002 魔王逃走中
薄暗い通路を進み、しばらく行くと階段に出くわしたのでそれを上っていく。上りきったところで光が見えたのでその方向へと進んでいくと、視界が真っ白に染まった。
「っ!!」
一瞬何も見えなくなるが、徐々に目が外の明かりに慣れて視界が戻る。振り返るとそこにはサンピエトロ大聖堂を彷彿とさせる立派な建物が広大な森林の中にそびえ立っていた。どうやら今は使われていないのか、ところどころ崩れ去り、植物の蔦やコケに浸食されている。途中、階段を上ってきたことを考えると、先ほどまでいた儀式場らしき場所はこの建物の地下だったのだろう。
逢真が緑中にそびえる立派な遺跡をしげしげと眺めていると、シルフィが今出てきたばかりの建物の奥を指差して叫ぶ。
「少年! 敵来てる!」
シルフィの声に我に返った逢真は彼女の指さす方を見ると、既に敵兵がすぐそこまで来ている。慌てて逢真は森の中へと飛び込み姿を隠した。
「どっちに行けばいいんでしょう?」
逢真はシルフィに聞くが「わからない」と首を振られてしまう。仕方なく敵とは反対方向にこっそりと移動した。
『おい! いたか!』
『いや! こっちにはいない!』
少し離れた場所で逢真達を探す声がする。遺跡から少し離れた森の中で二人は息を潜めていた。
「行ったみたいね」
「た、助かりましたね」と心底ほっとしたような表情を浮かべる逢真。
その様子を見ながらシルフィは再び同じ疑問を口にした。
「あんた、ホントに魔王なの?」
そう言ってシルフィは逢真の顔をまじまじと観察する。一見して普通の少年にしか見えない。身長も低いし、ガタイがいいわけでもない。羽もなければ角もない。少しばかり整った可愛らしい顔はしているが、白髪・赤目の他にはこれと言った特徴もない。シルフィは首をひねる。
「ちょ、顔……近い……です」
グイっと近づけられたシルフィの顔に照れたのか、逢真は顔を赤く染める。
(魔王なのにウブ? あり得ないわ)
彼女の疑念はさらに深まる。
「失礼ですが、貴女は魔王についてどれくらい知ってますか?」
赤面を誤魔化すように逢真が今度はシルフィに質問した。
「どれくらいって、世界を破滅に導く魔物の王様?」
「適当な認識ですね」
「悪かったわね」
逢真は呆れた顔をするも説明を始めた。
「魔王っていうのはシステムの中のロールの一つです」
「システム?」
「異世界で特定の役割を割り当てられてその役割として生きるシステムのことです」
「特定の役割って……まさか」
「そうです、魔王はそのロールのうちの一つ。そして魔王は商会という組織から派遣される契約者のことを指します」
「ま、商会!? それが魔王を送り込んでくる敵の組織なの!?」
突如告げられる敵の黒幕らしき組織の存在に驚くシルフィ。だが逢真はシルフィの言葉には答えず話を続ける。
「僕たち魔王はみんなそこに所属しています。正確には契約によって縛られているんですが……」
「縛られてるってどうゆうことなの?」
「言葉の通りです。俺たちはもともと数多に存在する異次元世界のうちの一つに生活していた普通の人です。でも、その中で時折商会に目をつけられる人がいる。そういった人は商会との間に魔王契約と呼ばれる契約を結ばされます。するとその契約に魂は縛られてしまう。その結果魔王としてのロールを果たさなければならないってわけです」
そこで言葉を区切る逢真。何か思うところがあるのか、逢真は複雑な顔をしている。
「魔王としてのロールって、もしかして世界征服……とか?」
少しばかり顔を顰めるシルフィに笑顔を見せる逢真。
「その通り」
「……マジ?」
逢真の言葉に顔を顰めるシルフィ。逢真は笑顔のまま「真剣と書いてマジです」と答えた。
「帰ってくれない?」
シルフィは微かな願いを込めてそう言ってみる。
「無理ですよ、魔王としての任務を放棄した場合、魂ごと闇に落とされることになります」とあっさりと拒否されてしまう。シルフィは若干項垂れ気味に質問した。
「魂ごと闇にって? どうゆうこと?」
「魂ごと闇に落とされるというのはつまり永遠の安らぎのない混沌と恐怖に魂がさらされ続けるということらしいです。研修で習いました」
よくわからないが、どうやら世界征服ができないとこの目の前の少年は大変なことになるらしい。シルフィは急に教えられた魔王というシステムに頭を抱える。
「まあ、そんな気を落とさないでください、そのうち勇者も召喚されるでしょう。世界の70%を掌握して彼らを倒したら任務完了です」
「勇者? アンタそれって――」
『おい! こっちだ! いたぞ!』
「やばっ」
そんなやり取りも束の間、おちおち驚いている暇もない。急いで兵士達に背を向けて駈け出す逢真。できる限りの速さで走ったのだが負傷したシルフィを抱きかかえながら走っているうえ、森の中。足下は悪いし、木々が邪魔をして上手く走れない。追手との距離が徐々に狭まる。このままでは二人ともすぐに追いつかれてしまうことは明らかだった。
「逢真、もうここでいいわ」
少し森が開けた場所に出たときシルフィは逢真に言った。
「このままでは二人とも捕まってしまう。あんたは逃げなさい。ここは私が食い止めるから」
シルフィは自分を犠牲にして逢真を逃がすつもりなのだろう、剣も持たぬその身で兵士達に立ち向かう決意をする。その姿はまさに誇り高き騎士であった。
「……貴女って人は」
シルフィの姿に感動したのか、苦渋の表情で逢真はシルフィを見つめる。
そして「そうですね、このまま足手纏いを連れたままじゃ助かるもんも助かりません。それじゃあ! お元気で!」と逢真はころっと表情を変えると、その場にシルフィを降ろし、片手をシュタッと上げながらその場を速攻立ち去ろうとする。
それをみて慌てて逢真の足を掴んで引き留めるシルフィ。逢真はいきなり足を掴まれたので顔面から地面に突っ込んでしまう。
「ちょっと! そこは貴女を置いてはいけませんとか! 僕が囮になりますとか言うところでしょ!? なに当然のように逃げようとしてるのよ!」
「いつつ……な、なにするんですか、貴女が置いて行けって」
「言い訳しない! 魔王でしょ!」
鼻を押さえながら立ち上がる逢真に対してシルフィは一喝する。逢真は理不尽だと感じていたが、また怒られそうだったので言葉には出さなかった。
シルフィさんはかっこいいセリフとか言いたい人です。