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翌日、一郎と響矢は民宿の女将さんに紹介してもらって、
オヨネ婆さんの家を訪ねていた。
「オヨネさん、お早うございます。」
「何だって?」
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す!」
「あ~、今日は良い天気だね。」
「あら、今日はオヨネ婆ちゃんの耳が余り聞こえない日みたいだね、
調子の良い日は、もっと聞こえるんだけどね、
まあ、根気良く話してみてよ、
私は民宿の仕事があるから、これで帰るからね。」
「ええ、女将さん、ご案内ありがとうございました。
あとは、僕たちで聞いてみますので、
お帰りになって下さい。」
女将さんは民宿へと帰っていった。
「さてと、じゃあオヨネさんに話を聞くとするか。」
「でも田中さん、この分じゃ話を聞くのが大変そうですね。」
「ああ、その辺は心配いらないぜ、
オヨネさん、ちょっと手を握らせてもらうよ。」
「あらまあ、お兄ちゃん、こんな婆さんがタイプなのかい?」
「それは、勘弁して下さい。
『衰えし力よ再び宿れ、回帰』どうですか?オヨネさん。」
「あらまあ驚いた!
私の耳が、こんなに良く聞こえるなんて何十年振りかねえ。」
「僕の、祖父から聞いた事がある、
お呪いが効いて良かったです。」
「ずいぶん良く効く呪いだね、お爺さんは呪術師だったのかい?」
「良く、そんな言葉を知っていますね、
ええ、僕の祖父は呪術師でした。」
「そりゃ、知ってるさね、
亡くなった亭主の父親が呪術師だったからね。」
「亡くなった旦那さんと言うと、駐在をされていたと言う方ですね。」
「そうだよ、うちの亭主は駐在を務める傍ら、
義父が守っていた『封じの滝』の、守り人を継いでいたのさ。」
「『封じの滝』と言うのは、村の外れにあると言う『九頭竜滝』の事ですか?」
「ああ、そうだよ、この村のもんは『封じの滝』って呼ぶのさ。」
「何を封じているのか、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「私は、他の村から嫁いで来たから良くは分からないんだけど、
義父は『荒ぶる神』とか言っていたと思うね。」
「なる程、『荒ぶる神』ですか・・・」
今まで黙って2人の会話を聞いていた響矢が呟いた。
「知っているのか?権俵くん。」
「ええ、『荒ぶる神』や『祟り神』と呼ばれるモノが、
封じられていると言い伝えられている場所って言うのは結構あるんですよ。」
「ああ、『祟り神』みたいな存在か。」
一郎は、響矢と知り合う切っ掛けとなった事件を思い出していた。
「差し詰め、滝の名前からして封じられているのは龍なのかな?」
「いいや、私は『白蛇様』って聞いているがね。」
「白い蛇は、神様の使いになっている事が多いですね。」
「ああ、でも『白蛇様』は見上げる様な大蛇って話だけどね。」
「わあ、それは出会いたく無いですね。」
「それで、あんた達は、あの事件の取材で来たんだってねえ。」
「ええ、東京の雑誌社から来たんですけど、
うちの雑誌で不思議な事件の特集をする事になって、
あの失踪事件を取材する為に、この村に来たんですよ。」
「当時は大騒ぎだったけど、
最近は、とんとテレビにも出なくなった事件にご苦労な事だねえ。」
「オヨネさんが、あの事件には詳しいとお聞きしたんですけど、
オヨネさんは、どう思われているんですか?」
「村の連中は『白蛇様』の祟りだなんて言っていたけど、
私は、霧に撒かれて人穴に落ちたと思っているよ。」
「人穴ですか?」
「雨水などに浸食されて出来た洞穴の事を人穴って言うんですよ。」
響矢が博識なところを披露した。
「あの事件があった日は霧が濃かったんですか?」
「ああ、朝は遠足日和の良い天気だったんだけど、
午後になってから崩れてきてねぇ、
夕方近くには一寸先も見えない様な霧が立ち込めていたんだよ。」
「この辺は、人穴って言うのが多いんですか?」
「ああ、この辺の山は石灰質って言うのかい?
何か軟らかい石が多く含まれているらしくて、
地元の者でも知らない大きな穴が無数に開いているんだよ、
霧に撒かれて山の方に行っちまって、落ちたんじゃないかねえ。」
「へえ、それは初耳ですね、
当時の記事には全然書かれていなかったですよね。」
「ああ、村のもんは『白蛇様』の祟りって言ってるし、
取材の連中は、面白おかしい記事の方が売れるから、
耳を貸そうともしなかったさね。」
「そうだったんですか、
ご主人の駐在さんは何て仰っていたんですか?」
「うちの亭主は、何故か酷く動揺していてねぇ、
私が事故なんだから仕方が無いんだと何度言っても、
『俺の力が足りなかった所為だ!』って嘆いていたよ。」
「自分の力が足りなかったですか・・・」
「あれから、亭主はやたらと『封じの滝』を訪れる様になってねぇ、
それはもう何かに憑り付かれた様で気味が悪かったよ。」
「そうなんですか。」




