005 リモーヨの村
翌日、逢真とシルフィの怪我も回復したので洞窟を離れることになった。
「もう行ってしまわれるんですか?」
ミズキが少し寂しそうな顔を見せる。
「ええ、ここに居てもしょうがないし、いつ追手に見つかるかもわからないしね」
シルフィは外していた鎧を装着しながら答えた。その様子を見ていた逢真が口を開く。
「で、これからどこに行くんですか?」
もっともな質問だ。この辺の地理なんかはシルフィも詳しくないということは昨日の逃走でもわかっている。
「……勘?」
小首を傾げながら言うシルフィに物言いたげな視線を送る逢真。
「うふふ、本当に面白い人たちですね。宜しければ私を一緒に連れて行ってくださりませんか? 近くの村まででしたらご案内できますし」
「ホント!? あ、でも危険よ? 私たち謎の組織に追われているから」
「大丈夫ですよ。私こう見えても結構強いんですから」
そう言って力瘤を作るポーズを見せるミズキ。だが力瘤のできる様子はない。自信ありげな顔で長い耳をぴくぴく動かすミズキに逢真がポーッと見とれていると、シルフィが急に逢真の頬を抓った。「いでで」と痛みを訴える逢真を無視してシルフィは「じゃあ、よろしくね」と言ってミズキと握手した。
「ここに、第一次魔王軍が結成されたのだった――痛いっ!」
逢真の言葉にシルフィが頬の抓りに捻りを入れて返す。その姿には魔王の威厳など全くと言っていいほどなかった……
「着きました。ここがリモーヨの村です」
洞窟からたった一行、じゃなかった、数刻移動した距離に村があった。ワーグテイル領・リモーヨの村。まさに田舎といった感じで農場や畑などが村のほとんどを占めている。住民は全て一般エルフで構成されており。旅人などもたまにしか来ないこの村では他の種族を見かけることもほぼない。
「うわ、牛フン臭い」
逢真が鼻をつまむ。
「農村なんだから当たり前でしょう」と言いつつシルフィも鼻をつまんでいる。
「ふふふ、都会から来た方には少しキツイかもしれませんね」
「って、ミズキさんも摘まんでるじゃないですかっ!」
結局三人とも鼻をつまみながら村へと入って行った。とりあえず食事を取るために大衆食堂へと入る。
「閑散としていますね」
適当な席に座る逢真。だがシルフィとミズキは入り口のところで一端立ち止まる。どうも入るのに躊躇しているようだ。店員に促されておずおずと席につく。だが今度は逢真がメニューを見て顔を顰めた。
「どうしたの?」とシルフィが訊くと一言「読めません」と呟く。するとミズキが覗き込んで料理名を読み上げてくれた。適当に注文をした三人、料理を待ちながら今後の活動方針を話し合う。
「私はこれから、カデミアへ行こうと思うんだけど?」
「カデミア?」
当然ながら聞いたことのない地名に首を傾げる逢真。
「学園国家カデミアですか?」とミズキが訊き返す。
学園国家カデミア。それは獣人が管理する中立国家である。名前の通り、その国家には数多くの教育施設や学術研究施設が存在する。中でも聖カデミア学園はここエアトス大陸に存在する各国の交流を目して設立されている学園で、各国の王侯貴族が数多く通う学園としても有名である。
「ここからカデミアまでは結構ありますよ? 竜騎なら一週間、馬車なら三カ月くらいでしょうか?」
「さ、三カ月も!? な、夏休み終わっちゃうわ」
絶望に打ちひしがれるシルフィ。なにを隠そう彼女は聖カデミア学園の学生で、夏休み中に誘拐された哀れな王女様だった。
「竜騎ってこんな田舎にあるものなの?」
「ないでしょうね」と耳を下げ困った顔を見せるミズキ。ちなみに竜騎とは、翼を持ったドラゴンの一種である飛竜を飼いならしてその背に蔵を着けたこの世界特有の移動手段である。
そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。三人は食事をしながら話し合いを続ける。
「そう言えば、逢真さんは魔王なんでしたよね?」
突然思い出したかのようにそんな話題をふるミズキ。逢真は飯を口に掻き込みながら頷いて見せる。
「この世界には観光に?」
「旅人気分かっ!」
ミズキの言葉についツッコミを入れてしまうシルフィ。
「僕はこの世界を征服するために来ました」と逢真が笑顔で説明する。
「アンタそれ本気なの?」とシルフィが怪訝な目を向ける。逢真はそれに対し胸を張りながら「やる気と書いてマジと読みます」とふざけた事を抜かす。
「でも、世界征服なんてどうやってやるんですか? 国王暗殺とかですか?」
「ちょっとミズキ!? 物騒なこと言わないでよね!」
ミズキの言葉にシルフィは慌てた様子を見せた。国王暗殺となると殺されるのは彼女の父親なのだから冗談では済まない。
「暗殺かぁ、僕、血とか見ると気持ち悪くなっちゃうんですよね」
「アンタそれでも魔王か!」と突っ込んだものの、少しばかりホッとするシルフィ。でも一応「アンタ、もしパパ殺したらアタシがアンタのこと殺すからね」と釘をさしておく。
逢真は、その言葉に若干ビビりながら「わ、わかりました」と返事をした。
「でも、そうなると世界征服はどうするんですか?」
「そうですねぇ……」
逢真が少々悩んでいると、ミズキがポンっと手を鳴らす。何か思いついたのだろう。シルフィは嫌な予感に顔を顰めた。
「シルフィさんと結婚するっていうのはどうでしょう?」
やはり予感は的中した。シルフィは頭を抱えながら「なんでそうなるの?」とミズキに訊く。
「だって、シルフィさんは王女様ですから、結婚すればこの国が手に入りますよ?」
「へぇ、シルフィって王女様だったんですねぇ!」
「私それ言ったでしょ! 忘れたの!?」
「あんまりお姫様って感じじゃなかったので痛い人かと思ってましたぁ」
シルフィは無言で逢真の耳を強く引っ張る。
「いだい! いだい!」と逢真は悲鳴をあげた。
「……私は第三王女なんだから、結婚したって国王にはなれないわよ」
「なぁんだ。そうなんですか」とミズキは残念そうに言う。
「あ、それと、ただ世界征服するだけじゃなくて、勇者を倒して世界の希望を絶望に変えないと契約完了にならないんですよ。契約上いろいろ履行条件があって、ちゃんとやらないといけないんです」
逢真の当然のように勇者倒します宣言に、ミズキは「いろいろ大変なんですねぇ」と言葉を返し、シルフィは「勇者も出てくるのか……」と今後のトラブルの予感に頭を抱えた。
そんな雑談をしながら食事は進み。既に全員の皿がほとんど空になった頃。シルフィが話のしめに入る。
「まあ、私も学校があるし、行く先はカデミアでいいわね。世界征服とか勇者倒すとか、謎の組織とかはあとで考えるとして……とりあえずカデミアに行く方法を確保しましょう。まあ、一先ず必要なのはお金が必要よね」
シルフィのその言葉に少しばかり目を見張るミズキと逢真。
「シルフィ、お金持ってないんですか?」
逢真は口から定食の魚をはみ出させながらしゃべった。
「ええ、奴らに取られちゃったの。悪いんだけど逢真、ここは立て替えておいてね」
そう言ってお茶目に両手を合わせてウインクするシルフィ。
「いやいや、僕はこっちの世界来たばかりですよ? お金なんて持ってるわけないでしょう?」
二人は顔を見合わせるとミズキの方を振り向く。だが、ミズキは堅い笑顔で首をふるふる。青ざめる三人。
「お客さん」
気がつくと包丁を片手に笑顔に影を落とす店主がすぐ脇に立っていた。
「な、なんでこんな目に……」
「黙って働く!」
「はいぃ!」
シルフィの愚痴に店主が怒鳴る。ディオロンの姫騎士は鎧をエプロンに変えて皿洗いをさせられていた。結局無一文だった魔王一行は店主の計らいでシルフィとミズキが店で働いてお金を返すことで許してもらえたのだ。
「それにしてもこの扱いの差は何!?」
愚痴をこぼしながらホールに目をやるシルフィ。ホールではミズキが忙しそうに立ちまわっている。しかも店主の指示でフリフリの可愛らしいメイド服を着させられているために男性客がさっきから後を絶たない。先ほどまで閑散としていたのが嘘のようだ。
「あ、店員さん。こっちお茶ください」
「はい、ただいま」と返事をしてミズキがお茶を入れて逢真の許へと持っていく。
「アンタは働きなさいよっ!」
シルフィが厨房からホールで呑気にお茶を飲んでいる逢真に怒鳴り声をあげた。
「いや、だって男はいらないって店長さんが」
「だったら私たちが早く解放されるように外で仕事探してきなさい!」
「えぇ~」と心底面倒くさ……困ったような表情を浮かべる逢真。
「そういえば、街道沿いに魔物が出るってさっきのお客さんが言ってましたよ? なんでも懸賞金が懸っているとか」
「それだ!」
ミズキの情報にシルフィが目を輝かせる。
「アンタ魔王なんだから魔物ぐらいちょちょいのちょいでしょ?」
「なんですか? ちょちょいのちょいって……十年ぶりくらいに聞きましたよ。それに僕、魔物退治とかより農作業とか地味な仕事のが好きなんですけど」
「どこに農作業する魔王がいんのよっ! ぐだぐだ言ってないで早く魔物を狩ってくるっ! いいわね!」
「はぁーい」と逢真は店を出て行った。
「まったく、ホントにあんなんで魔王なのかしら……」
「黙って働く!」
「はいぃ!」
愚痴を言う暇もなくシルフィは皿洗いに没頭させられるのだった。
今後の方針 → 聖カデミア学園へ行く