010 リモーヨの村での戦闘3
「魔王を名乗るかガキ」
逢真の名乗りを聞いて眼の色を変えるゴブリンキング。
「王である俺を差し置いて魔王を名乗り、あまつさえ命乞いをしろとは……全く笑えんな」
無表情で逢真に向けて殺気を飛ばす。目に見えるのではないかと思うくらいの濃密な殺気が逢真に突き刺さる。
「な、なんでアンタ戻ってきてんのよ」
声を出すのもやっとな状態で、絞り出した声でシルフィが逢真に問いかける。
「援軍ですよ」
「援軍なんて……いないじゃな、い」
シルフィが視認できる範囲には援軍と呼べる者なんていない。
「いや、僕が援軍ですから」
自分で勝てないと言って去って行った逢真が、援軍としてやってきた。残念ながら状況は好転したとはシルフィには思えない。だったらとシルフィは逢真に指示を出す。
「ミズキが……向こうで、戦ってるわ……連れて、逃げて」
どこかへ移動して戦っているのか、ここからは見えないがミズキがいるであろう方角を示すシルフィ。だが逢真はそれに首を振った。
「彼女に援軍は必要ないですよ、きっと」
逢真はそれだけ言うとゴブリンキングへと向き直る。もの言いたそうなシルフィの視線は無視した。
「最後のお別れはすんだか?」
「僕まだ来たばかりなのでお別れするには少し早いですね」
逢真は一つ軽口を叩くとポケットから掌に納まるくらいの何かを取り出してゴブリンキングの目の前へとポイっと投げた。
「……これは」
それは緑色の耳だった。
「僕の前にいた世界では魔物を狩ったら討伐証明としてその身体の一部を持ちかえるという慣例があったんですよ。街道にいたあなたの部下は美味しく頂きました。ゴチです」
逢真は耳を取り出す際に手に着いた血をぺろりと舐めとり、ゴブリンキングへと微笑んだ。
「なるほど、それでは完全に俺の計画は潰れた訳か」
ゴブリンキングは手にした鉈をギュッと握りしめ、体制を低く構える。
「これではあの方に面目が立たない――お前は殺すっ!」
怒りにまかせたゴブリンキングの突貫。一瞬で逢真との距離を詰めると振り上げた鉈を右上から袈裟がけに振り下ろす。逢真はそれを咄嗟にバックステップで躱し、距離を取ろうとするが、ゴブリンキングはさらに追撃。鉈の大ぶりを連発して下がる逢真の後を追う。繰り出される連撃は、技と呼べるものではない。鉈の大ぶりを繰り返すだけ。しかし、ゴブリンキングの速さと力によってそれは厄介な攻撃となっている。逢真は防戦一方、ただひたすらに躱し続ける。
「どうした! 魔王! 避けるのは上手いようだがそれでは俺には勝てんぞ!」
「じゃあ、そろそろ攻撃しますよっ!」
逢真はゴブリンキングの鉈を躱したタイミングで半歩相手の懐に入り込む。右のボディブローがカウンター気味に決まった。
「きかねぇよ!」
ゴブリンキングはそう叫ぶと鉈の柄で逢真を思い切り殴り飛ばした。逢真はあっさりと弾き飛ばされ地面を転がるが、転がった勢いを利用してぴょんっとすぐに飛び起きる。
「強烈だなぁ」
唇の端から伝い落ちる血を袖で拭いながらそうぼやく。もとからフィジカルの強さが違う。逢真がゴブリンキングに勝っているのは唯一小回りのきく素早さだけだった。
「俺の部下を殺したというからどんなに強敵かと思えば、その程度か?」
「まさか、これからさ」
逢真はゴブリンキングに向け駆けだした。目前、ゴブリンキングの鉈の間合い直前で右腕の外側へと回り込み、中段蹴りを放つ。ゴブリンキングはそれを肘で弾く。直後に鉈を一振り。逢真はそれを掻い潜り、腹に左拳を一発叩き込む。
「ちょこまかと! うっとおしい!」
ゴブリンキングは逢真を振り払おうと鉈を振り回し続けるが、逢真はそれを掻い潜り、小刻みな攻撃を繰り返す。
「うおぉおらぁ!」
ゴブリンキングが咆哮と同時に一際大きく鉈を振り上げ、渾身の力で振り下ろした。逢真はそれを躱すと後ろへと回り込む。
「逢真ダメ!」
シルフィが声を張り上げると同時に逢真の腹にゴブリンキングの蹴りが炸裂した。
「同じ手に引っかかるとは仲がいいな!」
腹部を抑えよろよろとしている逢真目掛けてゴブリンキングはすかさず鉈を振り下ろした。
ザシュッ
肉を断つ嫌な音と共に逢真の右腕が肩からざっくりと切り落とされた。
「うわぁぁああああ」
逢真はその痛みに絶叫を上げる。
「うるせぇ」
次の瞬間逢真の胸の中心を鉈が貫いた。逢真の口から叫び声に代わって血が溢れだす。数秒の後、鉈が引き抜かれると逢真はその場にぐずれ落ちた。
「ちっ、ただの雑魚か――この様子じゃあ俺の部下をやったってのも嘘くせぇ」
ゴブリンキングは血の滴る鉈を手に再びシルフィに向き直る。
「ん?」
ゴブリンキングはシルフィの異変を感じ取った。目を見開き驚愕、そして恐怖を含んだ表情を浮かべている。最初は逢真が殺されたことで、恐怖しているのかと思ったが、その視線がゴブリンキングではなくその後ろへと向けられていることに気がつく。
次の瞬間、ゴブリンキングは背後に膨れ上がる膨大な気配に振り返った。
「……なんだ? 何なんだお前は?」
揺ら揺らと立ち上がる逢真の姿がそこにはあった。白目を剥き、口からは血がごぼごぼとあふれ出している。その姿はまるで動く屍だった。
黒い靄が逢真の体に纏わり憑いている。次第に靄は逢真の胸と切り取られた右腕へと集まり、肉が蠢くニチニチとした音が静寂の中鳴り響く。黒い靄が肩から地面に落ちている腕へと伸び、靄に包まれた腕が肩へと引っ張られるようにして繋がっていく。
「なんだあれは。再生……なのか? 気持ちがわりい」
黒い靄は見る見るうちに逢真の腕を修復し、胸に空いた傷口を塞いだ。靄が納まりだすと、逢真の目がぎょろりと動き、黒眼が戻ってくる。
「ん、んん……死んでたのか」
寝起きのように体をゴキゴキと解す逢真にシルフィが恐る恐る「だ、大丈夫なの」と声を掛けた。
「こっちに来てからもう3回目だよ。いい加減勘弁してほしいんだけどね」
「化物が」
ゴブリンキングは吐き捨てるようにそう呟いた。