005 俺の彼女の黒歴史
俺の胸は百合香の涙と鼻水でべっちゃべっちゃに濡れていた。
胸元を開いた俺に彼女が抱きつき泣いている図。
傍から見れば百合っぽい展開だけど仕方がない。
俺はいま女になっているんだからな。
でも……胸の谷間がこんなにべちょべちょとかどんなエロゲーなんだ! と言いたくなるのは俺がダメな奴だから?
いやいや、男ならそういう妄想をするはずだ。
そういう事にしておいてください。
という事で妄想の続きを考えてみよう。
ええと、そうだな……きっとこの先にはエロ展開があるんだ。
百合香がそっと俺の背中に手を回して、俺のブラのホックをはずすんだ。
そして言う『ねぇ、このまま私を抱きしめて……』ってな。
それを、俺は恥ずかしい気持ちを押さえつつ叶えてやるんだよ。
そう、ぎゅっと百合香を抱きしめるんだ。
すると百合香は俺に優しくキスをしながらするっと俺のブラを取る。
そしてそのまま俺の胸を優しく舐め始める。
俺はびくんと身を震わせながらも感じてしまうんだ。
始めての百合プレイに戸惑いを感じながらも俺は体の中から熱いものこみ上げて……。
うぉぉぉ!
……ゆ、百合もありかもしれない。
「……ら」
でも、本当に女同士でも気持ちいいのか?
エロ本とかエロゲーとかだとやたら気持ちよさそうだけど……。
「……くら?」
でも体験してみなきゃどうもこうも言えないわけだし。
でもって百合香は俺の彼女だよな……。
チャ、チャレンジしてみようかな?
いやいや、もしダメなら変態だと思われるだけだし……。
「こら! さ・く・ら!」
「ひゃい!?」
シャルテの声でハッと我に帰った。
「おい桜、おまえ卑猥な事を考えてたんだろ?」
「へっ!? な、なんで俺が?」
ごめんさい! マジで卑猥な事を考えていました!
「か、考えてない! 何で俺が百合香を相手にエロい妄想をしなきゃなんだよ?」
だけどそれを認めたら負けだ! 認めると俺の何かが終わる!
「誰も百合香だと言ってないぞ?」
し、しまった!
「桜……うちって……そういう妄想が出来ないほど魅力がない体なん?」
「ひっ!?」
な、何だそのハンノウ?
視線を落とせば桜色に頬を染める百合香が俺を色気のある目で見ているじゃないか。
誘ってませんよね? 俺の勘違いですよね?
「い、いや、そんな事ないよ?」
「本当に?」
「ほ、本当だって」
待ってくれ、その表情は反則だ。マジでドキっとしちまったじゃないか。
俺から見て百合香は十分に魅力のある女子だよ。うん。これは嘘じゃない。
で、百合香さん、なんで俺の胸をつつくのかな?
「ねぇ……桜のこれ……」
百合香の右手の人差し指が俺の胸の贅肉の塊をつんつんしている。
触られる感触が俺の脳に伝達される。
「なんで……こんなにおおきいの?」
「はい?」
そう聞かれても困る。
胸がでかいのは俺のせいじゃない。
そういう文句は俺の体をこんなにした奴に言ってくれ。って、なんか自分の胸を触りだしてませんか? 百合香さん。
これは気にしてるって事なのか? 自分の胸と俺の胸を比較検討なのか!?
ここはフォローしないと、どう見ても凹み始めてるぞ。
「お、俺はお前の……その胸が好きだっ!」
「えっ!?」
自分の胸を押さえたまま、かーっと真っ赤になる百合香。
しまった、ストレートすぎた! これってフォローになってないだろ。
「うんうん、知ってたぞ。桜の家系は貧乳が好きなんだよな!」
シャルテさん! ちょっと何を!? って……。俺の家系のどこまでをシャルテさんは知ってるのですか?
「う、うちのこんな胸でいいチの?」
と言うか、百合香がまったくお前の話を聞いてないぞ?
まぁ聞いてない方が好都合だけど。っと……今度こそフォローだ。
「良いも何も、百合香の胸ならなんでもいいさ!」
「うち……本当におっきくないよ?」
「だ、だから、大きさなんて関係ないって!」
「……でも、そこの雑誌の女の人は胸がぶちおっきかったんじゃけど?」
「雑誌?」
ふと見れば床に見覚えのある雑誌が転がっていやがる。
確かあの雑誌はR18で卑猥な漫画が満載のやつだ。
この前友人が俺にくれたっていうか、なんで床に?
ここで俺は気がついた。シャルテの怪しい笑みに。
お、お前か! お前がやったのか!
「あ、あれは……そう、そうだ! あれは主に健全な男子をターゲットとした製作物であって、実際の日本ではああいう体型の女子は存在が稀だから、だからああいう子はあまりいないというか……へ、平均的な日本女子のバストサイズはたぶんBとかだと思うし、気にしたら負けって誰かが言ってたよ!?」
誰が言ってたんだよ! それに何を言ってるんだよ俺!
「そっか、桜も健全な男の子じゃけぇ、ああいうの見るんじゃね」
「う、うん。健全な男の子だから仕方ないんです」
「ねぇ……あのね? えっと……」
チラチラと俺を見る百合香さんの顔がマジ赤い。
そんな顔見てたらすっげー緊張するんだけど? で、何を言いたい?
「あのね? 桜が見たいって言えば……少しくらいなら……私の……見せてあげるのに……」
「は、はい!? い、いま……」
な、なんとおっしゃいました?
いやいや! 聞けない! 普通に聞けないだろ!?
もし胸をじゃなくって子供の頃の写真をだったらどうするんだ!
「な、なんでもないけぇ!」
流石にはずかしすぎたのか? だよな? うん、そうだよな。
「あ、うん、聞こえなかったから大丈夫だ!」
しかし、なんだよこのマジエロゲー展開は!?
「そ、そうだ! 百合香? あれだ、もう大丈夫なのか? 落ち着いたのか?」
この空気を変えるには話題を変換するしかない。
このままでは卑猥な話題が延々と続きそうだし、百合香がかわいそうだ。
そうだ! かわいそうだよな!
えっと、かわいそうなんだよな? うーん……かわいそうなのか?
……そ、そういう事にしておけよ、俺!
そう考えながら上体をあげた百合香の胸をじっと見てる俺。
これって男子の自然な行動ですよね。
「うん……ありがとう。桜のおかげで落ちついた」
そんな事を言っているけど、本当は笑顔のままでずずっと鼻水をすすり涙を両手でぬぐって深呼吸をする百合香。
ああは言ってるけど、まだ落ちついてなんかなさそうだ。
でも、それでも俺に心配かけたくないから、なんとか気持ちを落ち着けようと一生懸命なんだろうな。
あんな卑猥な話題についてきてたんだな。
シャルテは腕を組んでベッドに座ったまま俺たちをじっと見ている。
こんな状況でニヤニヤした表情がどうも俺にイライラを覚えさせる。
しかし、何でそんなに嬉しそうに見ているんだ?
主に俺たちが触れ合っている腰のあたりをじっと見てやがるし。
「うん、そうだな、僕と行幸でもこうのってありなのか?」
シャルテさん! 小声で変な台詞が聞こえたんですけどっ!
ありってどういう意味だ? ありって何がだ?
シャルテさんは母さんと何したいの?
「ねぇ、桜……」
シャルテを睨んでいた俺だったが、小さな百合香の声で視線を戻した。
「ど、どうしたんだ?」
じっと俺の瞳を見ていた彼女の瞳にまた涙が浮かぶ。
「お、おい、落ち着いたんじゃないのか? 何だ? どうしたんだよ?」
すると彼女は再び俺の胸元にうつぶせた。そして小さくすすり泣きながら震えている。
「マジでどうしたんだよ?」
俺はそんな彼女の背中にそっと腕を回した。
これしかやる事を思いつかなかっただけだけど。
「やだっ……やっぱりやじゃけぇ!」
「何が?」
「桜が、桜が……なんでなの? なんで女になったん? 何でこんな事になっちょるん!」
そう聞かれても困る。何度そう聞かれても俺には答えが出せない。
俺だってどうしてこうなったのか聞きたいよ。
じっとシャルテを見るとシャルテも流石に真剣は表情になってこちらを見ていた。
お前も原因はわからないんだよな?
「ううぅ……」
ここで俺まで取り乱したらもっとこいつはパニックする。
ここは男らしさを見せなきゃ。それが彼氏の役目だから。
「ごめんな、今の俺には答えが出せない。でもな? 俺は早く男に戻りたいって思っている。お前のためにも早く戻る。それだけは約束するから」
彼女はその言葉を聴きながらこくりと頷き、それからも俺の胸の中で泣いていた。
☆
夕焼けが差し込む部屋の中で俺は彼女と肩を寄せ合っている。
これは恋人同士の情景。
床に座り込んだ俺たちはお互いの温もりを感じあっていた。
オレンジ色の鮮やかな光が部屋の壁を染めている。
なんてロマンティックな世界なんだ。
…………だけどな? その恋人同士の風景に邪魔な陰がある。
俺の前で背中にその光を浴びているシャルテが目を細めて俺を見ていた。
この状況を見てもまったくもって部屋から出てゆこうとはしない。
お前は空気を読むという事をしないんだな。
天使は空気を読まない。俺、覚えた。
「ごめんなさい……もう落ち着いたけぇ」
そんなシャルテをまったく意識していないのか、百合香が顔をこちらへ向けた。
鼻は赤くなっていて、瞼が腫れて目が真っ赤になっている。
でも、これでよくわかった。百合香はマジで俺が大好きなんだって。
「そっか、よかった」
しかし、俺ってなんて幸せなんだろうな。
世の中には彼女なんていない奴もいっぱいいる。
高校どころか、大学や社会人になっても彼女が出来ないやつもいる。
もしかすると、一生童貞の奴だっているかもしれない。
でも、俺は高校三年で彼女ができた。
それも何気に幼馴染ゾーンに分類される彼女だ。
そして、一途に思われ続けてついに彼女から告白された。
今思えば三年前からこいつはやたら俺に絡んできていた。
で、今になっての告白したのは、俺がまったく告白しなかったからだろうな。
しかし、マジでゲーム展開だな。
本当に幸せだよな俺。
こんな幸せばっかりあったらそのうち不幸が訪れるんじゃないのか? なんて思ってしまう。って……今がその不幸じゃないか!
「桜は忙しいな? 赤くなったり、青い顔になったり」
シャルテの目を細めて俺をじっと見ている。
「う、うるさい! 俺だっていろいろあるんだよ!」
「いろいろねぇ……」
この天使はマジで天使なのかって疑いたくなる。
最初に見た天使は本当に天使だったけど、こいつはどう見てもただの幼女体型な外人だ。
天使の翼もないし、天使の輪も、おまけに胸もない。
「桜……うち待ってるけぇね?」
っと、そうだよ、彼女を放置はまずいな。
「うん。少しだけまっててくれ。原因がわかればすぐに男に戻るから」
「うん!」
百合香の顔を見ていたらふと疑問がわいた。
そうだ、そうだよ。
「百合香、なんで俺を桜だって信じたんだ?」
そうだ、何で百合香は俺を本当の桜だって信じたのだろうか。
色々と俺の体を調べていたけど、それが理由なのかな?
でも、確実にこれは言える。今の百合香は俺を完全に桜だと思っている。
「それはね……」
百合香は俺の左手をそっと手に取った。
「見て、桜の左手の甲に傷のあとがあるじゃろ? それってうちと遊んでいた時に切った傷じゃん」
確かにあった手の甲の傷。その小さな傷跡を指差す百合香。
「そうだっけ?」
「そうだよ。この傷はうちが川に落ちそうになった時に咄嗟に手を伸ばしてくれて……それで生えていた木の枝が刺さったんじゃろ? 血がいっぱいでたのに、覚えちょらんの?」
「ああ!」
そう言われて思い出した。確かにそんな事があったかもしれない。
しかし、そんな些細な事をよく覚えてるな。
「そういうえばそういう事もあったな」
「えっと、あとはね?」
すーっと俺に再び体を正面から重ねる百合香。体の温もりがダイレクトに俺を刺激する。
ドキドキと激しい鼓動をする心臓。
やばい、こんなんじゃ股間のあれが反応して……ないよ! だってないもん!
「ゆ、百合香?」
「桜……」
すっと首の裏に手を伸ばす百合香。なんだ? なんなんだ? キス!?
……じゃなかった。
「ねぇ、ここにほくろがあるんじゃけど、桜は知っちょった?」
「えっ? ほくろ? そこに?」
百合香が触れたのは俺の首の後ろだ。
普通じゃどうやっても俺からは見えない位置だ。
「そうだよ?」
「知らなかった。百合香、よく見てるな」
すると慌てて俺から離れた百合香。
そしていきなり顔を真っ赤にして両手で顔を覆った。
「ゆ、百合香さん?」
俺、泣かせるような事は言ってないよな?
「だ、だって……す、好きな男の子の事は……よく見るのが普通じゃろ?」
あ、そっちでしたかっ!
俺の顔まで熱くなったじゃないか。
「あ、あと、同じほくろじゃけど……」
赤い顔のままで胸を指差した。
「ここにオリオン座みたいなホクロ星座があるん。知っちょった?」
視線を下げた。自分の胸の谷間が見える。そしてそこには複数のホクロがある。
「ホクロがあるのは知ってた。でも星座って?」
「ホクロの並び方がオリオン座みたいなの」
俺はそのホクロがオリオン座に似てるとか思った事はなかった。
「そ、そうなのか?」
「……」
自分のホクロを確認すれば確かにそう見えなくもない。
「確かに、見ればそうも見えなくないな」
「……」
無言!?
「百合香?」
いきなり無言ってどうした百合香。
「……」
彼女は無言のまま両目を閉じて天井を仰いだ。
「桜、これだけ証拠があったら……信じるしかないよね」
かわいい声が震えていた。
「桜は……やっぱり桜なんだよ……」
「百合香……」
ズズっと鼻をすすると、百合香はくいっと右腕で目のあたりをなぐった。
「【チェリー】ってあだ名を覚えていてくれたけぇ……そこで確信はしてたんじゃけど……」
「そうか、そうだったのか……」
「ちなみにね、首と胸のホクロは小学校二年の時に夏にプールに一緒に行った時に見つけたんじゃけどね!」
百合香は無理やりつくった笑顔を浮かべた。頑張って笑っていた。
よし、俺も彼女を元気づけなきゃな。
ここは思い出話しにでも花を咲かせようかと思ってプール話題を継続させる。
「そっか、プールか! そういえば一緒にいったかもな?」
「うん!」
「そうだ、一緒にウォータースライダーとかしたよな。楽しかったな!」
「うん! したした! 楽しかった!」
「で、一緒にアイス食べて、一緒にいっぱい泳いで」
「うん!」
「で、最後に更衣室でぞうさんの見せ合いしようぜって言ったらさ……あっ……」
「……」
やばい、思い出話で彼女を楽しくさせようと思っていたのに、俺はすげー大変な事を思い出してしまった。
横に座っている俺に彼女の顔が凄まじく真っ赤になった。
いや、その理由はわかるよ? だって……そうだよな?
だって……だって、お前は女だもんな!?