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暗闇からの脱出

つん、と鼻をつくような早朝の空気で目を覚ました。

決して寝心地がいいとは言い難いベッドから重い体を起こし、頭が起きるのを待つ。


薄暗い路地裏のそのまた薄暗い店。

ここが俺の働場。

職場、なんて綺麗なもんじゃないが。


俺ができる限られた職業。

だが、それも今日でおしまいだ。


頭が冴えると、いつもなら想像もできないような高価な服に袖を通して廊下にでようとドアノブに手をかける。


「ん、ロキ…」


俺が部屋を出ようとしたとき、先ほどのベッドから一緒に寝ていた奴の声がした。


「もういくの?事後サービスとかもっとないの?」



俺の着替える音で起こされたのかもう意識がはっきりしてきているらしい。


一晩寝たくらいで客気取ってんじゃねぇよ。カスが。


「はい。今日でここを辞めるつもりなので」


「え?辞めちゃうの?なーんだ、せっかく明日も指名してあげようと思ったのに」


そう言うとそいつはまたベッドに寝転んだ。


「すみません。では失礼しました」


なるべく丁寧な言葉を心掛け、軽くお辞儀をして、素早く自分の私物を掴み、その部屋を出た。


あの野郎、俺が下手に出てるからって調子乗りやがって。

てめぇ見てるだけで反吐がでるんだよ。


しかし、この店から客の機嫌を損ねたら「あの話」は無しだと言われている以上従うしかない。


部屋から続く廊下の先に誰かいる。

耳の先がとがっている上、背の高さが目をひく。それがエルフだとわかればその人物はこの店を仕切るイリーザだとわかる。


「ロキ、セシルさんもう来てんだぞ。早くしろ」


その声は低く、情など感じさせない重い口調。


「すみません」


言われたとおりに立ち去ろうとして走り出したとき、

ゴッ、と自分の腹の位置から鈍い音がしてとっさにその場に座り込む。

内臓が潰されたような鈍い痛みに耐えて目の前の男を見上げる。


「世話になっといて礼の一つもできねえのか」


色のない目で見下ろすこいつは紛れもない

クズだ。


「……りがとござぃました」


「チッ、なってねぇガキが」


なんとか声を出した俺には目もくれず、イリーザは店の管理室へ入っていった。


このまま何分かは座り込んでいたいが、いつまたイリーザがくるかわからない。

前傾姿勢で痛みがひかないうちに立ち上がり、薄暗い店を出た。

少しばかり明るい路地裏に出る。


そこにはさっきの奴らとは比べものにならないくらいの柔らかい雰囲気の人間の女が立っていた。


その姿は獣を思わせる要素など微塵もない純粋な人間だ。

その種族に生まれ落ちたものは一生その地位から苦労することは無いだろう。


「あら、ロキ。今日もいい朝ね……って、ロキ、それどうしたの!?」


前傾姿勢で歩き方がおかしい俺を心配したのか駆け寄って肩をかしてくれる。


「ありがとうございます……」


「またイリーザにやられたの?それともお客さん?いや、もう気にしても仕方ないわね」


ひとりでに呟くと、セシルさんの後ろにとめてある竜車に乗せられた。


「とりあえず乗って。ジルバートまでは時間あるから休むといいわ」



肩から手を離し、竜車の中では比較的広い座席部分に俺を寝かせてくれた。


「……ありがとうございます。」


「いいのよ。じゃあ出してください!」

セシルさんが竜車の前の方に向かって叫ぶと、パシッとムチの音がしてゆっくりと竜車が動き出した。


屋根のある完全な個室の乗り物に乗ったのは久し振りだ。


セシルさんが座っている方の窓に目をやると、竜車の動力であろう地上を走るドラゴンのような生き物が2体走っているのと、

それらを操っている運転手の老人が見えた。


「気分はどう?最悪、良くならなかったら皇室の医療魔導士になおしてもらえばいいわ」


「いえ、もう大丈夫ですから。」


「そう?でもジルバートまで時間あるし寝てなさい。」


「そうですか?じゃあお言葉に甘えて……」おやすみ、と微笑んだセシルさんの笑顔を最後に、目を閉じた。


目が覚めるまでの間この状況の説明をしておこう。

俺の名前はロキ・ジスター

ここ、マリアス共和国は身分制度を適用しており、


「皇族」「貴族」「平民」「奴隷」に分けられている。


今までの状況でだいたいわかるかもしれないが、俺はイーストロップと呼ばれる希少種族で奴隷に区別される。


身分なんていかにも価値が保証されているような言い方をしているが、奴隷には人類としての権利なんて無いに等しい。


個人の住まいは愚か、食事もそこらの豚と同じ。


また、生まれた種族によって九割九分、身分が決まるため希少種族や種族の全体数が少ない動物系の亜人類はほぼ奴隷といっていい。


俺への周りの対応も酷いが、俺は働けるだけまだ良い方だ。


今までの仕事も水商売ばかり。

初めの頃なんか男を相手にすることもあった。

最初の頃なんか考えたくもない。

そんなマリアスの王都、ジルバートに何故、奴隷の俺が向かっているのか。


少し前、いつものようにイリーザに客の相手を頼まれて知り合ったのがセシルさんだった。


身に着けている服や種族から「上」の人間だと分かり、

事を始める前や後に話して皇族の使用人だということを知り、なんとか会う回数を重ねて

「一緒の仕事だったらもっと一緒にいられますね」と呟いてやれば、あっちから皇室の使用人の仕事を持ちかけてきてくれた。


そういうわけで今日であの薄汚い路地裏からおさらばできるってことだ。

あんな生活二度とするか。


しばらくたったのか肩を何回か叩かれた。



「おはよう、ロキ君。もうジルバートに入ったから今日の手順、説明するわね」


体を起こすとほとんど痛みは消えていた。


窓から外を見渡すと太陽が差し込んで、明るい街並みがよく見える。

白で統一された高貴な街並み。

町ゆく人々もそれに見合った高そうな服を着ている。


「ジルバートの住民はほとんどが貴族なの。治安も良い方で王都って感じがするわよね」


ジルバートに初めて来た俺に説明してくれた。


「じゃあ次は私達が今向かってる皇居についてね」


「皇居には『皇族』もとい、クリスティーナ・G・リーベルト王女のご家族とその他、使用人達が住んでいるの。」

住み込み、というのは嬉しいポイントだ。



「通常なら使用人は王女直々に選ばれるところだけど天のお導きかしら、タイミングよく1人空きが出たのよ」


「きっと神様も僕達に味方してくれたんですね」

そうだったのか。

本当にツイてる。


「そこに話を持ちかけたら王女も是非とも会いたいとおっしゃられて。だからまずクリスティーナ王女に会うことが先決ね。もしかしたらだけど……万一王女のお気に召されなかった場合は帰ってもらうことになるかもしれないの。」


「え!?」


なんだって!?

そんな話初耳だ。


「でもロキのことだもの、きっと受け入れて貰えるわ。」


目の前のこの女は俺のことなんか他人事で、ヘラヘラと笑っている。


冗談じゃない。

もしその万一で皇居を追い出されたら?

俺はあんな路地裏に戻るつもりなんかない。

確実でなければならない。


「ロキなら大丈夫」

そんな五分五分の状態で行くなんて。

ギャンブルをしにいくんじゃねえんだぞ。


こっちは人生かけてるんだ。

……くそ!


行くなら上げられるだけ可能性を上げてからだ。


「セシルさん、ちょっとお願いがあるんですが。」




王都であるジルバートの裏通り。

なんとなく俺がいた路地裏に雰囲気が似ている。

そうはいってもジルバートの方がずっと綺麗だが。


「ねえ、こんなところでなにするつもりなの?」


竜車を降りて何もいわずに街を見渡す俺にしびれを切らしたセシルさんが言った。


「こんななりじゃ王女様に会えませんから。……あ、あった」



俺が探していた場所。

こういうところにあると思ったよ。


「亜人類限定病院…?」

この様子からしてセシルさんは知らなかったみたいだ。


「じゃあ俺行ってきます。ちょっと待ってて下さい」


「えっ、ちょっ……ロキ!」


まだ戸惑いを浮かべているセシルさんを残して、薄暗い施設に入った。


なるべく時間を潰したくない。

早くしなければ。


すると「受付」とプレートがある場所に

黒髪と小麦色の肌をした純粋な人類を区別したうちの一つであるシュラッツの女が座っていた。


「純人種……ではないようですね。このような場所に来ることがどういうことか、ご理解頂けてますか?」


「もちろんです」


「わかりました。ではそのまま診察室へどうぞ。」


愛想の悪い女だな。


そう思いながらも会釈をする女の横を過ぎ、一つしかない診察室のドアに二回ノックをした。


「はい、どうぞー」


その声の後、

ドアを開けると真っ白な白衣が映える長い黒髪を持った

本日二度目のシュラッツの女がこちらを振り向き、笑顔を向けていた。


「あら、あなたイーストロップ?久し振りにみたわー!あ、ごめんなさいね、まあ座ってちょうだい」


診察室に入るやいなやひとりでに喋りだした女に気になったことを聞いてみた。


「受付の人もシュラッツですよね?なにか理由が?」

ジルバートを見ていると純人種で、色素が薄い銀髪のアルジェントや、碧眼を持ったローレムが多かった。


シュラッツは比較的珍しいはずだが。


「ああ、それね、いろいろと理由はあるけれど一番は考え方が似てたからかしら。」


「考え方?」


「ええ、あまり大きな声では言えないけれど私達シュラッツは純人種の中では扱いが他の人種と少し違うの。皮肉をいうつもりじゃないけれどあなたのようなね。」


その女の顔は儚げで


「そんな中で私達は少しでもこの国の差を埋めようと思ってこの病院を作ったのよ。」


最後に少しだけ微笑んだ。


「なんだかしおらしくなっちゃった。これを話したのも何かの縁ね、名前聞いてもいいかしら?」

そう微笑んでニコニコしている女。

まあ、名前ぐらいなら。


「ロキ、ロキ・ジスターです。あなたの名前は?」


「私はエイジス・バテリン。ロキっていうのね!覚えておくわ。可愛いうさぎさん。」


そう言って俺の耳を一撫で。

俺のコンプレックスをこいつ。


「さてさて、そろそろ本題に入らせてもらうけれど、ここに来たのはやっぱりその可愛いお耳かしら?」



急に真面目な顔つきになる。


わかってんじゃねえか。


「はい。今から行かなきゃいけないところがあって至急純人種の耳にしてほしくて」


「今から!?今からだと耳の除去はいいけれど、その後つける耳がサンプルの既存品しかないけどそれでもいい?」



「大丈夫です!とりあえず今はなんでもいいので後でまた来たときにぴったりはまるやつ作ってください」



「そう?わかったわ」


驚いているだろうが、納得してくれたみたいだ。


話の理解の早さや、対応からしてやはりこの病院は普通ではない。


ジルバートの大通りなどにある医療施設で「耳を切り取って純人種のものに変えてほしい」なんて頼めるわけがない。


加えて医療魔導学だけでは純人種の耳を作ることが出来ない。


職人的な技術が必要であり、

本来、このような種族の偽りともいえる施術はマリアス共和国に限らず、全世界で基本的にタブーとされている禁忌。


それを請け負っている施設は少なく、

同時にエイジスが相当の度胸と知識を持ち合わせていることを表している。

「じゃあ奥に手術室があるから移動しましょう」


人は見た目によらないとはこういうことなのか。

そんなことを考えながらカーテンで仕切られていた部屋に入った。


「じゃあそこに横になってもらえるかしら」


目の前には固そうなベッドがあり、俺が寝そべるとエイジスがベッドを固定し、手術の準備をし始めた。


「あの、耳とるのはこんなことしなくても魔法でできるんじゃないんですか?」



それぐらいなら魔法でぱぱっと出来そうな気がして聞いてみた。



「あーそうね~確かに魔法でも出来るわね。でも魔法でやってしまうと手元が安定しなくてずれたり、もしかしたら頭の部分までズサーってことがあるらしいから私はこの方法でやってるの」


それを聞いて頭の血の気が少し引いた。


「あ、私は大丈夫よ!安心して寝ててちょうだい。」



俺だってこいつは大丈夫だと信じたい。



「じゃあ始めるわね。耳付近の感覚が無くなると思うけど魔法が効いてるだけだから気にしないでね。早く終わるから睡眠魔法はかけないけど目は閉じた方がいいわ。」



そう言われて目を閉じると、耳あたりの暖かい感覚と共に周りの音が遠くなっていき、

何分か頭がぼんやりとした状態が続いた。


いつからか周りの音が戻ってきて、耳の感覚が戻ってきた。


痛みとして。



「いってぇ……」



「はい、終わった。魔法で軽減してあるけど今日1日痛むと思うからそこは頑張ってね」



はい、と鏡を手渡された。



恐る恐る覗いてみると、今まで長年コンプレックスだった長いうさぎの耳がとれ、

代わりに人間のいびつな形をした短い耳がついていた。



「うわ、本当に人間みたいだ……」



嬉しさと驚きが混じり合って

鏡を見ながら自分の耳を触ってみた。



前とは違って厚さがあり、曲がりにくい。

なんだか硬い気がした。


「あんまりさわらない方が良いと思うわよ。ずれちゃうから」



エイジスが手術の後片付けをしている。


俺も急がないと。





「あと、今日はいろいろとあったし時間も無いだろうから、今日の分はまた来たときに払ってくれればいいわ。その代わり、ちょっと腕を出してくれるかしら?」



……腕?


少し不思議に思ったものの素直に腕を真っ直ぐ前に伸ばした。


するとエイジスが俺の腕に手を添え、次の瞬間ぱっと光が起きた。



「わっ!な、なんですかこれ!?」



びっくりして反射的にエイジスの手から腕を離した。



「あはは、びっくりさせちゃったかしら?」



ごめんなさいね、と楽しそうにクスクスと笑っている。



「これは対象地点追尾魔法よ。また来てくれるとは思うけれどたまに逃げちゃうお客さんもいるのよ、明日の夜あたりにしか確認しないからプライバシーはちゃんと守るわ。」



字面からして俺のいる場所がわかる魔法っぽい。

本当にプライバシー守ってんだろうな?



「あ、そうなんですか。分かりました。じゃあ明日の夜までにまた来ますね。」



隠してるわけじゃないが今から皇室に行くなんてなるべく知られたくない。


愛想笑いで診察室の出口へ向かう。



「ええ、じゃあまた明日ね可愛いうさぎさん。」


ドアノブを回した帰り際、せっかく和らいだ俺のコンプレックスを引きずり出す、そんな言葉をかましてきやがった。



「はい~また明日。」



とびっきりの愛想笑いで発狂したい気持ちを押しつぶした。



素早くドアを閉め、愛想の悪い受付の女の前を通り過ぎてセシルさんが待つジルバートの裏通りへと戻ってきた。




「あっロキ!なにしてたの!?って耳!それ……いや、とりあえず歩きながら話しましょうか」



「……はい」



来た道を戻り、急ぎ足で皇室に向かう。


その間もセシルさんは驚きを隠せない様子。


まあそうだろうな。



「えっと、まず……その耳、どうしたの?」



やはり聞くことといえばそれしかない。



「元の耳とってもらって、サンプルらしいですけど時間無いので見た目だけでも、と思ってつけてもらいました」



「えっ!?耳……とるって、それ……」


「これからはセシルさんとおんなじです」


明るい調子で笑顔を挟む。


だが、当たり前といえば当たり前。

セシルさんの様子は少し戸惑ったくらいで、変わらない。



「王女に純人種だって言うつもりなの!?」



「はい。そっちの方が王女も嬉しいでしょう?」



「そんな……バレたらどうなるか……」



さっきの驚きから少し落ち着いて、今度はどんどん表情が重くなっていく。



「大丈夫ですよ。今日はなるべく耳隠していきますし、雇ってもらえれば明日には俺専用の耳作りに行きますから」





「でも…」


説明しても納得がいかないらしい。


わからねえ女だな。




「大丈夫ですよ。ほらもう皇室の前です。とりあえず急ぎましょう」



きらびやかでだだっ広い建物の前。


他の家や建物とは一線をかくす厳かな雰囲気がある。


皇族様は毎日こんなとこで寝てんのか。

下の奴の気持ちも知らねえでよ。



ま、これから苦労しないように

精一杯頑張るだけだ。



そう一歩を踏み出したとき。



「待て」



おっと、やっぱり飾りじゃねえよな。


二人の前には色黒の、人間とは思えないくらいの体格をしたシュラッツとみられる大男が立っていた。



後ろのセシルさんが皇室の門番だ、と教えてくれた。


そのうちの一人がロキに向かって口を開く。



「お前誰だ」



若干喧嘩腰のトーンに対して穏やかに返す。



「クリスティーナ王女殿下からお呼びがかかって参りました、ロキ・ジスターという者です。王女からの伝達などございませんでしたか?」



「聞いてるに決まってんだろ。なんか言うことねえのかよ」



元から馬鹿にするつもりだったってわけか。


どこの奴らも性根が腐ってやがる。



上等だよ。


「すみませんが言うこと、とは?」



本来であればセシルさんに教えて貰った合言葉はここで使うのだろうが、ここまで言われちゃ仕方ねえ。



ちょっとくらいなら乗ってやるよ。



「はあ?てめえ喧嘩売ってんのか?合言葉だよ!事前に聞いてんだろおが!」



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