った。そこにはミズキが待っていた。
「待たせたわね」
「もう目の前まで来ています。これを」
ミズキはそう言うとあまり手入れのされていない鉄剣をシルフィへと渡す。村に来ていた旅人から護身用に持っていた物を借り受けたものだ。
「心もとないわね」
「すみません。これしか手に入らなくて」
シルフィは剣を鞘から抜き放つと鞘を投げ捨て、構える。
「ゲゲゲ、グギャーー!!」
開戦。村になだれ込み始めたゴブリンが我先にと二人に襲いかかりだした。
閃、閃、閃。三筋の剣線がゴブリン三対に重なり、その体を両断する。追加で剣を一振りして剣に着いた血を掃うシルフィ。
「行くわっ!」
仲間の惨状に一瞬足が止まったゴブリンの群れへと駆け出すシルフィ。無謀にも思える正面突破。狙いはゴブリンキングただ一体。たかがゴブリン、頭を潰せばゴブリンの群れなどたやすく追い払えるとそう考えたからだ。
「小隊単位であたれ! 囲んで足を殺せ!」
ゴブリンの後方から声がかかるとバラバラに飛びかかってきていたゴブリンが5人組を形成して隊列を組みだした。
盾3、槍2の基本構成。三匹の盾持ちがシルフィに圧力を掛け、その隙間から二匹の槍持ちが突いて攻撃してくる。
「くっ!」
辛うじて槍を躱して、盾持ちの一人を思い切り盾ごと蹴り飛ばす。出来た隙間から飛び出し、槍持ちを一匹切り捨て、隊を崩して前に進もうとする。だが、次の行動に移る前にまた次の隊に取り囲まれる。
適当に剣を振るうが盾に防がれ、槍が突きいれられる。剣で一本弾くがもう一本がシルフィに迫る。
ガキンッ
硬質な音とともに槍が弾かれる。
半透明な紫の壁が槍とシルフィの間に形成されていた。
「結界!?」
驚くシルフィに「今のうちに!」とミズキから声がかけられる。
シルフィの眼前を塞いでいた盾二匹の間に二枚の壁で道が作られる。その間を一瞬で駆け抜けるシルフィ。
次の隊が囲みに入るが、陣が出来る前に圧倒的速度で盾持ち達を交わし、奥へと進む。囲まれそうになると、すかさずミズキが壁で邪魔をしてシルフィに道を作った。
「壁を作れ!」
小隊で囲うことが出来ないと判断したゴブリンキングは一列にゴブリンを並べ、シルフィの抜ける隙間のない壁を作る。
「薄いっ!」
シルフィは駆ける速度のまま中央のゴブリンの盾を剣で強打。その見た目からは想像できないような胆力でゴブリンごと弾き飛ばし、出来た隙間を駆け抜ける。
「瞬っ! 殺っ!」
目の前にはゴブリンキング一体。迷わずその首目掛けて剣を振るう。
「やるな、おしいぜ」
バギンッ
シルフィの振るった剣をゴブリンキングは黒い鉈でへし折った。
「なまくらじゃなければいい勝負ができただろう」
悠々とシルフィの前に立つゴブリンキング。
「おいっ! お前らは結界師の相手をしろ! コイツは俺が相手をする!」
ゴブリン共はゴブリンキングの指示によってミズキへと群がって行った。
「ミズキっ!」
「大丈夫ですっ! こちらは気にしないで!」
ミズキは巧みに直径30センチ程の結界を複数出して盾のように使い、ゴブリン達の攻撃を凌ぐ。いかんせん数が多いために防戦一方だが、暫くは持ちこたえられそうだ。
「結界……能力者か珍しい」
ゴブリンキングは離れたところで戦うミズキをみて呟く。
この大陸では人智を超えた力をもったものが稀に存在する。その力はただ『能力』と呼ばれ、理論の枠を超え、理解不明な現象を引き起こす。そういった『能力』を持った者たちを総称して『能力者』と呼んでいる。
能力の種類は様々で、身体を強化するものや、火や水を操る者など存在する。
「どうだ? 俺の軍門に下るなら、あの能力者と供に生かしてやるが?」
「冗談でしょ? ゴブリン如きの下僕なんて笑えるわ」
「……そうか、なら少し楽しませてもらおうか?」
ゴブリンキングがシルフィに向かって一歩踏み出す。
「上等!」
キングとプリンセスの戦いが始まる。
ついにゴブリンの襲撃が始まりました。
ミズキは地味に能力を披露。
奥ゆかしい性格なので……見せ場も……その……ねぇ?
シルフィは王女さまぁぁああ!!