最終話 俺の予想を裏切る最終回? えっ? 予想できたって?
夕方。
真っ暗になった病院の待合室。
この街で一番大きな五反総合病院は診察時間外で人気がなくなっていた。
五反総合病院は五反先輩の両親の経営する病院。
五反先輩は事故現場から救急車で自分の親の経営する病院へと運ばれた。
私は救急車に飛び乗ろうとしたが、救急隊員の人に止められ、そしてタクシーでやってきた。
周囲には五反先輩に係わり合いのある人なのか、数人の人がいた。
中には若い女性もいる。五反先輩とはどういう関係なんだろう?
俺が気にしても仕方がないのだけど、なんだか気になった。
だけど、今はそんな事よりも五反先輩が気になる。
命に別状はないとは聞いたけど、怪我をしているのは事実だから。
そう、俺のせいで。
ガチャリと扉の開く音が聞こえた。
視線を上げると処置室とかかれた部屋から一人の医師が出てきたのが見える。
「先生、五反先輩は?」
思わず立ち上がってこちらに歩み寄る先生の前に立った。
「大丈夫だよ。命に別状はない」
先生の言葉にほっとする。ちょっと涙が出た。
「ありがとうございます……」
俺のせいで怪我をしてしまった先輩。
もう先輩と顔を合わせるなんてできない。
ここで俺が出ていっても何もならない。
「ん? どこへ行くんだい?」
「家に帰ります」
そうだ、もう家に帰ろう。そしてもう二度と五反先輩には関わらない。
いや、俺にかかわりがあった人間すべてとあまり関わるのをやめよう。
「待ってくれ」
「えっ?」
「正一が君に逢いたいらしい」
「しょ、正一?」
正一って誰だ? もしかして五反先輩の名前? そうか、五反正一って言うんだ。って!? まさか貴方は!?
「私は正一の父だ」
やっぱり!
「も、申し訳ございませんでした!」
私はフライング土下座をした。
「君!? 顔をあげたまえ。別に君が悪い訳じゃないだろう?」
「ああ、やっぱり私は気味が悪いですよね……」
「違う、き・み・が・悪い訳じゃないって言っているんだ」
土下座をして額を床にこすりつけていた俺の肩に暖かいものが触れた。
「そうよ? あなたが悪いんじゃない」
さっきソファーに座っていた女性だった。とても綺麗な女性だ。もしかして先輩の彼女かな?
「あ、私は正一の姉です」
お、お姉さん!?
「土下座なんてしないで? 正一はあなたを助けたから怪我をしただけです」
「そ、それがダメなんです! 俺を……わ、私を助けて怪我をしたとか……私が信号無視したからで、先輩は何も悪くなくって、私が悪いんです」
「ならばこれからはきちんと交通法規を守ってくれるかな?」
「はい……」
「では、早く正一の所へ行って貰えるかい?」
一応は立ち上がった。だけどとてもじゃないけど足が動かない。
やっぱり申し訳なくって足が動かなかった。
「君が正一に謝りたいと思っているのであれば、正一に直接逢ってから謝りなさい」
「は、はい。そうですよね」
その通りだ。ここで逃げたら本当にダメな人間になる。
「逢いたくないかもしれなけど、うん、頑張って逢ってあげて……」
「そ、そんな、逢いたくないなんてないです」
「そう? うん、じゃあお願いします」
俺は重い足取りをなんとか処置室へと向けた。
五反先輩にあわす顔はないけど、ここでお礼を言わない訳にはいかない。
でも、まさか五反先輩とこんな再会を果たすなんて思ってもいなかった。
今でも思い出す。あの熱い告白を。
だけど、五反先輩は俺に告白した事なんて覚えていないんだろうな。
ほんの数メートルの距離が遠かった。
処置室へ向かう数メートルで再び秋葉原でのあの熱い告白を思い出した。
胸が熱くなった。ドキドキする。こんな場所なのにドキドキする。
なんて俺は不謹慎な奴なんだろう。
「失礼します……」
俺はゆっくりと処置室の扉を開いた。
すると、部屋の中央には横になった五反先輩の姿が。
いたいたしくギプスをはめた左腕。
「ご、五反先輩?」
視線だけが私の方を向いた。
「た、助けて頂き、本当にありがとうございました。そして、怪我をさせてしまって申し訳ありませんでした」
私は深く深く頭を下げた。
すると、五反先輩はニコリと微笑んだ。
「本当に君は無茶をする女の子だな」
「す、すみません……」
「だけど、うん、そうだな。うん、そうなんだよな」
五反先輩が何度も頷く。意味がわからない。
「あの……今度お礼をさせて下さい!」
「今度? どんなお礼をしてくれるのかな?」
「ええと……どんなお礼がいいですか?」
聞くのは失礼だろうけど、まったくお礼が思いつかない。
考えてみれば俺は五反先輩の事を何もしらない。
「そうだね……君、とてもかわいいね」
「は、はい!?」
な、なんだ? もしかしてナンパ?
「あはは! 真っ赤になっているな。本当に君は可愛いな」
やばい、こんな状況でマジで顔が熱くなるとかおかしいのに。
ご、五反先輩ってこんな人だったっけ?
もうちょっと勢いのある変人だと思ったのに。
「か、からかわないで下さい!」
「別にからかってないよ? 素直な気持ちを言っただけだ」
なんか調子が狂う。でも……よく考えたら五反先輩は俺に一目ぼれだった訳だし……
じゃ、じゃあまた惚れられたのか!?
い、いや、それはないよな?
で、でももしもそうならどうする?
俺はあれだ、女なんだし、男性とお付き合いとかしてもいいんだし……
って、なんで俺が五反先輩と交際するとか考えてるんだよ!
ついこの間まで男だったのに!
「では……僕からひつとお願いをしてもいいかな?」
「お、お願いですか? 変なお願いじゃなければ……」
流石にここで体を求めたりしないよな?
僕の子供を生んでくれないかなんて言わないよな?
「じゃあ、ちょっとこっちにいいかい?」
くいくいっと手で俺を招いている。
「え、えっと?」
「別に強引にキスをしたりしないぞ?」
「いや、別にそんな事は思ってないですけど……」
いざとなれば逃げればOKだよな?
俺は五反先輩の真横まで近寄った。
すると今度は五反先輩が簡易ベッドから立ち上がり俺の耳元へ……
「僕は君が好きです……桜花が大好きです……」
「!?!?!?!?!?」
私は勢いよく後ずさりした。同時に全身の汗が吹き出る。心臓はすさまじく鼓動している。
いやいや、何? 今の台詞はなに!? 嘘だろ? なんで? まさか!?
「どうしたんだい? 僕は前にも君に告白をしたと思うんだけど?」
「いや、えっと? でも……嘘!?」
「ああそうか。今は桜花ではなく桜なんだよね?」
ま、間違いない。
五反先輩は俺を覚えている!
「桜にもらうお礼を決めたよ。お礼として僕の子供を生んでくれないか?」
いやいや、なんで覚えてるんだ?
全世界を巻き込んだ改竄魔法はどうしようもないってリリアが言ってただろう?
こんな事って……
ハッとした。そして、脳裏に浮かんだのは未來だった。
そう、未來は俺を忘れていなかった。想い出した。
だったら……まさか? 五反先輩は本当に覚えてるのか?
「できれば三人お願いしたいんだが?」
はっ!? いや、そのお願いはないだろ!?
「お、お断りします!」
「あれ? 僕の高度なプロポーズを断るのかい?」
「ど、どこが高度なんですか! ハッキリ言いますけど、それってセクハラでしょそれ!」
どうしよう? これってマジで運命の再開?
いやいや、なんで五反先輩と運命の再会をしなきゃなんだ?
「じゃあこれでどうだい? ええと……桜さん! 妊娠を前提につきあってください!」
「待って! それは過程がおかしいでしょ! なんで結婚しないで妊娠なんだよ!」
でもなんか嬉しいのは何で?
やっぱり元の俺を覚えてくれている人が一人でも多く存在したのが嬉しいから?
「では…… 七億円あげるから結婚してくれ」
「うっ……七億円……」
「あれ? もしかして心が動いたのかい?」
「わ、私はそんな安い女じゃないです!」
やばい、七億円に心が動いてしまった……一瞬だけど大富豪を妄想してしまった。お金おそるべしだ。
「安くないだろ? 七億円は大金だぞ?」
おっしゃる通りです! 七億円あったらすごいです!
「だ、だけどそういうプロポーズは普通はないんじゃないですか?」
あ、あれ? これじゃプロポーズの方法に文句を言ってるように聞こえる?
「では……」
いやいや、俺はプロポーズを断るんだよな? 内容の問題じゃないんだよ。
五反先輩も、いきなりプロポーズじゃなくってお友達からお願いしますと言えば考えなくもないのに。
「では、桜さん……」
すっと五反先輩が右手を差し出す。まるでダンスに誘う貴族の男性のように。
「……な、なんですか?」
そして五反先輩は満面の笑みで言った。
「まずはお友達からお願いできますか?」
「!?」
五反先輩の優しげな笑みに胸がきゅんとした気がする……い、いや、俺がまさか五反先輩に……
で、でも……まさか五反先輩も天使で俺の心を読んだとかないよな?
「あ、えっと……」
「友達からお願いします」
俺は…俺は……
五反先輩の目がまともに見れない。なんで女みたいな反応してんだよ!?
いやいや、俺は女だよ。うん、女なんだけどさ……
ニコリと五反先輩が再び微笑む。
ドキッ……
お、俺って免疫なさすぎだろ! あーもう! 半年前まで女の子が好きだった俺がなんで男にキュンなんだ!?
で、でも……あれだよな。ここで断ったら五反先輩がかわいそうだし……
そ、そうだよ! これはただのお礼なんだよ、うん、そうだ!
「し、仕方ないからお友達ならなってあげる……よ」
「ありがとう!」
俺は五反先輩の手を取った。
手に感じる五反先輩のぬくもり。熱くてたまらない自分の顔。
「ほんとに桜は可愛いな」
「べ、別にお、お礼なんだからねっ!」
あれ……ヤバイ、これじゃただのツンデレなんじゃ?
【完】
最終回でした。
みなさま、短編のつもりがこんなに引っ張ってしまって本当にすみません。
短編のつもりだったので全部のヒロインを深く掘り下げできてませんでした……百合香ファンの方ごめんなさい。
しかし、本当に小説執筆というものは難しいものですね。
執筆をしていると、本当に面白いのかな? とか、評価が低いのついちゃったなとか、感想もらって嬉しいなとか、いろいろと精神的に揺れてしまって執筆が止まる事も進む事もありました。
ともあれ、完結できて嬉しいという気持ちは嘘ではありません。
とりあえずですが、最後までお付き合いを頂きありがとうございました。




