007 決別
「……と、いうことがあったんですよ」
逢真は村の定食屋に戻り、シルフィに見てきたことを報告する。
「……それが事実なら大変なことになるわね。でも黒くて言葉をしゃべるゴブリンなんて聞いたことがないわ。ゴブリンを狩れなかったからって嘘でごまかそうとしてるんじゃないでしょうね?」
「嘘なんてついてませんよ! すごく痛かったんだから!」
逢真はそう言って刃物で切られたように裂けた服を主張するが、そこに血の跡のようなものはあるが傷は既にない。
「黒いゴブリン……逢真さん、そいつは国を乗っ取ると言ってたんですね?」
ミズキが少し考え込んだ後に口を開く。
「それはゴブリンキングですね」
「「ゴブリンキング?」」
逢真とシルフィの声が重なる。
「ゴブリンの上位種です。高い知能を持ち、好戦的。ゴブリンを従える支配能力を持っています。その最大の特徴は国を作ること」
「国を作る? ミズキ、それってどういうこと?」
「本脳のようなもので、ゴブリンキングは国を作るのです。村や町を襲い、苗床にして、数を増やし、また襲う。そうやって勢力を増やしていきます。過去には勢力500万を超え、いくつかの小国を滅ぼして独立国家宣言したものもあります」
シルフィは大国ワーグテイルの第三王女だが「そんなことが……」と逢真と一緒になって驚いている。逢真にとって驚愕の事実かもしれないが、このことは歴史的事実として記録されており、王族クラスならば必ず教育されていることである。貴族クラスであっても必ず教育されていることである。
「しかし、黒い肌に言葉を話すとなると、ただのゴブリンキングではないかもしれません……おそらく異常種でしょう」
異常種とは、魔物が突然変異した固体である。総じて元の個体より力が強く、知能が高い傾向にあり、魔物としての格があがる。
「役場に知らせに行くわよ!」
逢真たちは村役場へと急いだ。
「対処できないってどういうことよ!?」
村役場のカウンターをシルフィは強く叩き、対応している職員を怒鳴りつける。
「で、ですから、ゴブリンキングとか100を超えるゴブリンの群れだなんていきなり言われましても……ここは辺境ですが魔物の活動は大人しい地域でして、何かの見間違いでは?」
「見間違いじゃないわよ! こいつが証人よ!」
「僕はしっかりと見ましたし、黒いゴブリンがここの村を今夜襲うと聞きました。それにほら! これ!」
逢真は自身の切られた服を見せる。
「……怪我もしてないじゃないですか、どこかに引っかけたのでは?」
「治したのよ! 気合いで!」
行政の腰は重い。それは小さな村役場としても同じこと。確たる証拠もなしには住民避難や近隣の街への救援要請など出せる訳もない。
「確かに最近ゴブリンの目撃証言が何件かありました。念のため、明日職員を派遣して森の調査を行いますから」
「明日じゃ遅いのよ! 今夜来るって言ってたんだから! ちゃんと話聞いてたの!?」
「調査なら僕が依頼を受けて行いました。その結果、黒いゴブリンに遭遇したんです」
逢真の証言に職員は眉を顰める。
「失礼ですが、旅人に出すこの手の依頼の報告は参考程度に取り扱うことになっています。調べていただいたことは感謝いたしますし、既定の報酬もお支払いいたします。しかし、それと報告を鵜呑みにすることは別の話です――お引き取りを」
逢真たちは役場から追い出されてしまった。職員の対応は非常に淡白で、こちらの話を真面目に取り扱うようには思えない。通常旅人の報告と言えどもこんなに邪険に扱われることはない。
今回は内容が異常だったことと、シルフィが役場に乗り込んだ勢いに任せ「責任者を出しなさいっ!」と一喝。「ワーグテイル王国第三王女、シルフィ・ワーグテイルの名において村人の避難を命令するわ!」と大声でまくし立てたことが運悪く重なり悪質な悪戯と捉えられたのだろう。本当に運の悪い話だ。
「信じられないっ! 王女よ私!? 私の言うこと普通無視する!?」
役場の入り口前で地団太を踏むシルフィ。ミズキがどうどうと彼女を宥める。
「仕方ないですよシルフィさん、貴女は王女と言ってもまだ学生の身分で国民の前には余り顔を出さないじゃないですか」
加えて言うならこんな辺境の田舎村に王女がいると言われたって信じる人はまずいないだろう。普通なら王家の家紋が入った物などで身分を証明するのだろうが、残念ながらそういった品は捕まった際に取り上げられている。まあ、持っていたとしてもそれが本物かどうか判断できる人間は残念ながらここにはいないのだが。
「こうなったら……私たちだけで」
「倒すしかないわね」
「逃げるしかないですね」
シルフィと逢真の言葉が重なる。
シルフィは倒すと言い、逢真は逃げると言った。
「あんた、この村の人を見捨てる気?」
「仕方ないですよ。だって僕らじゃアイツには勝てない」
「王女は国民を見捨てないわ!」
「魔王の僕には関係ありません」
「……あんた本気で言っているの?」
シルフィは侮蔑の視線を逢真に向け、紅く真っ赤な怒りのオーラをその身に纏う。
「お、落ち着いて下さい! 二人とも!」
一触即発の二人の間にミズキが割り込んだ。
「――勝手にしなさい。でも、今後私の前には二度と現れないで」
「契約者のくせに、僕を放置するんですか?」
「アンタ最初に出てきたときに言ってたわね私が契約者だと。契約者とかよくわからないけど、どうでもいいわ。次にアンタの顔を見たときにはディオロンの騎士としてアンタを討つわ」
「……わかりました。契約者と行動を共にする必要はありませんから、ではさようなら」
「ちょっと逢真さん!?」
ミズキが立ち去る逢真を止めようとするが、シルフィがそれを「止めなさい」阻む。
「いいんですか?」
「戦う気のない者を戦場に置いておいても足手まといになるだけよ」
「素直じゃないですね」
「……なんのこと? それよりも、ミズキ、貴女も早く逃げなさい。村まで案内してくれてありがとう」
シルフィがミズキにそう礼を言ったが、ミズキはそれを制して首を左右に振った。
「私も戦います」
「ちょっとミズキ!? 正気なの!?」
「ええ、言いましたよね。私結構強いんですよって」
そう言ってミズキは力瘤を作って見せる。当然瘤など出来ていないが。
「村人が逃げる時間を稼ぐだけよ、ダメだと思ったら逃げなさい」
シルフィは頼もしい相棒に微笑みながら「よろしく」と伝えた。
『逢真、良かったのか?』
「なにが?」
シルフィ達と別れてその足で村から出た逢真は西へと続く街道を進んでいた。この街道はリモーヨの村に一番近い街へと続いている。
『契約者など洗脳して無理やり引っ張っていくなり、四肢を捥いで引き摺っていくなりすれば良いじゃろうに、このお人好しが』
リリムは逢真の周囲をクルクルと飛び回りながら不満そうにしている。
「結構気に入っているだよ。彼女のことは」
何だかんだと自分を助けてくれようとしたり、ほぼ何の関わりもない村人を助けようと言いだしたり。まったくもって無謀だが、そんなシルフィに逢真は好感をもっていた。
「奴を倒すために“力を持った者”が必要だ」
逢真は次の街に向かい歩を進める。
『お! おったぞ! お主の言う“力を持った者たち”じゃ!』
リリムは街道の少し先にいる武装した一団を見て不満げな表情を愉快そうな笑顔へと変えた。集団は街道を塞ぐように集まっており、何かを待っているようであった。
「やっぱりいたか。読みが当たって助かった」
『正面から行くのか?』
「時間がない。夜までに村に戻らないといけないから――彼らの力を借りて」
『……の間違いじゃろう?』
集団へと小走りに駆けだした逢真の背中にリリムは言葉を投げかけるが、逢真はそれには答えずに速度を上げた。向かう先に待機する彼らの力が今の逢真には必要だからだ。
魔王は力を持つ者たちに助けを求めに行きました。
謎の武装集団とは一体?