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翌日の晩となり、
一郎と華音は、AHO団の本部施設を訪れた。
施設内のホールには、
ジェイソン議員の呼びかけで集まった大勢の者たちが、
犇めき合っていた。
ホールの壇上にジョンソン議員が現われると、
ホール内はシーンと静まり返る。
「親愛なるAHO団の諸君、
本日は私の声掛けに対して、
沢山のご参加を頂き感謝する、
本日、諸君に集まって貰ったのは他でもない、
ここで、皆にご紹介したい人物が居るからだ。
では、ミスタータナカこちらへ、どうぞ。」
一郎は、舞台の袖に華音を残して、
一人で檀上へと進み出た。
一郎の姿を見た者たちがザワッと、どよめきを見せる、
それも、その筈で、
AHO団はジョンソン議員が主催する白人至上主義団体である、
その本部ホールの檀上に、黄色人種の一郎が姿を見せたのだから、
団員たちの驚くのも無理は無いであろう。
「いや~、どうもどうも、
ただ今、ご紹介に与りました
曲がった事が大嫌い~♪
タ~ナ~カイチロウです!」
団員たちは、一郎の自己紹介を聞いて、
皆、ポカ~ンとした顔を見せている。
「あれ?ウケなかった?
おかしいな~、日本じゃ大ウケの筈なんだけどな~。」
舞台袖では「私も知らないんだけど~。」と、
華音がツッコミを入れていた。
「本日、ジョンソン議員にお願いをして、
皆さんに、お集まり頂きましたのは、
これから、ちょっとした旅行へと、ご招待する為です。
この旅行の中で、皆さんの信念が試される事となりますが、
信念に従って命を落とすも良し、
信念を曲げて、少しでも助かる可能性に掛けるも良し、
ご判断は皆さん本人で決めて下さい。
では~『大転移!』」
一郎が唱えると、
本部施設を、大きな振動が襲った。
「うわっ!地震かっ!」
「大きいぞ!」
「この建物は大丈夫なのか?」
団員たちは、大きな揺れに立ち上がれずに、
皆、床へと、しゃがみ込んで騒いでいる。
「現地に到着しました。
では、良い旅を~!」
一郎が舞台の袖に消えながら告げると、
建物の揺れがピタッと収まった。
「地震は収まったのか?」
「今の内に、建物から出た方が良くないか?」
「そうだ!ここから出よう!」
「こっ、これは!」
「何故だっ!?」
建物から、表に出た団員たちは、
一様に驚愕の表情を見せて、
固まって居る。
「田中さん、ここってどこなの?」
『隠密』を掛けて、
本部施設の上空を飛んでいる一郎と華音の眼下には、
見渡す限りの密林が広がっている。
「アマゾンの奥地の、どこかだな。」
「ここに、全員、置いて行くの?」
「ああ、これだけの奥地でも、
原住民の人達が暮らしているから、
連中が協力を仰ぐ事が出来たら、
何人かは文明圏まで帰れるかもな。」
「現地の方に、ご迷惑を掛けるんじゃ無いかしら?」
「ここに暮らす人たちは、
毎日、自然を相手にして暮らして居るんだぜ、
アメリカ育ちの連中じゃ、
ライオンの群れに挑む、ネコみたいなもんさ。」
「そう言われてみれば、そうか・・・」
「さっ、これで、問題も解決した事だし、
日本に帰るとしようぜ。
『転移』っと!」
「なっ、何だここは!?
何故、私は、この様な所に居るのだ!?」
一郎たちが消え去った密林では、
魔法が解けたジェイソン議員が驚愕の声を上げている。
議員が周囲の森を見渡して見ると、
現地の人間と見られる者たちが、
あちら、こちらから覗いているのが見て取れた。
「何だ、貴様らは!
ワシは、お前らなぞ少しも怖くは無いぞ!」
ジェイソン議員は、懐から拳銃を取り出すと、
銃口を上に向けて、
威嚇の為の銃弾をズダ~ン!と発射した。
こちらを覗いていた原住民たちは、
その大きな音に驚いて、
皆、一斉に顔を引っ込めた。
「グワッハッハッハッ!
文明の利器に掛かれば、
時代遅れの原住民など、こんなものよ!・・・痛っ!」
突然の痛みに、議員が首に手をやると、
先に針が付いた
小さな、吹き矢の矢が刺さっていた。
「ふん、こんな小さな矢で・・・うおっ!」
突然、議員の視界が大きく揺らいだ。
確かに、吹き矢の矢そのものは、
とても小さな物であったが、
矢の先に付いている針には、
獰猛なジャガーでさえも、
一撃で殺せる毒が塗布されていたのだ、
文明圏で育ったジェイソン議員には、
この地に威嚇射撃などは存在しなく、
敵対すれば、
即、攻撃を受けるなどと理解出来なかったのであった。
「何で、こんな事に・・・」
薄れ行く意識の中で、
ジェイソン議員は、自分が、
どこで道を誤ったのだろうかと考えていた。
無事に、日本への帰還を果たした一郎と華音は、
姫花の出迎えを受けていた。
「「ただいま~。」」
「2人とも、お帰りなさい。
あっちは上手く行ったみたいね、
日本のニュースでも、アメリカの有力議員の失踪と、
白人至上主義団体の本部が、謎の消失を遂げた事件は、
大きく報道されているわよ。」
「どうせ、今の内だけだろ、
団体員の誰かが、奇跡の生還でもしなきゃ、
そのうち、みんな忘れちまうさ。」
「そんな、もんかもね。」
「香月さん、本当にお世話になりました。
請求書はパパ宛てに送って下さいね、
色々と聞きたい事は、山程ありますけど、
早くパパを安心させたいから、
今日は、これで帰ります。
じゃあ、田中さん、またね。」
「お、おう、
じゃあな・・・また?」
年が明けて3月、
地元アメリカのニュースでも、
AHO団に関する話題が上がらなくなった頃、
K&T探偵事務所を一人の人物が訪れた。
「ごめん下さ~い!」
「あら、獅子頭さんじゃない、
お久し振りね。」
「おう、華音ちゃんか、元気にしてたのか?」
「はい、香月さんご無沙汰してました。
田中さん、私は元気でしたよ、
この春、高校も無事に卒業しましたし。」
「へ~、そりゃおめでとう。
そんで、今日は何の用で来たんだ?」
「高校を卒業したので、
ここに就職させて貰おうと思いまして来ました。」
「「ここに、就職!?」」
「はい、そのつもりです。」
「大学とか進学しないのか?」
「ええ、別に大学で、
学びたい事も無いし。」
「お父様は、反対されなかったの?」
「はい、やりたい事をやれば良いって、
言ってくれました。」
「ふ~ん、そうなんだ、
社長どうする?」
「彼女は、現役の総理大臣の娘さんだし、
何か、調査に役に立つかも知れないわね、
身の安全に関しても、
ウチ以上に安全な所なんて無いしね、
私は、良いと思うわよ、
だから、あとは田中君次第ね。」
「そうか・・・
彼女のバイタリティは探偵に向いてるかもな、
って事で、4月から宜しくな後輩!」
一郎は、アイテムボックスから『護りの指輪』を取り出すと、
華音へと差し出しながら告げた。
僕にとって、この作品は初めての投稿でしたが、
来年から、新しいものを書いてみたくなりましたので、
取り敢えず、ここで完結と致します。
ご愛読ありがとう御座いました。 シュウ




