006 俺が彼女との絆が深まったのか?
俺は今、とても強烈な出来事を思い出していた。
それは昔、彼女と行ったプールでの出来事だった。
小学校の時に今の彼女と俺は一緒にプールに行ったんだ。
それはいいとしよう。普通の事だしな。
でも、でもな? 彼女は……。俺の彼女は!
「お前さ……あの時、俺と一緒に男子更衣室で着替えたよな?」
「わ、忘れてぇぇぇ! いやだぁぁ!」
彼女は真っ赤な顔を両手で隠した。耳まで真っ赤になってる。
しかし、忘れと言うが、うん、なんていうか、忘れるのは無理だ。
それどころか脳裏に鮮明にくっきりと思い出してしまったじゃないか。
「そうだ……百合香は男子の水着だったよな?」
そう、思い出した。彼女は男子の水着だった。
そう、彼女は……パンツしか履いてない状態だったんだ。
「もう死にたいっ」
百合香が後方にあった布団をすっぽりと自分の体に被せた。
「ちょ、ちょっと待て、死んじゃダメだって。っていうかなんで隠れるんだよ? もう終わった事じゃないか? 俺はただ確認してるだけだ」
「そんなの確認しないでええじゃんっ!」
「でもさ、いや、なんていうかごめん。でもな?」
やばい、何てフォローすればいいのかわかんねぇ。
「う、うちはどうせ小学校三年でトップレスした女じゃもん! 露出狂じゃもん!」
震える声の百合香。
横でシャルテが噴出すように笑いやがった。
「プッ! 小学校でトップレス?」
その声を聞いた百合香が余計に丸まった。
「いや、あれだ、小学校三年じゃまだ胸がないからトップレスとか気にするなって。あと、だからって露出狂じゃないし、あれだ、そういう行為はまだ犯罪じゃないから!」
俺は何を言ってるんだ!?
「う、うちはすごく恥ずかしかったんだもん! いくら胸がなくっても……女の子だもん」
そりゃそうだけど。
「じゃあ、プールに行かなきゃよかったじゃないか!」
「やだ、桜がプール行こうぜって言ったらから行った!」
これって、俺のせいなのか!?
「だからって……こ、断ればよかったじゃないか」
「だから、いやだ!」
「何でだよ?」
「だって……好きな子に誘われたら……行くのが常じゃろ!?」
いや、その常識っておかしいから。
布団を捲りあげた彼女は両手の隙間から潤んだ瞳で俺を見ている。
その姿が妙に俺のツボにはまった。
な、なんだこの可愛い生き物は!?
やばい、俺が女になったおかげか、男だった時と受けるイメージが違う。
彼女がどんなに俺を好きで、かわいい人間かを理解してしまった。
「わかった。もう気にしてないから。俺はまったく気にしてないから。そして忘れるから」
「本当に?」
カクリと小首を傾げる彼女。か、かわいい。
「だって小学校の時の話しだろ? もうそんなのどうでもいいよ」
「本当の本当に?」
「だから気にするなって。今はもういい思い出なんだから」
「……わかった」
やっと彼女も落ち着いたみたいだ。
「でもさ、まさか男子のフリをしてまでプールとは思わなかったよな」
あっ……。
「も、もうやだっ!」
またしても真っ赤になって篭ってしまった。
「ごめん! マジごめん! 普通に話してただけだって。意識はしてないんだよ。でもさ、なんで女なのに女だって隠してたんだよ?」
「だ、だって、桜に女の子ってばれたくなかったんだもん!」
「だからってさ、お前は女なんだぞ? そんな無理しなくても良かったのに……」
「だって……好きな男性に誘われたら一緒に遊ばないと……さ、最後に捨てられるって……よくお母さんが見ていたドラマでやてったしっ!」
お前は小学校三年でそういうドラマを見ていたのか。で、影響受けまくりかよ。
「でも、今は違うってさすがにわかっちょるよ? あの頃のうちは馬鹿じゃったって理解もしてる」
声のトーンが下がった。しかし、相変わらず引きこもったままだな。
「捨てるとか捨てないとかさ……小学生の俺はなにも考えてなかったよ。ただお前と一緒にいるのが楽しくって、お前が転校するってわかって俺はすっげーショックだったんだ。それだけはよく覚えてる。お前が男だとか女だとか……そんな事は関係ねぇ! お前はお前だ。俺はお前が好きなんだから!」
ああ、かっこいい。俺、かっこいいかも。
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「うちがもっと貧乳でも?」
「ああ、胸なんて関係ねぇ!」
「うちが男だったとしても?」
ちょっ!? 方向性が変だぞ? だけどここのNOとは言えない空気。
「あ、ああ、俺はお前という人間が好きなんだ!」
「じゃあ、うちが犬になったら嫌いになる?」
……なんだこの会話は。何で犬なんだよ!?
「いや、嫌いにならないから大丈夫だ!」
「じゃあ、私がGになったらどうする?」
「Gだと?」
ガン○ム?
「G……そう、謎の黒い物体だよ。夜とかに這いずり回ってるやつ」
ま、まさか? ガじゃなくってゴ……。
なんで百合香がGになる話になってるんだよ!?
まぁガンダ○でも困るけど。
「そ、それでも……俺は……俺はっ!」
やばい、流石にGだと好きでいられるって言えない。
怪しい汗が額に滲んでる。
俺は正直Gが大嫌いだし、だいたいGと愛し合えると思えないし、犬とは全然違う。
「冗談じゃし、流石にGは冗談だから」
「そ、そっか」
よかった。ちょっとほっとした。流石に好きだと言えなかったからな。
「うちは桜が好きだよ? 桜は?」
「そんなの即答だ。お前が好きだ」
すると彼女は布団から飛び出して俺に抱きついた。
しかし、つんのめって前のめりに頭から俺に向かうっていうか……これて人間魚雷かっ!?
「ごふっ!」
み、みぞおちにクリーンヒットだと!?
「はがっ……うぐっ」
今日食べたものがこんにちはしそうっ!
「さ、桜? ごめんっ」
やばい言葉も出ない。
「さっきからなにを漫才してんだ? 僕は無視かよ?」
痛みを抑えてなんとか顔をあげるとそこにはシャルテさんがいらっしゃる。
「彼女はどいて!」
「えっ!?」
シャルテはひょいっと、まるで発砲スチロールでもどかすように百合香を横によけた。
百合香はきょとんとした表情で何がどうなったのという顔をしている。
「おい、いまのは痛かっただろ?」
聞かなくてもわかるだろ? と顔で訴えてみた。
「まったく……運が悪いのは行幸に似てか?」
すっと伸ばした手を俺のみぞおちにあてる。
すると、先ほどまでの激痛が嘘のように引いてゆく。
「今の、肋骨がいってたぞ? しかしすごいな彼女さん」
マジですか!? 肋骨いってたって? 折れてたの?
「まか、ヒビだけどな」
「な、なんで俺が考えてる事がわかるんだよ!?」
カクリと首を傾げるシャルテ。
「ん? 考えなんてわからないぞ? なんでだ?」
たまたま俺の考えとシャルテの台詞が同じだっただけらしい。
というか……シャルテさん。
「痛いっ! 痛いって!」
両手で俺の胸を鷲掴みじゃん! 何してんのさ!
「桜めっ! 卑猥な胸しやがってっ!」
なんじゃこれえええ! 何で怒られるんだよ!
「俺のせいじゃない! 俺は胸なんていらない! だから放せ!」
「くそーーーー! 行幸もでっかいけどお前もでっかい!」
「だから、何で母さんが出るんだよ? 母さんがでっかいと何が悪いんだよ?」
「悪くない! ただ、なんとなくイライラするんだよ! お前もでかいから余計だ!」
なんという八つ当たり。
シャルテさん、自分の胸の大きさを気にしてるだろうか? やっぱり。
シャルテが蔑んだ目で俺を見ている。
「小さくて悪かったな」
誰も何も言ってないし! 思ってただけだし!
待って、さっきからよく俺の心の心情を見抜いてるような気がするんだけど?
マジで気のせいなのか?
「ふう、もういい」
やっとシャルテさんが手を離してくれた。
ジンジンと胸がまだ揉まれているような感覚が残っている。
百合香は離れてゆくシャルテさんを目で追い、そして最後に俺に視線を向けた。
「さ、桜? だ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよ。しかし、胸って揉まれると痛いんだな」
「あ、うん……そう……なんだ」
し、しまった!?
「い、今から百合香も大きくなるから注意しろよ?」
そして俺、何を言ってるの!?
「桜、ごめんなさい。うち、何やってっちょるんじゃろうね? もうやだよ」
また泣きそうな百合香。やっぱり女の子は弱いんだなってつくづく思った。
「ふむ、触り心地は行幸の方がいい」
あ、シャルテは例外な。
「百合香だっけ? あれだ、こいつは今は女なんだ」
「うん……」
シャルテは優しく微笑むと、百合香の肩をぽんとたたく。
「体の構造も耐力も防御力も攻撃力も女なんだよ」
「うん」
百合香もシャルテの言葉にこくりと頷いている。
「HPだってMPだって女なんだよ」
「う、うん?」
でも、なんかおかしくないか? この会話。
「まだレベルも7だから……」
「って、おい待て! ちょっと待て! 俺はロールプレイングゲームのキャラじゃねぇ!」
「ぷっ」
またしても腹を抱えてシャルテさんは笑いまくりです。
「笑うな!」
「いや、マジで楽しいなお前ら」
「シャルテさんがおかしくしてるんじゃないか!」
「まぁ、百合香、こいつは女になったからさ、元に戻れるまではフォローしてあげてくれよな。あと、さっきのは運が悪い事故だから気にするな」
「は、はい」
シャルテはすっと俺の耳元に顔を寄せる。
「じゃあ、後はうまくやれよ?」
「へっ?」
小声でそう言うと俺の横を通り過ぎていった。
百合香を見れば先ほどまでの暗さが嘘のように普通に戻っている。
なんだよ? もしかしてシャルテさんは俺達の事を考えてわざと……。
ドアの方を振り返ったがもうそこにはシャルテはいなかった。
「……」
ありがとう、シャルテ。
思ったより天使なんだな。
☆
二人きりになった部屋。
こんどこそ二人っきりで恋人同士のように肩を寄せ合う。
「桜、うちも転校が決まってショックじゃったんよ?」
「そうだったんだ?」
「うん。うちはね、転校する前から絶対に桜の彼女になるって決めちょったん」
「そ、そうなんだ? 小学生なのに?」
「うん!」
にこりと微笑む彼女がすっごく可愛い。そしておませさん。
「そっか、うん、ありがとう」
しかし、こんなに俺を好きでいてくれた女の子がいたとか、なんて俺はなんて幸せだったんだろうな。
神様ってちゃんといるんだな。
そうだ、そう言えば……確か、今年の初詣のおみくじに【待ち人:待てばくる】【恋愛:想い人が現る】ってあったな。
うん、あたってるじゃん!
彼女が一同じクラスになって恋人になってくれた。
でも……そう言えば……【失物:みつからず】ってあったなぁ……。
男を失ったけどみつからないって事なのか? まさかそういう意味じゃないよな?
ちょっと不安を覚えてしまった。
「よかった……桜の彼女になれて……」
しかし、百合香は俺の不安なんて知る由もなし。
「うん、俺もよかった。彼女が百合香で」
「うん、ありがとう。でも……今は……ちょっとだけ悲しいかもしれん」
じっと俺の姿を確認する百合香。
「だ、だから今は深く考えるなって! 今はたまたまの試練なんだ。そうだ! これは百合香と俺との愛がこのまま続けることが出来るかの試練なんだよ!」
「試練の洞窟ってあるじゃん、それをクリアすれば転職できるんだよ。今は女子っていう職業にたまたまなってるだけで……って、自分でゲームキャラにしてどうすんだよ!」
「あはは、桜って楽しい」
百合香がニコリと微笑んだ。
「待っててくれ、絶対に戻るから」
「うん」
「こんな状態だけど、俺たちは負けないよな? ずっと一緒だよな?」
「うんっ! ずっと一緒にいる!」
「あ~あ、僕も幸せになりたいなぁ」
俺と百合課の会話に割り込む天使の声がした。って、ちょっと待てぇぇぇ!
振り返ればシャルテが目を細めて俺をじっと見ていた。
待ってくれ、あんた、さっき出て行ったんじゃないのか!?
シャルテはパチンと軽くウインクしてきやがる。
くっそ……かわいいじゃねぇか……ってそうじゃねぇ!
「シャルテさん! なんでそこにいるんですか?」
「トイレに行ってきたんだけど?」
……うぁぁぁあん!
シャルテがいい人だと思った俺はっ! 俺はぁぁぁっ!
「どうしたんだ桜? 悲しそうだけど?」
「悲しくなんてないやい!」
「でもさ、よかったな桜。こんな良い彼女でさ。本当に彼女を幸せにしてやれよ?」
「わかってますよ」
その言葉を聞いて、彼女もすごく嬉しそうにしていた。
「でさ、僕も幸せになりたいんだよね。どうすればいいと思う?」
「幸せってどういう風にですか?」
「そうだね、堕天使になって好きな男の子供を産む!」
「なっ!? じ、自分で考えてくださいよっ!」
「大丈夫、相手は女だから無理!」
マジ、シャルテさんってうちの母さんが好きなのか?
「冗談だぞ? ここは笑う所だ」
「クスッ……シャルテさんって楽しい」
この後、俺の部屋には三人の笑いが溢れたのだった。
う~ん。やっぱりシャルテさんていい奴なのか?
みずきななです。
今回のどうしてこうなるんだ! はヒロインが一人です。
今のうちは一人です。
しかし修羅場が楽しいと最初に書いてますよね。
大丈夫です! きっとそのうち修羅場になります。
ちょっとお待ちください。