003 仮面の剣士
「おい! もう話はすんだか?」
声に驚き振り向く二人。周囲は既に追手たちによって囲まれていてしまっていた。どうやら逃げ場はないらしい。
「あ~、逃げそびれましたね~」
ガッカリした表情を浮かべる逢真。
「はぁ、仕方ないわね」
シルフィは体の痛みに耐えながら立ち上がると逢真を庇うように立つ。シルフィはふと思った。敵であるはずの自称魔王な少年を庇いながら敵に正対するという可笑しな状況。これでこの後この少年魔王が世界を滅ぼしたりしちゃったら滑稽にも程がある。
「いっそ、捨てて逃げるか」
ボソッとシルフィが呟くと、逢真がぎょっとした表情で彼女を見た。その反応をみてシルフィはクスリと笑う。
(なんだか放っておけないのよね)
そして気を取り直して正面に向き直ると、兵士たちを一睨みし、大きく息を吸いこんだ。
「貴様ら! 私をワーグテイル王国第三王女シルフィ・ワーグテイルと知っての狼藉か! これ以上無礼を働くようならばその命! ないものと知れ!」
シルフィと名乗ったシルフィの一喝。兵士たちの動きが止まる。効果があったのかと思われた時、兵士達からどっと笑いが巻き起こった。
「ハハハハハ! 王女様、そんなことは百も承知なのですよ」
「いやいや、勇ましいぞ惚れてしまいそうだ」
兵士たちの冷やかしに、シルフィは頭にきて笑う彼らを殴りつけに飛び出そうとする。
「やめてください! 自殺する気ですか!」と言いながら逢真はそれを羽交い絞めにして必死に止めた。
「いい加減にしろ、任務中だぞ」
その言葉で一瞬で場が水を打ったように静まり返る。声の主が一歩前に歩み出た。その者もまた仮面をつけているため顔はわからない。しかし纏っている服が他の者と一人だけ違い、他の者の態様から敵兵のリーダーであることが分かる。腰から下げている剣がやけに存在感を発しており、兵士と言うよりは剣士といった出で立ちだ。
「ワーグテイルの姫騎士よ、無駄な抵抗はよせ。貴様は殺さずにつれてくるようにとの命令を受けている」
静かに、感情のない声で語りかけてはいるが、シルフィはその男からかなりのプレッシャーを感じていた。滲み出た汗が頬を伝う。多少腕に自身のあったシルフィであったが、武器もなく負傷した状態でこの男と戦うのは危険であると本能が警鐘を鳴らした。
「この少年、どうもあんた達の所望する魔王っぽくはなようだけど、どうするつもりなの」
シルフィは仮面の剣士を警戒しつつ尋ねる。
「偽物は処分するように言われている」
どうやら逢真は必要ないと判断されたようだ。後ろで逢真が何か言いたそうな表情を浮かべたが、黙ってシルフィの影に身を隠した。
「そう、だったらこの子を渡すわけにはいかないわね。みすみす子供を死なせるわけにはいかないの、ディオロンの騎士としてはね」
シルフィはそういうと地面に落ちていた木の棒を拾って構えた。
「話し合いは無駄ということか」
男は腰に下げていた剣に手をかけた。しかし、そのとき何かに気がついたのか急に視線を左右に巡らせ、声を上げた。
「子供は何処だ!」
その声で兵士たちはシルフィの後ろを見た。さっきまでシルフィの後ろに隠れていた筈の逢真の姿が消えていたのだ。慌てて兵士たちは周囲を確認する。
「くそっ!いったいどこに!……ぐあっ!?」
そのとき兵士の一人が急に奇声をあげた。その声に兵士達が振り向くと兵士が一人地面に突っ伏して倒れている。
「ど、どうした!」
他の兵士が慌てて近寄って確認する。
「気を失っているようです」
『がはっ!』
『あがっ!』
再び奇声が聞こえ、そちらの方を向く。するとさらに二人の兵士が倒れていた。
「い、一体何が」
他の兵士たちが動揺していると、仮面の剣士が懐からナイフを取り出して、おもむろに前方の木の上に向かって投げた。すると「うわっ」という声と共にドサッと逢真が降ってくる。逢真はイテテと尻を擦りながら立ち上がった。
「貴様! 何をしやがったぁ!」
慌てて部下の兵士たちが取り押さえにかかった。しかし逢真は突っ込んできた兵士をかわすと軽く飛んで後頭部に蹴りを入れる。鈍い音がして兵士は地面に倒れ込む。さらに着地と同時に傍に立っていた兵士の腹部に拳を叩きこむ。慌てて後ろから切りかかってきた兵士は足払いで転がし、止めの一撃として鳩尾辺りを思い切り踏みつけると「グエッ」っと言う声と共に兵士が動かなくなった。
「う、嘘……」
シルフィは驚きのあまり言葉を失い、その手からは木の棒が滑り落ちた。周囲を囲っていた兵士たちは瞬く間に一人を残して全滅させられている。
「ほう、ただの子供ではなかったか」
最後の一人、仮面の剣士は悠々と逢真に向き直る。そして少しだけ距離を詰めたところで立ち止まり、剣の柄に手をかける。
「名前を聞いておこう」
「逢真、夜之瀬逢真です」そういって営業的な笑みを浮かべる逢真。
「逢真か、憶えておこう」剣士は仮面の下でニヤリと笑った。
そして言うや否や、仮面の剣士は一瞬のうちに逢真との距離を詰めた。あまりの踏み込みの早さに逢真の反応が一瞬遅れる。拙いと感じた瞬間、逢真はとっさに足下にあった敵兵の剣を蹴り上げた。仮面の剣士は抜刀と同時に剣を払う。その斬撃は逢真の蹴り上げた剣を真っ二つに切り裂き逢真の胸元を掠める。
「あ、あぶなかった」
そういった逢真の服の胸元は十センチほど切られている。とっさに剣を盾にしたことで剣士の剣速が僅かに失速したために何とかかわせたのであった。
「貴方、結構強いですね」そういって逢真は袖で額に浮き出た冷や汗をぬぐう。
「でも、僕に勝てますか?」と逢真は仮面の剣士に対して構えを取った。
二人の間の空気がピリピリと震える。
そして次の瞬間、二人の間に突如何かが投げ込まれる。それは紅い閃光を発し、爆音とともに爆発。周囲二メートル四方を吹き飛ばし強烈な衝撃が二人を襲った。
その衝撃で逢真は数メートルほど吹き飛ばされる。そのまま急な下り坂に落ちた逢真はごろごろと坂道を転がり落ちる。さらに十数メートルほど転がり落ちたところで急に森を飛び出すように抜け、視界が開ける。
そのとき逢真の背筋に嫌な悪寒が走った。何やら地に足付かぬ嫌な浮遊感。逢真はゴクリと唾を飲み、決死の覚悟で下を向く。下には森が見えた。とても美しい森だった。できればもっと近くで見たかったと逢真は切実に思う。そう、森は逢真の遥か下に存在していたのだ。十メートル、ニ十メートル……いいや、そこは軽く百メートル級の崖であった。
「い~~~や~~~~!!」
逢真は悲痛な叫び声をあげながら崖底深くに沈みゆく。
「この高さでは……助からぬか」
仮面の剣士が崖の淵から下を覗き見ながら言う。
「ワーグテイルの姫騎士にも逃げられたようだな、やれやれ」
シルフィがいないことを確認すると、仮面の剣士は剣を仕舞い、その場を静かに立ち去っていった。
軽く戦闘でした。
魔王の強さはとりあえず下級兵士を圧倒できるくらいのようです。