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「こんにちは~。」
一郎と響矢は神無村へと到着したが、
目的の民宿の場所が分からなかったので、
村の人に声を掛けた。
「はい、こんにちは、
お前さんたち見掛けないけど観光かね?
こんな何も無い村に来るなんて、物好きだね。」
人が良さそうな小父さんだ。
「いえ、観光では無くて、
昔の神隠し事件の取材で東京から来ました。」
「おや、珍しいね、
昔は良く取材の記者さんが大勢来ていたけど、
最近は、とんと見掛けなくなったからね。」
「ええ、最近の若者は知らない人が多いですが、
僕らの年代では、日本を代表する怪事件の一つですからね。」
「そんなもんかね~、
それで、その記者さんがワシに何か用かね?」
「はい、この村に初めて取材に来たものですから、
どこか宿泊できる所があるか、お伺いしようかと思いまして。」
「ああ、泊まるとこかい、
それこそ、記者さんが大勢来ていた頃は、
旅館や民宿が結構な数あったんだが、
今じゃ民宿が一件あるだけさ、
あそこに見えてるポストの所を右に曲がって、
3件目がそうだよ。」
「ありがとうございます。わかりました。」
2人は民宿に行ってみる。
「すいませ~ん!」
入り口の引き戸を開けて声を掛けてみた。
「は~い。」
奥の方から返事があって、
小母さんが出て来た。
「すいません、東京から取材で来たんですけど、
部屋は空いてますか?」
一郎と響矢は名刺を出しながら尋ねた。
「おや、雑誌の記者さんかい、珍しいね。
部屋なら空いてるから大丈夫だよ。」
「じゃあ、3日程お願いします。」
「はいはい、いらっしゃいね。」
「それで、ちょっとお尋ねしたいのですが、
昔の神隠し事件に詳しいお年寄りの方や、
この辺の風土が分かる資料館とかをご存じですか?」
「ああ、知ってるよ、
あの神隠しの事ならオヨネ婆ちゃんが詳しいね、
婆ちゃんは当時の駐在さんの奥さんだったから、
一番近くで見聞きしていたからね、
それと、郷土史なら廃校になった分校の建物が資料館になってるから、
そこで自由に見られるよ。」
「ありがとうございます。訪ねてみます。」
「今日、行くのかい?」
「いえ、じきに日が暮れてしまいますので、
取材は明日からにします。」
「その方が良いね、オヨネ婆ちゃんは早く寝ちゃうから、
夕方にはご飯を食べているからね、
資料館も電気が入っていないから、すぐに暗くなるからね。」
「そうなんですか。」
2人は部屋に通されて宿帳の記載などをしたが、
その際に、響矢の友人たちの名前を確認する事が出来た。
「食事の準備が出来るまで少し掛かるから、
村の共同浴場に行って来たらどうだい?
ここの風呂にも入れるけど、
共同浴場は温泉だよ。」
「へ~温泉ですか良いですね、何に効く温泉なんですか?」
「疲労や筋肉痛、腰痛なんかに良いらしいよ。」
「そうですか、今日は長い事電車に乗っていたから、
ちょうど良いですね、さっそく行ってみます。」
「そうしな、そうしな。」
「権俵くんはどうする?」
一郎は響矢の名刺に記載されている偽名で問いかけた。
「ご一緒します後醍醐さん。」
同じく響矢も一郎の偽名で返した。
「ふぅ~、良い温泉だな。」
まだ時間的に少し早い所為か、共同浴場は一郎たちの貸切状態だった。
「そうですね、体がほぐれる感じがします。
田中さん、民宿の女将さんを見て何か感じましたか?」
「いや、ごく普通の人に見えたな、
御門くんは何か感じたかい?」
「いえ、感じませんでした。
ただ、電話で問い合わせた時に相手をしたのが、
たぶん女将さんの声だったと思うんですが、
今日、実際に会って話した様な朗らかな感じでは無くて、
抑揚が無くて陰気な感じの話し方だったんで、
印象が違い過ぎて吃驚しました。」
「印象の相違か・・・
この村には何か秘密があるのかな?」
「ええ、余りにも普通過ぎる感じがしますね、
何か、村全体で普通の村の演技をしている感じと言いますか・・・」
「ああ、御門くんが言いたい事が良く分かるな、
村に来て最初に会った小父さんが居ただろ。」
「ええ、民宿を教えてくれた人ですよね。」
「ああ、あの人は何らかの武道の達人だぜ。」
「ええ!?普通の小父さんに見えましたが。」
「普通に見える様にはしていたが、
周囲への気の配り方や、身のこなしが一般人じゃ無かったんだ。」
「へ~、こんな田舎の村に、
そんな人が居るなんて気になりますね。」
「ああ、この村は見かけ通りの村じゃ無い事は確かだな。」




